めでたいことよりめでたくないこと


『めでたいことよりめでたくないことが上』

これが天下の通説。士人が歴官を一任してから、外では謗られず、心の中に恥じることもなくって、肩の力を抜いて退官するのはひどい熱が下がったようなもんさ。家にまだ帰れなくたって、こざっぱりした官舎があって、着物を脱いで手洗いうがいをしたら、ほっとして愉快になるじゃん。ましてや致仕してお家に帰るとなったらね!冠も佩玉もおさらば、林や泉を訪れて、我が身を振り返っても、日ごろから恨みを持つようなものもなしっ、たらもう言葉になんないほど愉快だって!僕は文忠公(注:欧陽脩です)の門下に出入りすることが一番長かったからさ、位を捨てて田んぼに帰りたがってるってのをずっと見てたんだよね。切実だったなあ。ほかの人は口先だけかもしれないけど、公のはもうもう心底からだったんだよね。植えたことが食べ物のことで思い詰めるみたく。ただ、そうできない情勢だったってだけでさ。仲儀に与える書、を見てたら、『引退するべき3ポイント』を論じてるんだけどね、そうしたいなあと思ったら罪を得てしまったあ、とか、病気で帰らなきゃならなくなったあ、とかでさあ。君子の退き際が難しいってのはこんなもん。だから、出世街道進みたい人の戒めにするべきだよね。

久し振りの『東坡志林』です。やったあ、久し振りに一個載せられたあ。今回はまともですね。なんだかんだと。
欧陽脩こと永叔おじさまは、本当に田舎回帰願望があったらしく、タイトルもあろうに自分の文集につけた題名がなんと『帰田録』。(笑)読んだことはありませんが、これで中身が『パーフェクトでエレガントかつインテリジェンスな田舎暮らしを貴方に!先達が語る!』だったらさぞかし愉快だろう…現代のカントリーライフ推奨本の先駆なのかもしれません。ただし、資本金が必須というところは宋代も現代も変わりゃせんな。