何かが違う? |
楚孝王の囂が病気だった時、成帝が詔してさ。
「君の痛みは、『これを蔑むこと、それが天命だ!』」
東平王は太后と気が合わなかったんで、元帝が詔してさ。
「諸侯がその位に在っても驕らず、その後富貴がその身を離れる、それによって社稷は保たれるのだ。」
…みんな今の『論語』『孝経』とちょっと違うのね。離れるってのは「くっつく←→はなれる」なわけで、今は
「身を離れず」
になってんだけどさ、俗儒が書き足したんじゃないかって疑っちゃうよな。
そうですか。と、どちらも読むつもりのない高松は言うしかありません。
皇帝はどちらも前漢の人で、つまりあのなまずおやじの子孫です。(ひどい言い方)成帝は後宮に趙飛燕と妹を一緒に入れて寵愛したというスキャンダルネタが一番有名で、元帝は匈奴の単于にあげる宮女を似顔絵で一番みっともなかった王昭君に決定したらとても美人だったのでショックを受けたという話が一番有名です。…というより、そういうわけのわからない教養を振りかざしたお手紙を送る前に、顧みるところはなかったのか?お二人さん。(^^;)