かわったこと


道士が芽山で経書の講義をしてた。聴講は数百人。途中で、外から入ってきた人がいる。でかくて黒くて、すごい剣幕で食って掛かった。
「道士めっ!このくそ熱いのに、人々を集めて、何を妖しいことをしてやがる!」
道士は立って謝った。
「山で弟子達を養ってるのですが、資力が乏しいんで、仕方なくしてるんです。」
怒りは少し解けたらしく、相手が言った。
「つまり、金に不自由しないなら、何でこんなことをするものか、と言うんだな?」
そして、釜・竈・杵・臼の類を集めて百余斤、薬少々を使ってこれを鍛造したらば、全部銀になっちゃった。それで去っていたわけ。
数年後、道士はまたこの人を見た。鬚髪は雪のように白くて、白い驢馬に乗った老道士のお供をしてた。この人は、腰に鞭を一本挿して後を着いてきていたんだ。道士は遠くから見て叩頭し、ついていこうと思った。この人は老道士を指して、手を振って無理無理、って仕草をしてから、ばびゅん!といなくなっちゃった。この頃見ないって。

はい、俗訳。「ばびゅん」なんて語彙を東坡が使うはずもありません。(笑)原文は『去如飛』。時々、まともな訳を読むと、「うちのとーばって壊れてる……。」と思います。痛切に。まともにする気もないけどさ。自分の書いた「お日様のような食い意地士大夫」で定着しちゃったからね、イメージが。烏台詩案のようなシリアスイメージ、薄いなあ。