びんぼー人論


俗伝だけど、書生が官庫に入って銭を見てもわかんないってのがある。或る人が怪しんでこのことを聞いたら、書生が曰く。
「もとより、それが銭ってことは知ってます。ただ、それが紙面の中だけでないってのが不思議ー。」
僕がたまたま陶淵明の『帰去来詞』を読んでいたらこういうくだりが。
「部屋には子供が沢山、瓶には粟が空っぽ。」
つまり、俗伝を信じてもいいという証拠があったわけ。瓶に粟の蓄えがあったとしても、、またとてつもなく少なかったんだろーな。このおじいさんは普段から瓶の中にしか粟を見てなかったんだろうか?『馬后紀』では、夫人が大きな練り絹を見て怪しい物体にしてしまったとか。晋の恵帝は飢えてる人たちに、何で肉とか濃いお粥を食べないの?って聞いてたけど、細かく考えていくと、これにはみんな一理あるんだよな。いささか物好きー、って笑っちゃうけどね。永叔氏がいつも言ってたっけ。
「孟郊の詩でね。『鬢の辺りに糸があると言っても、冬服を織れるような代物じゃない』ってさ。思ったように強引に織ってみたら、多少は出来たんじゃないかなあ?」

五月に訳したセンテンス。この日は結局寝れなかった……。に、しても。もっとまともな貧乏論かと思ったわ。そんなみょーなもんに納得しちゃ駄目だよ、とーば。もっと問題なのは永叔氏だっ。何をとぼけたことを言ってるんだっ、欧陽脩!あああ、まともだと思っていた永叔のイメージがどんどん崩れていく……。『東坡志林』読む前はまだすっとぼけている人というにとどまっていたに……。登場回数多いです、何気に。