政策の盲点5
「武道家であったが、戦略家ではなかった。」???
組織が健全な運営を営むためには、武道家と戦略家の両方が必要である。分かったか。盲目の者たちよ。
生きる意味
最近の番組は度がいきすぎている。あれを見て、苛めが起こらないはずが無い。集団で1人を叩き、集団で女を囲み。弱い者は世間からはずされ、悪はどんどん濃縮して結局悪に連衡された者を叩いていく。それでもお前たちは家庭をもち、子供を生み、そういう社会に身を委ねるのか?自分だけ助かろうとしても、助かったものの子供達までは助からない。みんな、心の中で殺人を肯定し、どこまでやっていいのか分からず、いつの間にか殺してしまい、実はそういうことで自分自身を社会から追い出してしまう。逆恨みなら、本人に向けろ。関係無い他人ではなく、殺伐とした社会を形成しようとしている輩、それを行うもの、或は、それを無視する権力者達。これらは、暴力によってでなく、運動によって行え。お前がその被害にあったら、私のところに来い。悪の濃縮した社会に、依存することなど無い。そういうものは一箇所に集めろ。私以外には変えられない。いや、変えない。彼等の求めるものは金であって幸せではない。子供の頃から物づけ金づけで育てられ、すでに、助かる見込みはない。悔い改められるものは幸いだ。悪の濃縮した社会に明るい未来はない。
物わかりの悪い人達
先般より話題となっているそごうの再建についての国民負担に関し、一部マスコミでは、長銀の国営化が問題があり、長銀をつぶしておけば良かったと報道されている。
私銀行の国有化を自民党に申し入れた経緯があるので、その事情を説明する。
第1に、そごうの借金が長銀一つではないということ。すなわち、そごうが抱える借金のうちの一部の議論を、まるで銀行の国有化を否定する材料にするには危険すぎとるということ。
第2に、私の国有化案には、国有化のみするということ。すなわち、長銀の貰い手をつけるのに信用のための国民負担が必要となるが、国有化のみであれば、その必要はなかったということ。
第3に、歴史は深いものの、現在利用されている予算及び決算方式に根本的な欠陥があり、その改革を国有化するに際して実施することを、前提に主張していたこと。すなわち、予算と決算を共通する合計額でのみ括って、その中に借金やらなにやらを一色たんにするため、いくらでも借金をつけて実行することが出来るということ。
この第3の問題は国や地方の予算制度の根本的な問題で、これが、この予算制度を流行らせるポイントであり、何処の国家が破綻状態を迎える原因となるものである。
まず、この風習をとり省くことが、先決であり、社長の横柄な態度や国営企業の体質や借金の国民負担は公開されてない2つの別の手法によって、容易にとり省くことが出来たのである。
次に、これからの問題を議論する。
これから、名指しされているゼネコンなどにもそごう同様の事態が起こりうると考えられるが、同様の企業御取り潰しとなれば、そごうの取引先の1万企業や従業員1万人の失職失業が発端となり、連鎖的に経済を下降させて恐慌を導くということには、注意しなくてはいけない。
自民党が選挙後に行ったものとしては、実に計画的なものである。次の選挙すなわち4年後までには、この国は事実上○○する。そして、利用し終われば、○○される。
これが、人の子の計画(神から授かった計画)を盗む者と、その者達を支持するものとに与えられた天罰である。でも、あなた方が私を立て、私と共に悔い改めて富への従属を破棄するのであれば、私はすべてを解決しよう。あなた方の立てる議員立ちが、どうやってもうまく出来なかったことを、私は数年でやり遂げる。それは、彼等がまず議員になるから出来ないのである。
はっきりいうが、道路を作ったからとか、線路を作ったからとかいうことで、すべてを失っては何の意味もないことである。また、何兆円貯金がたまったとかいっても、それが使えないのであれば、意味のないことである。失業だけさせなければ、すべての人が生き存える。あなた方はどちらであろうか。神の設定した火の中で人を押し退けて生きようとするか、それとも共に分かち合って生きようとするか。
共に分かち合うのであれば、その膨大な資産を貧しい者に分け与えろ。
金融再生化法
肝心なのは、何万人という人間を飢えさせないことだ。それには、国有化させて最低限の給与を支給するか、若くは、国有化せずに私の提唱する外苑保護施設を設置するかのいずれかだ。しかも国有化だけであれば、経済のダメージをずらすことが出来るのだ。それなのに、アメリカに買収された官僚たち、それとそれらの片棒を担ぐ政治家たちによって、神をないがしろにする国民が、すなわち人の子を受け入れない国民が、当然起こりうる天罰を受けたのだ。
すなわち、金融の需要が低下している事には変わらないのだから、一番最悪なのが、現行政府のとった手法だということだ。なにも市場を売り渡す必要などない。日産を見ろ。日産の名前をつけてルノーの車を売ろうとしている。彼等は、十分知っているのだ。我々が外国車を買わないということを。
然るに、飢えさせようと考えれば、日本人に借金を背負わせて市場を頂こうという手法となるのだ。はっきりいうが、彼等は個人主義といいながら、その手法は、実に全体主義的だ。彼等は、国の国際戦略の中に自社の反映を求める。日本はその逆だ。親鳥が子供たちをその大きな羽の中に入れて雨を遮ろうとするように、人の子が来て救いの手を差し伸べると、お前たちは、彼等を惑わし、打ちたたき、つまずかせて遂には○○てしまう。すなわち、彼等が実際にやっている”全体主義”を危険と批判し、抵抗などするべくもない個人主義に走らせ、利己的な思想をはびこらせ、その中で何ら解決策を見い出せずに、遂には次々に○○てしまう。彼等を見習うなら、むしろ全体主義と個人の権利の両方のバランスが必要であることを悟れ。そのバランスのとり方も実に重要で、一部の個人の個人主義のために利用される全体主義では、戦前と何ら変わりはない。全員の個人の権利を守るための一人の全体主義であれ。そうすれば、あとは、個人が全員の定義というものをどのように持っているかによって、その行いが、変わってくる。すなわち、人間の定義にヒューマンビーイングすべてを包含するのか、それとも、ヒューマンビーイングを人と人でなしとに選り分けるかのいずれかとなる。
いずれにしても、アメリカの言いなりで○○すれば、言いなりとなったものも同様に○○されることになる。彼等の目的が、○○することの変わりないからだ。(彼等の慈悲に期待しても無駄だよ。だって、彼等の慈悲というのは、最低東洋全体を○○するまでの偽の旗にすぎないから。旗がいくら奇麗でも、振ってる人間が奇麗とは限らない。)
最終的には、執着を捨てきれる者が幸いということだ。