政策の盲点
2002/3/24 怒り
どうやら親父を使って俺の食い物にヒ素を入れているみたいだけど、そんなにうまく行くかな。
まだ分からないのか!
毒を使わなくても、神の怒りに触れる者は皆いなくなる。
この事実に関しては、知らない振りをする人間”まで”、地獄に行ってもらうからな。
私を支持しない者は相応しい結末を得ろ!
悔い改めに相応しい実を結ばない裏切り者は、すべて人の子より先に死ぬ。
毒を盛っても全く無駄なことだ。
人の死を喜ぶ者は、人を殺したも同じだ。
また、塩気のない塩に生きる価値はない。(怒)
お前達がノロノロしているから、全員が地獄に行くようなことになりかねないんだ。
もういい。
支持等するな。
人類は私の死をもって永遠の暗黒に落ちるが良い。
全員地獄に落ちろ!
こっちは痛くも痒くもない。
命などくれてやるわ!この分らずやが!
私と同じようにして神の導きを受ければ、何も恐いことはない。
なぜそれが分らない。
人生をやりなおせ!
一度奴隷にされたら、もう2度と戻れないんだよ。
自覚を持て!
あるところに鳥かごに2羽の鳥飼っている人がいた。
飼い主はそのうちの一匹をよく可愛がっていた。
良く言うことを聞くからである。
ある時悪い間抜けなネコが来て、鳥かごに手を突っ込んで、よりによって飼い主の気に入った鳥を殺してしまった。
ところがこのネコの手が挟まって鳥かごが取れなくなってしまい。
そのネコは逃げられなくなってしまった。
そこへ飼い主が帰って来た。
さて、この飼い主はその間抜けなネコをどうするであろうか。
その飼い主はそのネコをずたずたに切り裂いて生ゴミとして捨て、仕舞には永遠の火で焼かれるのだ。
お前達もそうなる。
いったろ?
まず裁きがあり、次に救いがある。
救いを拒んだ者は、自動的に裁きにまわされるのだ。
私が来たのは人命救助ではない。
この世の救済だ。
つまり、望みのない世を改革しに来た。
それが救いだ。
でも、私を殺したとしても、望みのない世は完成しない。
今まで何度もそうなったのだ。
お前達だけ成功するということはあり得ない。
それは、そうする悪い者達を地獄に落とす仕組みが整っているからだ。
その仕組みが目に見えて分るようなら、良い鳥を判別できない。
従って、悪い者を野放しにして良い鳥を見極め、選り分けてから悪い鳥を殺すんだ。
悪い鳥は良い鳥より先に死ぬ。
もう直だよ。
私が顔を憶えようが憶えまいが、あなたの行動はすべて神の記憶の中にある。
絶対に逃げられない。
絶対に逃がさないようになっているのだ。
間抜けな悪いネコの全ての臓器や全ての細胞、それを構成するものはすべて、吸い取られて捨てられるその糞に至るまでが、永遠の火の中に落ちるのだ。
ざまあみろ!
実に相応しい。
お前達のうち生き残ったものはもう私に逆らうことは出来なくなる。
神の導きを確信するからだ。
神の存在を確信し、神の裁きも確信する。
では、私の敵に逆らうものだけを私は導こう。
殺す気ならこっちも命がけでやってもらう。
分かったな!
家族や親族、友達を含むその他の人全てに至まで、全ての財産を久尚会に寄付しない者は誰ひとり導かない。
それが嫌ならまずは、塩気をつけろ。
十分待ったからな。
ざまあみろ!
私に味方しないものを、私が救う義理はない。
私の命の危険を知っておきながら何もしないような者を、私が救う義理はない。
無視するなら幾らでもしろ!
