朱家の小僧さん


朱氏の子で出家したのがいて、小名を照僧っての。小さいときにお父さんが死んじゃって、お母さんの尹氏にも出家願望があったのさ。照僧の師は守素さんでね、参寥子の弟子なんだよ♪照僧君は九歳のときから、挙止がまるで大人!『赤壁の賦』なーんて誦すとさっ、明瞭で、音楽的で、ドラマティック!山を下りずに十年経つけど、名前も四方に聞こえてるんだ。これが参寥子の法孫で、東坡の門僧ってわけさ。

いやあ、親友のお弟子さんに甘い甘い(笑)。照僧君の声、原文では『鏗然鸞鶴聲』。鸞とゆーのは鳳凰の一種だそうですが、ここを『鳳凰や鶴の鳴きごえそっくし☆』と訳しても高松本人が『どんな声だよ!』と突っ込んでしまったので。その鳥の鳴き声が漢文の中ではどういうニュアンスで使われてるかの方を拾って、鳥の名前は捨てました。(やりすぎ……)ちなみに鸞は屈原の『離騒』にもぼんぼんでてきていました。つまり『妙なる調べに囲まれて天界を放浪する』というイメージになるのだな。鳳凰に囲まれた華やかな太陽の馬車で、BGMにお好きなクラシック(優雅なものをお勧めします)を想像すればいいのかということに、これを訳して気が付いた高松です。