蘇仏児さんが言ってたけれど


元符三年の八月、僕は合浦にいた。蘇仏児って老人が訪ねてきてね。年は八十二でお酒やらないで肉食べるの。両目はきらきらしてて、まるで子供みたい。十二歳から潔斎修行してて、奥さん子供もいないんだって。三人兄弟なんだけど、みんな戒を持し、道を念じてて、長男は九十二、次男九十だってさ。生死のことを論じ合ったんだけども、すごくよく知ってるんだ。州城の東南六七里のとこにいるんだって。仏児が言ってたんだ。
「前に城の東で野菜を売ってたんじゃがね、老人が見て言うのじゃよ。
『心は仏さんのようじゃが、肉断ちはされとらんねえ。』
儂はの。
『そんなこと考えちゃいけませなんだ。人というのは感ずることは難しくとも、流されやすいもんでなあ。』
と言ったんじゃよ。老人はえらく喜んでな、
『そーじゃ!そーじゃ!』
とさ。」


とっても自信のない四行センテンスです。…って、普通では出ない字のフォント設定も確認していないし、しばらく東坡の更新もしてないしで、何か適当に訳せるもの…と選んだだけなのよ、これ。まあそもそも原文が分からないのに強引に読んでいる(暴虎馮河と呼ばずして何と呼ぶ)のがそもそもの間違いなんだがさ。(笑)こんなことでもしなきゃ、読んだ気になっても完読しそうにないんだもの。もしこの流れで合ってるとしたら、やはり東坡の友達は食い意地が張っていたと申せましょう。(^^;)お陰で私の蘇軾に対するイメージは『北宋の食い意地士大夫』に落着しちゃいました、とほほ。