もう知らない。
お前達は不正者だ。
私はここに来て初めてこう言う権威をえた。
『確かなところあなたの事を知らない。不正者よ、去れ。』
覚えておけよ!お前達が私にしたように、徹底的に無視してやる。
愉しみだな〜。
裁きよ、早くこい。
ただ、そんなにお金は必要無いから、あと三日だけ待とう。
郵便や振込は悪い奴らが張っているから、直接電話してください。
伝言に久尚会参加希望と連絡先電話番号を録音してください。
こちらから再度おかけします。
もちろん、私が電話を取る場合もあります。
冗談じゃないことが分かった人間は、そう思っていない人間より厳しく裁かれると思うよ。
保険は生きているうちにかけておきましょう。
希望的観測より、科学的観測を重視しなさい。
私の家族の裏切りによって敵の志気が高まったのであるから、その罪は、相当な事をしない限り消えません。
常識ですね。
エリヤを認めず好き勝手な事を許した民族は、どうなった?
いちいち忘れるな。
あなたが悔い改めの初めの者となれ。
天国に行くのに、死の門は容易いが、生の門は私以外にはない。
地獄は熱い。それだけはいっておく。
地獄がどこにあるか教えてやろう。
あっついのが地中深くにあるだろ。
敵はすべて、そこに落ち、いわゆる地縛霊となって永遠に焼かれるのだ。
白象の例えがあっただろ。
地に穴が開いて、そのまま地獄に落ちたって。
そういうことだよ。
2002/3/24 都合に合わせて
自分達の都合に合わない部分は削除して伝えても、聖書(マタイ伝)がなくなるわけではない。
イエスを十字架にかけたのは、ローマ人(アメリ○)と結びついて権益にはびこるパリサイ派(マ○コミと政○家と富に帰依する宗教家)である。
このことをイエスはこう表現している。
「パリサイがモーゼの座を支配しています。」
そして、受難をあたかもイエスが望んでいたかのような報道であるが、受難についてはイエスはこうのように感じ、反論されている。
マタイ伝26章37節
それから、ペテロとゼベダイの子二人を一緒に連れていかれたが、イエスは悲しみ悶え始められた。
その時、イエスは彼等にいわれた。「私は悲しみのあまり死ぬ程です。ここを離れないで、私と一緒に目を覚ましていなさい。」
それからイエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。
「我が父よ。できますならば、この杯を私から過ぎ去らせてください。しかし、私のねがう様にではなく、あなたの御心のように、なさってください。」
39節〜44節省略(この間同じように祈られている。)
45節
それからイエスは弟子達の所に来て言われた。
「まだ、眠ってい休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人の手に渡されるのです。
立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。私を裏切るものが近付きました。」
イエスがまだ話しておられるうちに、見よ、弟子の一人であるユダがやって来た。
剣や棒を手にした大勢の群集も一緒であった。
マタイ伝27章さて、夜が明けると、祭司長、民の長老達全員は、イエスを死刑にするために協議した。
それから、イエスを縛って連れ出し、総督ピラトに引き渡した。
その時イエスを売ったユダは、イエスが罪に定められたのを知って後悔し、銀貨30枚を、祭司長、長老達に返して、
「私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして。」といった。しかし、彼等は「私達の知ったことか。自分で始末することだ。」といった。
それで、彼は銀貨を神殿に投げ込んで立ち去った。
そして、外に出て行って、首を吊った。
(利用し終わればあとは証拠隠滅を計る。本当にユダは自分で首を吊ったのか?それが分らない大ばか者。)
ユダについてキリストのコメントは載っていないが、ユダを称して「人の子を裏切るようなものは、生まれてこない方が良かった」といっている。
マタイ伝21章33節
もう一つの例えを聞きなさい。
ひとりの、家の主人がいた。彼はぶどう園を造って、垣根を巡らし、その中に酒舟を掘り、やぐらを建て、それを農夫達に貸して、旅に出かけた。
