政策の盲点2
積極財政(=借金財政)の刑
西洋各国のいうことを聞かない国は皆、”積極財政の刑”に処せられる。これはかつてのブラジルと同じ刑である。これが彼等の国際社会である。でも実はいうことを聞こうが聞くまいが、”積極財政の刑”に処せられる。韓国、東南アジア、日本、そして、次は中国。人権や自由の皮をかぶって、その実その中で民を麻痺させる。「僕達は自由だ。」「僕達には権利がある。」この麻薬に浸って国家が国民を裏切ることに気付かない。
例えば、「自己責任の時代」という言葉。国が機能を放棄したということなのか?これが程度問題であるということは、容易に想像がつく。では、どこまで国が保障してくれるのだろう。銀行に貯金をすると、銀行がつぶれたときに国は国民に対してどのように機能するのか?遺伝子組み替え食品の流入に対して国はどのように機能するのか?北朝鮮が攻めてきたときに国はどのように機能するのか?国債(借金)で首の廻らない国が国民に対してどのように機能するのか?
国が国民の生活を保障しなくて、いったい国の定義とは何か。国の機能とは何か。この根本的な問題にまで、国民は気付かなくなっている。すなわち麻痺している。(逆にいえば麻痺させられている)これが、”不完全な民主主義(金持ち中心の国家や官僚中心の国家=お金主義=資本主義)”の麻薬性である。すなわち、民主主義を完全させない理由である。彼等の広げる民主主義は、実は民主主義ではなく、彼等が得するための”改造された民主主義”なのである。我々からすれば、我々が損をする。すなわちそれは、国土に住む人間が損をする民主主義である。我々が得をする民主主義など彼等が広げるはずもない。頼んでもいない人に親切をする奴なんてどこにもいない。それが、国際社会ならなおさらである。”親切をします”といって近づいてくる見知らぬ人間が、本当に親切をするとあなたは思うのか?
これに対処するには、我々が、我々を守るために、完成された民主主義を広げることである。それは我々を守るためにである。これが兵法である。弱いものは一人では戦えない。だから、自分を愛するように 隣人を愛しなさい。小魚が群れをなして大魚を押し退けるように、あなた方も法を守らなくてはいけない。守れない現実があるのであれば、国という組織を活用しなくてはいけない。国が機能しなければ、それを取り替えなくてはいけない。
(アメリカに取り込まれるのは最悪手だ。あの国では暴動があると真っ先に中国人の家が狙われる。彼等からすれば、”人種間の非差別”は裁判を避けるための表面である。だから秩序が失われるとそれが表面化する。)
我々に他所の庭がよく見えることは彼等も十分知っていることです。我々はその事を認識しなくてはいけない。どこの国も綱渡りをしているのだ。それなのに、我々だけ他国の渡った綱を渡ろうとする。他国はそれを見てじんわり切れる綱を用意する。そして手招きをしてこういうのだ。「我々が渡ったからこの綱は安心だよ。」切れたら切れたでこういうだろう。「私たちが渡ったときにはこんなことはなかったのに。」
さて我々はその綱を渡るのか?だから私はこういっているのだ。我々に必要なのは、やる気や知識や前例や思い入れではなく、事象の科学的分析と新しいものを作る創造力とそれをいかせる風潮である。彼等はトヨタのハイブリットカーを見て下手に出ざるをえなかった。それは、戦う土俵をかえられたからだ。このことを語っているのが、兵法であり、聖書だ。私とともに立ち上がることを勧める。
ゼロ金利の維持とは
金利というものは、政府が決めることではない。それが金利の自由化である。すでに金利が自由化されているのに、あるいは、アメリカがそれを押し進めてきたのに、ここに来てなぜ、日本の金利をゼロで各国が了承するのか?
