アラビアのロレンス


主演:ピーター・オトゥール

 
ロレンスにとって、アラビアの砂漠とは何だったのだろう。長い長い戦いの果て、傷ついて帰還し、去って行ったロレンスの表情は痛々しかった。アラビア内の部族間対立を収拾し、トルコのアラビア支配を退け、イングランドに有利に持っていったロレンスの功績は、イングランド、アラビア両国にとって非常に大きく、後にロレンス大佐は、胸像まで立てられる英雄として奉られる。しかし、上層部にとって、最終的にロレンスは邪魔者になっていた。アラビアの王子が、最後に「ロレンスは諸刃の刀。いまやどちらにとっても邪魔者にすぎません」と言った言葉が、厳しく現実を告げる。
 かくしてロレンスは故郷に戻ってゆく。その時の表情が、抜け殻のような、うつろさに満ちていて何ともいえない無常を感じた。

 ロレンスの内的な体験としての戦いと、現実的な世界においてのロレンスの果たした役割とは、かなりのギャップがあったに違いない。確かに他の人々にとって、または歴史としての戦争にとって、ロレンスの働きは非常に重要なものであり、彼は英雄である。しかし、彼にとって、この戦いは、知らざる自分との戦いであり、最終的には勝利を勝ち得たとはいえなかったように思える。

 彼にとって砂漠との出会いは、未知なる自己との出会いだったのかもしれない。砂漠は美しく、厳しく恐ろしく、人の命を奪い、そして静かに飲み込んでしまう。圧倒的な太陽の熱と、360度の地平線には、人の生きる場所はない。その中を生き抜くこと、そこで民を「正義」へと導くこと、それはロレンスの内なる力、自己イメージを外在化させることだったのかもしれない。砂漠での戦い、友情を通してロレンスは様々な自分を見出す。これまでただマイペースかつ奔放で、若者らしい傲慢さを持った一将校にすぎなかったロレンス。彼は、自分の中の残忍さ、破壊性を知る。また、ゆるぎない正義を知る。無為を知る。他にも様々な発見、出会いを通して、ロレンスは徐々に物事、そして自分を知ってゆく。途中、砂漠の民たちに祭り上げられて、どんどんヒロイズムに酔いしれてゆくロレンスの姿が印象的であった。

 しかし、最終的にロレンスが手にしたものは、「大佐」という称号と、何も知らない人々からのむなしい名声だけであった。彼の内的世界は虚無に覆われる。自分の中の見なくてもよかったはずの影の部分を、砂漠を通して彼は見てしまったからである。また、それに対する何の守りもなかったのである。いわば、裸のままで、茨の道を通り抜けてしまったようなものだった。

 アラビアの壮大な勇者のストーリーかと思いきや、その中に秘められた人間の残忍性、悲劇性、そして何もかも飲み込んでしまう砂漠に象徴される現実の流れが見事に描かれた映画であると思った。3時間弱の長い映画であったが、見ごたえは十分だったと思う。そのうちもう少し、彼にとって砂漠とは何か、ということについて深い考察ができたらと思う。

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