さて、収穫の時が近付いたので、主人は自分の分を受け取ろうとして、農夫達の所へ僕(しもべ)達を遣わした。
すると、農夫達は、その僕を捕まえて、一人は袋だたきにし、もう一人は殺し、もう一人は石で打った。
そこでもう一度、その主人は、「私の息子なら、敬ってくれるだろう。」といって、息子を遣わした。
すると、農夫達は、その子を見て、こう話し合った。「あれは跡取りだ。さあ、あれを殺して、あれの者になるはずの財産を手に入れようではないか。」
そして、かれを捕まえて、ぶどう園の外に追い出して殺してしまった。
この場合、ぶどう園の主人が帰って来たら、その農夫達をどうするでしょう。
彼等(パリサイ派)はイエスに言った。「その悪党どもを情け容赦なく殺して、そのぶどう園を、季節にはきちんと収穫を納める別の農夫に貸すに違いありません。」
イエスは彼等に言われた。「あなた方は次の聖書の言葉を読んだことがないのですか。
『家を建てるもの達の見捨てた石。
それが礎の石になった。
これは主の為さったことだ。
私達の目には、
不思議なことである。』
だから、私はあなた方に言います。神の国はあなた方から取り去られ、神の国の実を結ぶ国民に与えられます。
また、この石(私)の上に落ちるものは、粉々砕かれ、この石(用意された天罰)が人の上に落ちれば、その人を粉みじんに飛ばしてしまいます。」
これが、イエスの、彼を十字架にかける人たちへの認識です。
あなた方(マ○コミ)がイエスを正しい人と考えるのであれば、イエスと同じ思想をもった私をなぜ支持しないのですか?
それは、聖書を読んだことがない人が多いのをいいことに、自分達の都合の良い部分を用いて国民を騙そうとしているからです。
あなた方は、国民の目耳を塞いでは自分の都合の良いことばかりを吹き込み、存在する解決策を塞いでは解決策がないと公表し、解決策を行おうとする人間を塞いでは偽者だの悪魔だの右翼だの危険人物だのと触れ回ってその運動を邪魔し、さらには、彼が神の大いなる力を帯びているのを見ると、「最後の晩餐」と称して毒を盛るのです。
お前達は人を攻めるあまりに守りを敢然に疎かにしている。
あなたはイエスを肯定しながら、そのやっていることと言えば、イエスを殺したパリサイと同じなのです。
だから、お前達はお前達が肯定したイエスが言ったように、次のような例えになる。
マタイ伝22章
イエスはもう一度例えをもって彼等に話された。
「天の御国は、王子達のために結婚の披露宴を設けた王に例えることができます。
王は招待しておいたお客を呼びに、僕達を遣わしたが、彼等は”来たがらなかった。”
それで、もう1度、次のように言い付けて別の僕達を遣わした。『お客に招いておいた人たちにこう言いなさい。「さあ、食事の用意ができました。雄牛も太った家畜もほふって、何もかも整いました。どうぞ宴会にお出かけ下さい。」』
ところが、彼等は”気にもかけず”、ある者は畑に、別の者は商売に出て行き(無視:仏法では阿弥陀を無視すると大変なことになると伝えられているのだ。)、
その他の者たちは、王の僕達を捕まえて恥をかかせ、殺してしまった。
王は怒って、兵隊をだし、その人殺しどもを滅ぼし、彼等の町を焼き払った。
(これがお前達の受けるものだ。)
その時、王は僕達に言った。『宴会の用意はできているが、招待していた人たちは、それに相応しくなかった。
だから、大通りに出て行って、出会った者を皆宴会に招きなさい。』
それで、僕達は、通りに出て行って、良い人でも悪い人でも出会った者を皆集めたので、宴会場は客で一杯になった。
ところで、王が客を見ようとして入って来ると、そこに婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。
そこで、王は言った。『あなたは、どうして礼服を着ないで、ここに入って来たのですか。』しかし、彼は黙っていた。
そこで、王は僕達に、『あれの手足を縛って、外の暗闇に放り出せ。そこで泣いて歯ぎしりするのだ。』と言った。
招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」
では、選ばれるためにはどうしたら良いのでしょうか。
すでにのべた通りです。