がまパワー! |
富彦国さんが青社にいた時なんだけど。河北に大飢饉があったんで、みんな争って彼のとこに行ったのね。おむつの赤ちゃん背負ってるある夫婦がいたんだけどさ、幾らも経たないうちに飢えてどうしようもなくなって、全員生き残るのは不可能だってことになって、道の左にあった空家にその子を捨てて行っちゃったのさ。年も過ぎ、落ちついて、帰郷するときにその家を通りかかってさ。骨くらい拾ってやろうとしたのさ。したら子供、まだ生きてるじゃん。捨てる前よっか丸々してて元気。お父さんお母さんを見て、はいはいして出てきたのね。家の中を見てもすっからかんだしさ。ただ、一個穴があるわけ。蛇だの鼠だのが出入りしてんだけど、その中にいたのが車輪ぐらいある大がまがえる!ふうふう気を吐いて、穴からご登場ってわけ。思うに、子供はさ、家ん中でずっとこの気を吸ってたわけじゃん。だから食べなくても元気だったんだよ。この時からずっと食べてないからさ、年は六七歳なんだけど、玉のお肌なわけさ。お父さんが子供を抱いて京師に来てね、小児科の張荊筐にみせたのね。そしたら張先生がさ。
「気を持っている生き物には、冬眠中の虫とか燕、蛇、蝦蟇の類があります。冬眠中の虫は見事なまでに食べないものですから、食べないことで長生きになる、これが千歳の蝦蟇というわけです。決して薬を与えるようなものではありません。もし食べず娶らずを守れるなら、大きくなって必ずや道を会得できるでしょう。」
お父さんが喜んじゃって、連れて帰ったんだけどさ。今は行方不明なんだ。張先生の台詞は多分嘉祐六年のことさ。
初めの頃に手をつけていたのだが、意味が良く取れずに今になって完成。大体こんなもんを英語の待ち時間に訳している奴はいなかろう……。(笑)
富彦国さんというのは、北宋の名臣の一人で富弼さんといいます。契丹国境問題担当だったらしく、伝記の半分には契丹の文字が躍っています。(読む気なし)この記事は、彼が青州の知事さんだったときのこと。洪水のため大飢饉が発生したんですが、難民収容施設をちゃんと作って、病人も隔離し、配給をしたり狩猟・採集を全面解禁したので次の年の豊作まで五十余万人が助かったそうです。皇帝に誉められても、
「やることやっただけです。」
…しぶいなあ、おじさん。穏やかな紳士で、偉くても誰とでも分け隔てなく会ってくれたらしい。死後、神宗の廟に彼の立像も置かれる栄誉にあずかったそうですが、このとき文章を書かされたのが子瞻さんこととーばだったりします。
とはいえ…赤ちゃんがその巨大がまがえるや蛇にもめげず育ったとは、別な意味ですごいと思うんだけど…気のせい?