政策の盲点5
真っ白のキャンバス
私には以前からある癖がある。テレビを見るときに、数秒おきにチャンネルを変える癖だ。あるとき、幼児番組を目にした。ちょっと目が止まって見ていると、アニメの登場人物の服にみんな番号をつけている。なぜ番号などつける必要があるのだろうか?
以前私は、”国民背番号制”のマスコミの報道にたいして、警笛を鳴らした。恐らくいろいろな意見がもたらされたことであろう。それらのほとんどは、否定的なものである。私は、 ”国民背番号制”の持っている根本的な問題にたいして欠陥があるといっているのに、彼等は結局、次世代に実現しようと考えているらしい。そう。幼児たちの真っ白なキャンバスに、 ”国民背番号制”という名の国民監視政治の基盤整備に抵抗をなくそうとし慣れ親しませようというのだ。
もう一つ私は同じく幼児番組を目にした。そこでは、女の子が牧草の手入れをしている。女の子の友達がきて「何をしているの?」と聞くと、女の子はこう答えた。「私将来、アメリカ人と結婚して牧場をやるの!」何も分からない脳に、偏った価値観を植え付ける。あなた方は、その存在を仮定すれば、実に自然にこれらの実情を把握できる。
この国のに限らず、世界に広められている不完全な民主主義とは、そういう目的のために作られたのだ。国際結婚は悪いことではない。でも本来の目的は、結婚することでなく、幸せになることだ。幸せはお金では買えない。どの国の人間と結婚しても、どのような境遇にあっても、本来の目的は、相手の人間性に依存している。
何度もいうように、女を独り占めしようがしまいが、大した問題ではない。そうすることが、より良いことだと思ってしまうのは、小さい頃から物づけ金づけで培われてしまったことで、人間を物質視するようになっただけのことである。逆に、そういう風習が抜けきれないのであれば、どんな結婚をしても決して幸せにはなれない。あなた方は完全に勘違いしている。本来の目的は、幸せになることで、結婚することではない。容易に幸せになる環境は、助けあうことで実現する。あなた方のやっていることとは正反対だ。
「いくら世界を支配しても、命を仕損じては何も意味が無い。では、命を得るためには、何を差し出せばいいのでしょう」それが、世界すら臨めなくて命を仕損じるようでは、なおさらのことです。
作用の一致
あなた方が嫌いなホームレスは救わなくてはいけません。あなた方は自分が死ぬ前のあらゆる事象を想定しなくてはいけません。あなた方は長生きしようと考えます。それなのに、死に備えようとはしてません。
あなたはヒットラーが好きですか?そんな人はあまりいないでしょう。なぜでしょう。虐殺をしたからです。では尋ねますが、貧しい人を見殺しにするのは虐殺とどう違うのですか?ガス室や飢餓室が、社会体制に変わっただけのことではありませんか。死刑執行人が少数から多数に変わっただけではありませんか。なぜ気付かないのですか。それとも気付きたくないのですか。どう考えたって、あなた方の死の成り行きの種類にはある程度の限りがあります。それは、個人では防止できません。社会体制を変えようとする集団には、個人は太刀打ちできません。それなのに、個人で戦おうとしている。それがどれだけ愚かなことか少し考えたほうがいいです。目的を幸せに合わせれば、お金の幸せがどれだけ詰みやすいか知るはずです。お金などその場だけのことです。人間は食うに困らなければ、それでいいのです。それなのに、あなた方は食料を多く他国に依存しておきながら、それ以上のことを求めようとしています。常に一次産業以上の産業は一次産業の上にしか乗っていません。どんどんリストラされてどうして高価な服や余興のものが売れるでしょう。どうしてサービスが必要になりましょう。日本は、冷戦の終結にいたるまで産業の高次化が行われました。それは、冷戦に勝つために用意されていたものでしかなかったのです。用済みになれば、その後の運命は決まっているのです。あなたが今後幸せを少しでも長く維持したいのなら、私の政策を忠実に実現しなくてはいけません。物まね政治の中に、詰みが隠れています。それに気がついていれば、私を国民に紹介していたでしょうに。でもそれは、神の権威を返さない天罰です。あなた方はそれを受け入れなさい。救われたいものは、”身を清めて”私のところにきなさい。
「あなた方はたしかに聞きはするが、決して悟らない。
確かに見てはいるが、決して分からない。
この民の心は鈍くなりその耳は遠く、目はつぶっているからである。
それは、彼等がその目で見、その耳で聞き、その心で悟って立ち返り、私に癒されることのない”ため”である。」
ニキータとアサシン
アメリカ映画に要注意。それと同名映画にも。古いほうね。古いほう。
教授
予めいっておくが、「聖霊を悪魔というものは、次の世でも許されることはない。」地獄に落ちて(1000年間)せっかくそこから這上がっても、ペナルティーを背負いながら生きるのは大変なことだ。あなた方には誰が誰だか分からない。私が何だか分からない。何がどう定義づけられているのか分からない。悔い改めて神の御旨を行うものだけが、それを知り、その門を見つける。何が何だか分からず、神をも恐れず且つ欲で私を退けるなら、必ず引っかかる。私が知らなくても、私を送られる方が知っている。いかなる人も神の采配を逃れることは出来ない。神の計画は実に緻密で完璧に組み込まれている。悔い改めるものは本当に幸いだ。私の計画が成功しようがしまいが、私の足を引いて地獄を逃れるものはない。いくらやっかんでも、妬んでも、僻んでも、地獄が存在しないことはないし、あなたの命には限界があるし、神が存在しないことはない。それが分からないのは、お前の努力が足りないからだ。あなたの感情がユニバースを作ることはないし、世界を支配することは出来ない。神様の手か、御使いの手か。御使いの手のほうが救われる確率は高く、神の手は、御使いを断わるような不届き者にくだされる。それは、お前たちが救いを求めたからだ。立場をわきまえろ、サーバント(しもべ)よ。 マタイ伝の言葉に訂正は一つもない。分かったか。盲目の手引きどもよ。
当て込んで
昼間から放送されるレイプシーンこれをみて子供たちの脳には何が残るのだろうか。
昼間から放送される不倫のシーンで単純な主婦たちは何を考えるのだろうか。
あなた方は数十年後に訪れる異常な社会体制にたいし、人類の滅びすら救いに思えるだろう。
そして、救いは訪れる。そちらの救いも、東から西へと雷鳴がひらめくようにしてくるのだ。でもその救いによって救われるのはごく少数だ。
それまでに、かぶと虫はあなたの血管を走り、あなたは自分の意志に反して誰かに操られる。病気になろうが、休みたくなろうが、自分の意志で行動できなくなる。病気になれば新薬の実験台にされ、骨が溶け或は各部部の原形をとどめない人間としては最悪の死。それが、科学の行く末だ。それを受け入れろ。どうせ、年に100円の投資すらできないのだから。
追伸:
キリストを見殺しにしたものは、 キリストを殺したものに見殺しにされ、また、 キリストを殺したものは、他の民族にヒットラーに至るまで悪魔に売られたのだ。ユダを買収して行われた決定的罪。
まさしく「人の子に見積もられた値段」。人の子を金に見積もったにふさわしい運命を、彼等は背負った。触らぬ神にたたり無し。あなた方はその汚い手で神を触り、汚し、神の対面を傷つける。
しかるに、
「あなた方はたしかに聞きはするが、決して悟らない。
確かに見てはいるが、決して分からない。
この民の心は鈍くなりその耳は遠く、目はつぶっているからである。
それは、彼等がその目で見、その耳で聞き、その心で悟って立ち返り、私に癒されることのない”ため”である。」