政策の盲点4



相互リンク訴訟

 最近、違法アダルトサイトとの相互リンクをした者が裁判で有罪判決を受けた。裁判官は、被告人自身が開発したマスク(モザイク)を普及させる目的を指摘し、猥褻物陳列罪幇助という形で判断したのである。
 ここまではいいのであるが、法律には過失に罪を問う考え方がある。例えば、知らずに違法アダルトサイトとの相互リンクをした場合、恐らく猥褻(ワイセツ)物陳列罪幇助(ほうじょ)の過失として罪が問われることとなる。また、初めのうち合法アダルトサイトであったものが途中で違法なものを掲載した場合、これも同じように罪にとわれる。さらには、相互リンクのチェックをする際にアダルトサイトでなかったホームページ(以後HP)が途中から違法アダルトサイトに変貌した場合も、罪に問われることとなる。
 もう一つの観点から考えてみよう。リンクを伝って気ままにHPめくりをやっていると、いつの間にか違法アダルトサイトにたどり着くことは必至である。(彼等は相互リンクを使って広めているからである。もちろん他にも手段はあるがここでは一時省略)では、違法アダルトサイトにたどり着く手前の何サイト目までが幇助(ほうじょ)となるのか?また、リンクの組方にも、画面いっぱいに違法アダルトサイトのリンクを貼っているのと関係者しか判らないリンクを貼っているのとでは、猥褻物の公開を増大させる効果の程が大いに異なるはずである。これらの事は何一つ議論されていない。
 しかも悪いことに、この判例によって違法アダルトサイトのリンク者を取り締まることで、今度は逆に違法アダルトサイトを捜査するルートが限られていってしまうこととなる。その上、違法アダルトサイトの宣伝方法はリンクだけとは限らないのだ。従って、違法アダルトサイトは消滅すること無く、過失によってリンクしてしまった者ばかりが訴えられるというトンチンカンな事態となる。また、今回のリンク者敗訴が違法アダルトサイトの摘発を諦めた上での増大防止の次善策であるとするならば、増大の度合に匹敵した刑罰すなわち、それが罰金刑に値するのかそれとも禁固刑に匹敵するのかということも考えなくてはならない。
 確かに(猥褻物陳列罪)幇助の有罪性は否定出来ないが、それが本当に一年の禁固刑に匹敵するのか?どの程度のものが、どの位の罰に匹敵するのか。その人が社会的にどのような貢献の可能性をもっているのか。(例えば事前団体のサイトがたまたまそれを貼ってしまった場合事前団体のサイトを本当に停止しよいのか)そして過失の場合、その過失を問うことで、どれだけ社会の損失が生じるのか。
 その人間を潰すのであれば、それはいくらでも揚げ足は存在する。でも本当にそれでいいのか。それによって、子孫にどの程度の損失がもたらされるのか。このことの考察は一人一人がやらなくてはいけない。
 「私はああいうのは嫌いだ。」というものがあるが、それが本当にその人の利益となるのか。何を目的として、何を行うのか。このことを十分に考えなくてはいけない。一部の邪悪なもの達がみんなの幸せを奪い取って独り占めする。今の世には、そんなことが多いにありうるからである。むしろ今、それは一部の邪悪で打算的な日本人の手で実現されつつある。

・マスコミは「問題点はあるが始動」等といって問題点を残したまま始動させてしまうかもしれない。
 
 例:介護保険制度
   なぜ、問題の解決を計らず押し進めるのか?
   なぜ、それを否定しないのか?なぜ、解決策を練るように訴えないのか?
   彼等が政治の実権を握っているからではないのか???
   (マスコミを敵に回せば、
     裁判官も警察官も政治家も役人も良くは書かれない?これって民主主義?)

    むしろ民主主義はこうするために導入されたのだ!

