事件報告法 |
元豊の始め頃、白馬県の人が殺された。でも賊が怖かったんで、あえて訴えずに匿名で県に投書した。弓手の甲さんが拾ったんだけども字を識らなかったんで、門番の乙さんに見てもらった。乙さんが読んでくれたんで、甲さんは賊を逮捕した。そしたら乙さんも功を争ったわけ。吏員は、
”法律では匿名投書禁止。その匿名投書で賊を摘発したんだから、これは死刑免除に当たる。密告した方は流罪。“
と判断。情より法優先で、みんなそやって奏上したわけ。蘇子容が開封府尹だったんだけど、丁度滑州と白馬を廃して畿邑(要するに開封府管轄地域に編入されたのだ by子容)としたところだったので、上殿して論奏した。
「賊は死刑を免除で結構。ですが匿名投書した方も無罪とすべきです。」
陛下のたまわく。
「情状は極めて軽い…だが、密告の風潮を促すようなことはできないっっ!」
かくして杖刑にして一件落着。子容は賊から身を守る術のない者が捕吏に告発したこと、そのため匿名を使ったことを上げて、重大な罪とみなすには足らないと判断した。でも先帝は、それでもなお密告を奨励するような羽目になるのを危惧なさってたわけね。これぞいわゆる忠厚の至りっっ!でもさー、熈寧・元豊の間は一つ法律成立するたびに−手実とか塩禁とか牛皮のことさ−みんなプレミアで釣って密告させたんだよなあ。全部当時の小人のせいだけどさ。陛下の本意じゃない。范祖禹さんと座ってた時に、
「まさに実録に書いておくべきですなあ!」
だって。
日記に書いた以上、責任持って登場させました。北宋屈指の天体狂加えて本草狂、その上時計マニアのメカマニア、蘇子容先生です。(笑)なお、同姓ですが東坡の親戚ではありません。まともな登場で、ほっとしている作者です。問題は神宗陛下だ…何故にいきなりこれだけ浸っているのでせう。手実云々は当時風呂嫌いの宰相閣下王安石がかき回していた新法かんけーです。高松は介甫氏の法律に不案内ですが、手形ものや塩の専売はやってますからね、彼。牛皮が謎だったんでちょっと調べたら、開封肉屋組合から要請された『免行銭法』というもんがあったそうです。へええ。最後の范祖禹さんは司馬光の『資治通鑑』編纂の手伝いもしたとか。かたそーなお人やなあ。(笑)