同省の往来禁止!


元祐元年、僕は中書舎人をやってたのさ。時の執政が、本省のことがやたら洩れるの苦にしてたわけ。で、舎人の庁舎の裏にさ、露垣を造ろうと思ったのね。つまり同じ省でも行き来を禁止しようと。僕、言ったのさ。
「諸公というものはとーぜんながらポイントをつき、かつツーカーでなければなりません。どうしてまどろっこしい籬を置いたり棘を置いたりする必要がありませう!」
諸公も笑っちゃってボツったんだけどね。結局次の年造ったんだ。ヒマしてた日に『楽天集』読んでたんだけど、こうあるのさ。
「西省の北院に新たに小亭を構え、竹を植え窓を開け、東の省に馬で行く。李常侍と窓下に飲んで詩を作る」
唐の時、西掖に窓を造って東省に抜けられたんだってわかったよ。でも今じゃ本省とも行き来できないんだもんなあ…嘆かわしいっ!


元祐のときのトップは司馬光さんだったはずなんですが、こんなこと言い出したの誰でしょうね(笑)。そんな、柵作れば情報漏洩がなくなるって考えは甘いですがな、古今東西。偉い人ほどこういう発想に走るのかしら?西掖ってのは唐代の中書省か門下省かどっちかなのですが、手元に調べるものがないのであきらめます。毎度いさぎ良いほどいい加減でごめん。