政策の盲点



2001/9/27 アメリカ在住の日本人へ
あなた方は冷静な判断を欠いている。
あなた方の今の住まいは単なる仮住まいであるはずだ。
自分の本当の住まいをテロの被害に見舞わせる事は、長期的な展望としてあなた方にとって大いなる損失になる。その事を忘れてはいけない。
私も母を医者の実験台にされ殺され、確かにその時はその医者を憎んだ。
その時すぐに殺してやろうと思った。
でも、殺す事はいつでもできる事である。
それよりも、同じ境遇の人たちを救う方がよっぽど先決である事は分かっているはずだ。
あなた方にとって今一番大切な事は、まず”アメリカが原因となっているテロの根源”を断つ事である。
すなわち、真犯人かどうかなど、絶対に分からない。
例え本人が「私がやった」と言ったとしても、脅されるかも知れないのだから、それが真実かは本当のところは分からないだろう。
そんな事で満足するような奴らは、単に”事件の責任の所在を明確にする仕事に従事しているものたち”のビジネスの一貫に過ぎない。
我々に大切な事は、テロの根絶にある。
全て、物事の根絶はその原因の根絶にある。
肺癌の人間のせき止に風邪薬を与えるようなバカな処方に乗せられてはいけない。
2001/9/28 保険料の値上げ
でたでた。
”税金”と言う名前で無いから(経済波及に横やりを入れ、デフレ化を進めさせる)保険料の増額なら公約違反じゃ無いと言う理論は、もはや”増税なき財政再建”の範疇から離れたものであり、地位への固執の表れに他ならない。
守れない約束は初めからするな!
物まね政治家でその場を扱こうと言うのだから、そういう穴に落ちてしまうのだ。
私は、保険料を○○△△△制にする。
こうすれば、経済も傷めず、貧しい者も救われる。
道徳や倫理には法が無い。
従って容易に欲望に負けて妥協してしまう。
宗教は違う。
常に神が見張っているので、決して悪い事はしない。
ただ、賢く無いと、宗教を利用しようという不信仰者に騙されてしまう。
でも実は、道徳や倫理でも同じ被害を生むのである。
被害者だから何をやっても”いい”という事は無い。
これは宗教や道徳に限った話では無い。(キリストの言葉の本質を知りなさい。それは兵法に通じるところだ。)
彼等の意識には大いに欠落している点が3つある。
第1に、戦争を喧嘩に例えたら、テロは覆面の強盗に例える事ができる。
向こうが誰だか分からないのに、ただ腹いせに喧嘩を吹っかけたら、一人の敵が10人、20人に膨れ上がる。
この事態は決して得策では無い。
第2に、喧嘩をする時は、無意識に殴られる覚悟をしてやるものだ。
では、日本のかのお年寄り達の決断はどうであろう。
決して、やられる覚悟があってやってはいない。
つまり言い換えれば、国民に対して無責任という事だ。
その上、やられるのであれば、これもまた得策では無い。
第3に、アメリカが今回テロを戦争とした理由である。
今回テロを戦争としたのは、テロは一国の問題であり、国家間の条約が機能する見込みが無いからである。
これを戦争に拡大解釈してしまえば、条約が機能する可能性がある。
そういう計算によるところだ。
(もし自作自演であれば、諸外国に戦争を吹っかけながら、テロリストにその責任を負わせる事ができる。
その最初の餌食がこの国となろう。)
しかしアメリカとしては、日米同時テロとなった場合、日本どころの騒ぎでは無い現状が待っているであろう。
自分の事は自分でやれと言われるのは目に見えている。
この場合、日本も再び”より過激なテロ再来が用意された戦闘”に駆り出されるのだ。
回をおうごとにその財政上の負担は見過ごす事の出来ない程度となろう。
すなわち、これから起こるであろう報復合戦によって、その時の経済的対処は弱い国家に押し付けられる。
そうなれば、日本は指数関数的な経済的損失を将来生んでいく事になる。
従って、緊縮財政による再建を目指そうとしているのに、もはや財政再建は不可能な話になるだろう。
これだけいっても分かりたくないのであれば、好きにしろ。
日本はお取り潰しの刑と決定した。
頑張れ!死人達よ。
すでに、矢は放たれた。
2001/10/2 ニューヨーク市長へ
「理由」を説明しよう。
その前に言っておくが、私はテロリズムをかばっているのではない。
テロを排除するにも、平和的な手段で努力する必要があると言っているんだ。(常識的かどうか分からないが、良識的ではある。ラジオの投書だとこの意見が多い。)
平和的な手段とは、原因を排除するか、あなた方の謀略に相当する対価を支払うかのどちらかである。
(謀略でないのなら証拠を提出せよ。NATOが証拠と認定したものを見せろ。私が判断してあげよう。さもなくば、白人がつるんで何かしてると思われても仕方ない。)
あなた方がサウジから手を引けば、テロリズムの形成要因は払拭される。
それでも、テロや戦争が起きると言うのであれば、その時報復すればそれで済むはずだ。
それが出来ないのは、あなた方の欲望がする事である。
別にやりたければ、やればいい。
ただ、あなた方が対峙することは、神の計画の一片が実現されている事を忘れてはいけない。
また、あなた方には、私を悪魔扱いするに十分な予言が与えられている。
(もうすでに幼児用アニメを使って悪魔扱いが始まっている。神はつぶさに教えてくだされた。もしその行為が許されるものであるなら、私にお知らせになられる事はない。私はそれを許すものを全て不正者と定める。悪魔の門はお前達そのものだ。お前達こそ地獄への門そのものだ。1000年後地獄の刑が終わった後に備えて今のうちにどの障害が好みか決めておけ。決められないものは強烈な脳障害でいこうと思っている。)
それは、聖書の言葉が成就するのに必要な要素なのだ。
神の計画は中間のものを無くす事にある。
物的には、私の側につくかそうでないかのどちらかに収束されるのだ。
私は、あなた方を非難し続ける。
あなた方は自由の名の元にこれからも欲望を野放しにし続けるであろう。
その体制が、神の裁きに相応しい2極分立の状態を作り上げるのだ。
悪い者はますます悪い事し、良い者はますます良い事をせよ。聖なる者はますます聖なる者とされよ。
あなた方が自分達の側のものを多く引き込みたいのなら、試される事を覚悟して試してみるがいい。
すなわち、私を立てて相応しいかどうかを見てみるのもいい手かもしれない。
ちょうど来年から3年程、私の運命は最悪な時期を迎えるだろう。(来年は西に暗殺の相が東に戦争の相がそれぞれ出ている。)
私は積極的な外交を打ち出せない時期に差しかかる。
もちろん、すでに本分を全うせよと言う指示をいただいている。

神の裁きは全くもって仕方のない事だ。
諦めてほしい。
それは、今まで何度も行われてきた事だ。
2001/10/2 駐輪場問題の解決法
駐輪場を無料にして違法駐輪者から罰金をとる。
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