・インターネットに限らず、エロ本の自動販売機やビデオショップは幇助にならないのか?
 (なぜ、インターネットにこだわるのか理由を聞きたい。)

・いたずらによって、本人の知らない間に違法サイトがリンクされていた場合は
 幇助になるのか?
 (例えば、Aさんは家の壁はとても高い。(自慢に近所にふれ回った。)
  絵のうまいBさんがいたずらで”道路の続く風景”をその壁に描いた。
  Cは、あまりに精巧に出来た絵を本物と見間違え、
  自転車で通ろうとして壁にぶつかって死んでしまった。
  *もし、高い壁を立てること(リンク)が有罪であるとすれば、
     (幇助の罪状が懲役刑=社会的なペナルティーにあたるであれば、)
   このケースにおいてAさんに壁を立てたことへの責任を問うこととなる。
  *逆に、故意に少数の違法サイトをリンクしたものが、
   いたずらでリンクを変更されたといえば、無罪にするのか?
  *まだある! 気が付かなければ罪を問わないのであれば、
   リンクされた違法サイトに故意にアクセスしなければ、記録は残らない。
    故意にリンクしたのと、いたずらでリンクされたのとで区別はどう付けるか?
     やはり、こんな根本的な問題も解決しないまま、見切り発車するのか?)
・さらには、違法サイトの所有者が勝手に掲示板にリンクを張り付けた場合は幇助になるのか?
 (人気のある掲示板サイトは、すべてを確認しながらの運営は不可能である。
    従って皆さんとしては、あることを仮定するのが妥当である。
        それはもちろん、政敵を引きずり降ろすための茶番裁判というものだ。)

・一方で”表現の自由”で風俗やAVを野放しにし(原因を作っておきながら)
      社会を困惑させても(”我慢出来ない族”の出現は必至)それを否定せず、
 他方でリンク者に懲役1年の実刑判決を取り決める。

 ”社会的ペナルティー”= 犯罪者に、国会議員の立候補の権利はない。
  (彼等の考えは、リンク善し悪しを議論するよりも、
      ”楽して稼げる政○家商売”を一緒続けて行きたいというだけである。)

 〜私の改革を本当に実現したいと考えるならば、
          私に集まるものは傍観などしていてはいけない。
 〜誰が私と同じ政策を展開してくれるというのか?
 〜誰がシステムの変更無しに助けてくれる(平安を保障)というのか?
 〜”皆の平安”が実現する(勝利する)には、
   それなりの根拠(私の政治体制:国民中心の中央集権国家)が必要なはずだ!

そういう訳で、

「私以外に、救いは現われない」

のだ。

天国の要件

 最近(2000/4)の映画で聞き捨てならない内容を広げているのでそれに言及する。
 その内容とは”今の状態が天国である”というものだ。
 では、彼等の考える天国の要件はどのようなものであろうか。
 貧しい者が見捨てられ、富む者がやりたい放題を行う。覚醒剤を打ったり或は売ったり、体を売ったり、弱い者をみたら寄って集って叩きのめす。人の足を引きずって陥れたり、人の業績を盗みとる。見つからなければ、平気で物を盗み、人を殺し、平気で嘘をつき、極度の色情を追及し、不品行を行い、子どもや親を虐待し、クラスや会社で無抵抗者を苛め、人に罪をなすりつけ、予言者の言葉を自分に都合良く解釈し、戦争を起こし、虐殺を起こし、神をないがしろにする。○者は病気を悪化させて人体実験で金を稼ぎ、政○家は解決を遅らせて税金を取る。金○業者は高い利子で脅迫まがいに取り立てて、保○会社は「誰でも入れる」といって支払いに条件を付ける。
 私の中での天国要件とは全く異なるところだ。
 ちなみに私の天国の要件とは、
 飢えるものも乾くものもなく、悲しむものが癒されいなくなり、柔和なものが地を相続していて、義に飢えるものが満ち足りていて、哀れみ深い者が哀れみを受けていて、心の清いものが神を知り、皆作られた平和を維持する。皆が法を守り、キリストとともに千年間王となる。さらに、臆病者、不信仰者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、すべて偽りをいう者どもが全く存在しない。
 では、前者の天国の要件を”天国”とするのは人の子であろうかそれとも悪魔であろうか?後者の天国の要件を”天国”とするのは人の子であろうかそれとも悪魔であろうか?前者の要件を”天国”とするのが悪魔であり、後者の要件を”天国”とするのが人の子である。
 全世界の人たるものよ。悔い改めにふさわしい実を結べ。もうすでに斧は木の根元におかれている。良い実を結ばない木は皆切り倒され、一箇所に集められて消えない火で焼かれる。
どれだけ抵抗しても、神のお怒りは必ず来るのだ。