金利とは銀行の預金につけられるものである。したがって、銀行にお金を廻すより、株に投資したほうが儲かることになる?ここにエッセンスがある。彼等の狙いは日本人の貯金である。どうにか楽をしてこちらに引き寄せたい。それには、株式という賭け事で昇華させるに限る。我々の損失は 彼等の株価の利益にとって代わる。それでも彼等は、損をしないように公権力を使って次のような手順を踏む。すなわち、「まず勝って、後戦う。(孫子)」
資金をつぎ込んで、一時的に景気を良くする。(金回りを良くさせる。)
お金ばかりを求めさせる。+ 快楽を流行らせる。(冷静な判断をつけ無くさせる。)
貯金より率のいい株(賭け事)をやらせる。(銀行の金利を低くさせる。)
株価が上がってきたら一気に資金を引き上げる。
株価を下げて損をさせる。
このようにすれば、彼等の貯金は自分達の株の利益に化ける。
彼等を乗りやすくさせるために、ハイリスク/ハイリターンの金融商品を提供させる。
パチンコと同じ仕組である。一度麻痺した金銭感覚は、ハイリスク/ハイリターンに飛びつくようになる。 ”一度でなく何度でも。”これが、彼等の切に願うものであろう。
従って、こちらとしては○○という新しい手法を用いることとなる。
”国民の意見を広く取り入れるということ”の裏返し
国民の意見を広く取り入れるということは、個人の意見をただ取りするということであろうか。もし、個人の意見をただ取りするのであれば、この国民のためにアイデアを出すものはいなくなる。この悪影響がどれほど大きいかとくと考えるべきである。このような事は、誰にでも考慮しうることであるし、当然のことである。もしただ取りでないのなら、私の提唱する”戦略特許”というものを創設するしかない。そうしなければ、個人の権利を保護できないからだ。あなた方が私の意見をただ取りしなくなるときまで、あなた方の子孫への救いは物理的にありえない。それは、私の政策とあなた方との政策では、似ていても全く異なるからである。私は実質的にすべての問題を解決する。これは神様が私にお預けくだされたもので、私のものでなく神様のものだからである。したがって私の政策を盗むものは、神のそれを盗むものである。あなた方が自分の権力と富のためにそれを盗むのであれば、その報いを存分に受け取るがいい。これを傍観するものは、その報いも傍観されるであろう。それは、この文章を読んだ時点で過失ではなくなるからである。なぜ私にそれを託されたかといえば、私はそれをお返し(神の大能と愛を示し、富を貧しいものにわけ与える)するからである。
なお私を殺せば、あなた方への世界的虐待はとどまることを知らないだろう。それは人の子を殺したユダヤ人と同じ運命を背負うこととなるからである。麻原を殺しても、私は殺さないほうがいい。私裏切るものは、皆麻原と同じところへいく。(麻原ですら、”悔い改めれば”赦される。それは人の子が赦す権威を与えられているからだ。)
ちなみに、私は筆跡鑑定のされない”走り書き”など残さない。あなた方の罪はすべてお見通しである。
ノック知事の裁判の捏造
まことに”裁くものは裁かれる”という言葉の実質的な意味を、あなた方は身をもって知るであろう。マスコミが政治の人事権を握ることは、民主主義の原理に反する。日本の政治(アメリカ型民主主義)はさながら、”ゴシップの、ゴシップによる、ゴシップのための政治”である。
そしてこの問題の最も重要な点を以下に記載する。
我々が情報を入手する経路(マスコミ:寡占状態)が限られている点。マスコミ関係者の不正は、自分達の権力構造によって人々に見せなくすることが出来る点。(マスコミ関係者の不倫等は取り上げられずらい。そのくせ人の不正を指摘する。公正を着飾っている分、自分達の罪のほうが遥かに重い。)
マスコミ批判者は痛烈に叩かれる点。(サッチー:学歴詐称では裁判沙汰にもっていきたかったよう?)
小さな罪を叩いて(石原知事の言葉の問題:すくえる足はなんでもすくう?)、国民にとってもっと重大な問題(増税を見込んだ国債の発行や国民の税金をつぎ込んだ銀行をアメリカにただであげること等)を軽視している点。
自分達の権力構造(上司の許可の下りた原稿を読む。)と自分達の組織内洗脳(裕福な人間の立場でしか発言しない。)によって自由に発言する点。
世論を着飾って政治家に接し(国会の委員会に出席)、専門家を着飾って国民に接する(政治は高度で高尚なものだ。知らない奴はだまってろってか?)点。
情報の伝達を利用して情報の分析(ノックの反対尋問は公表しない。)より公報活動(要約「ノックは前にこんな事いってましたが、とうとう白状しました。しつこくまだ抵抗しています。」)を優先させる。
組織内洗脳の例
ある保険会社のトイレをお借りしたとき、こんな内容のはり紙を目にした。「プラス思考で努力すれば必ず結果に表れる。出来る出来ると思って最後まであきらめないことが勝利への道である。」私はこれをみてこう思った。『需要を一定と仮定した場合、営業社員に分配されるお客の総数は一定である。したがって営業社員がこの中で実績を上げるには、他の社員から客を奪うか他の社員があきらめて転職するかのどちらかである。このように”結果”によって、人の才能は多く捨てられてしまう。』