| □下関・萩の旅□ その1 |
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7月2日。短い睡眠から目が覚めたら大雨です。今日は久しぶりの幕末旅行なのに・・・。日頃の行いが悪かったのかと反省していたらとりあえず小雨に。いよいよ出発です。 フェリーに数台の車とともに乗船します。日曜日出発だからか、普段から利用者が少ないからか客室もゆったり。 四国から脱出するにはJR、飛行機、橋を利用しての外に船もあるんだよね。フェリーを利用すると、小中学校の修学旅行、大学時代のサークル旅行を思い出します。 ダンナは前夜の酒が残っているから寝てます。私は朝ごはんです。 船外にでてみると、雲の切れ間から夏の日差しが。海の上はいい天気。いい予感です。 |
![]() 定刻に柳井港へ到着。 これから下関方面へと向かいます。 今日の予定は下関、長府あたりの史跡をまわること。 SAで寄道しつつ下関ICを降りたのは13時前でした。 海が近い。すごく晴れてます。関門橋、かっこいいな。 ![]() とりあえず唐戸市場で腹ごしらえ。 3年前にダンナが社員旅行でお昼を食べた定食屋で食べることにしました。なんだかお客よりも店員が多い店で、店員のおばちゃんが背後にじっとりとひかえての食事は辛かった。私はふぐの唐揚げ定食、ダンナはさしみ丼(だったかな?)を食べました。、味は美味しかったです。 海ぎわに植えられている南国風の木(名前がでてこない・・・ソテツ?)に早朝ふざけて飛びついた社員がいたそうです。もちろん、ガザガザの木肌で胸のところを怪我したとか。そんなバカな社員も今は田舎へと帰っていったとか。いろいろいありますね。 それはそうと、時間が押しちゃって白石正一郎の邸宅跡、桜山神社、高杉晋作終焉の地などの目玉スポットには寄れそうもありません。だって、宿には早く入りたいもの。今日の宿泊地は湯田温泉なのです。だから、泣く泣く行けるところだけにします。 |
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![]() まずは赤間神宮。 ここは直接幕末とは関係ありません。(しかし、幕末後、高杉晋作らを支援した白石正一郎がお寺からお宮に改められた赤間神宮の初代宮司となりました)けれど朱塗りの水天門が美しい。壇ノ浦の合戦で敗れた入水した平家の安徳天皇を祀っているそうです。宝物館の裏手に平家のお墓がひっそりとありました。 ひととおり見学して水天門までもどると、抜けるような青空。照りつける日光。戦のあともいまは昔。哀しいできごともただ語り継がれていくのみです。 |
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さて、やっと幕末関係の史跡です。私の山口旅行を知って、「etu-pirica」のフウさんから行ったらいいよと教えてもらったスポットその1。 伊藤家本陣跡です。 当時赤間神宮辺まで広がっていたという本陣伊藤介太夫の敷地。いまは日清戦争の講和条約締結された春帆楼の隣の駐車場の隅っこにひっそりと碑が立つのみ。 かつては龍馬が自然堂と名づけてお龍とともに生活をしていた場所なんです。 ふりかえると海も近い。 当時はどんな風景が見えたのでしょうね。今風の建物と、車がひっきりなしに通る道が見えたのじゃイマイチ想像もつきません。 |
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続いては功山寺。高杉晋作の回天義挙の地です。 ![]() また、京から落ちてきた三条実美・三条西季・東久世通禧・壬生基修・四条隆謌ら五卿が一時期投宿した場所でもあります。 石畳の階段を登ると山門。緑をたたえた木々、しっとりと光るコケ。美しくていいところだなぁと油断をしていたら、やぶ蚊の大群に襲われました。 境内にはステキでカッコイイ晋作さんの騎馬像もあります。 |
境内横にある長府博物館と万骨塔を見学。博物館はこじんまりとしていますが、いい雰囲気の建物。ここには幕末の資料などを展示しています。三条実美らの身の回りの品の細工の美しいこと。 また、万骨塔は各県の明治維新関係史跡から寄せられたという石が埋められています。もちろん、龍馬らの名前も見ることができます。 |