目と歯を治すには


先日、欧陽叔弼、晁無咎、張文潜と一緒に戒壇(出家戒律授受式)にいたのね。僕、目が悪くなる病気でさ、熱を持っちゃうんで、ちょいちょい洗ってたのね。文潜がさ。
「目なんか洗っちゃ駄目だよ。目が病んだらほっとくべし、歯が病んだら気合を入れるべし、同じにしちゃ駄目だよ。目を治すには民を治める如く、歯を治すには軍を治める如しさ。民を治めるのは曹参が斉を治めたばりに、軍を治めるのは商鞅が秦を治めたばりってことさ。」
すこぶる理がある!だから追録ね。

どういう理があるのだか(笑)。昔から虫歯は全力投球するもんだったのでしょうか。
さて、曹参ってのはしぼちゃんの同僚です。『Winter』にはでてきませんが、お題シリーズにその内でてきますのでよろしく。えー、彼は韓信の下で働いてた期間が長かったので、棚ぼた式に功績が増えたという(笑)。斉王になった韓信(これは『Winter』にでてきます)が後楚王に移るので、その地盤を引き継ぐわけですが、ここをほとんど『よきにはからえ』式ほとんどノータッチの地方自治に放置したのでえらく評判があがったという。蕭何の死後、漢の二代目丞相になりますが、この時も何もしてません。(笑)
商鞅は…ぴこちゃんの先輩格に当る有名な法家です。元々衛の公孫(プリンスの息子)だったわけですが、まあご多分に洩れず数が多いので、秦に就職しに行きました。そこの孝公と息投合、邪魔する奴は突き飛ばせ式の強引極まりない法治改革をやりまして、これで一気に秦の国力が上がったという。しかして、法家のご多分に洩れず厳罰主義なので、皇太子にも容赦しなかったのが祟り、失脚したときには自分の作った法律のせいで亡命すらできず(パスポートがなくて出国できなかった)、車裂の刑にされて一生を終えたという人です。ちなみに皇太子時代彼に煮え湯を飲まされ、即位してから彼を車裂にした恵王こそ張儀と仲の良かった王様です。