冷静と情熱の間 Blu&Rosso 著者:辻一成&江国香織


 「阿形順正は私のすべてだった。(略)もしもどこかで順正が死んだら、私にはきっとそれがわかると思う。どんなに遠く離れていても。
二度と会うことはなくても」

 一番初めのこの文に私は惹かれてどうしようもなかった。あおいの恋は自分の10代後半から20代の始めの日々と重なった。ちょうど私もかつてのあおいと同じくらいの年だった頃のこと。もちろんこの小説の2人のように強く、激しく愛し合っていたわけではない。
でもなぜだろう、あのころのことが懐かしいのは。それはきっと自分が純粋だったから。打算もなくて未来もなくてその人と過ごす時間だけを見つめていたから。あの頃に帰りたいとは思わないが、あの頃の自分のことは好きだ。

 あおいの現在の恋人、アメリカ人のマーヴは完璧だと思う。あおいを本気で愛している。そして才覚があって大人。そのマーヴをあおいはどうしても愛しきることができなかった。恋愛小説に、ありがちだといえばそれまで。でも私は、それを読みながら苛立っていない自分を発見した。「どうしてマーヴと一緒にならないの」「順正よりよっぽど将来性あるのに」という現実的な声が聞こえなかった。(いつもは必ずある声なんだけど)あおいにとって順正が魂の片割れのような存在であることが文章を通して伝わってきたから。「Rosso」の舞台はミラノで、順正は日本(とあおいは思っている)。だから順正はあおいの追憶の中で時折現れるだけだった。それがとても効果的だったと思う。順正を表現する雰囲気のなんて繊細なこと。反対に「Blu」は順正が主人公で舞台は日本とフィレンツェだ。これもあおいは思い出の中に生きているだけ。でも、「Rosso」から読んだせいだろうか。それとも私が女だからだろうか。私の中にあおいが住み着いてしまった。だから順正の思い描くあおいと本当の(Rossoの)あおいとが違うと順正に「あんたは何もわかってないのね」と言いたくなる。そしてRossoに出てくる順正と本当の(Bluの)順正が違うと「所詮現実なんてこんなもんか」と思ってしまう。どうしてもあおいびいきになっている自分がいた。
 順正とともに見る世界。それはとても弱くて、頼りなさげ。マーヴの方が頼れていいじゃないかと思ってしまうが、マーヴとは違う繊細さと弱さがあって(マーヴにも弱さと繊細さはある。それが江国香織のいいところだと思う)、それは女として守りたくなるような母性が働くようなそんな弱さ。芸術家だからかもしれない。最後に2人は出会う。10年の時を越えて。お互い半分あきらめながら、約束のドゥオモで。約束の力。この約束がなければ偶然以外に二人は再会する機会はなかった。過去の約束。未来をも縛る。約束は未来を既定する力があるんだと思った。何もない真っ白な未来に置く布石。最後に2人がどうしても現在フリーであることを言い出せなかったのがまたよかった。お互い恋人と幸せなフリ。そしてまた別れる。辛い気持ちをおしやって。

 でも「Rosso」から読んでよかったと思ったのは「Blu」では、別れてから順正が思い直してミラノまで追いかけようとするところで話が終わっていること。ハッピーエンドを臭わせる終わり方。「Rosso」であきらめていた後だったから、意外性があって、それもとても嬉しい意外性でよかった。でも、ハッピーエンドじゃなくて、お互い心の中で思い合いながら生きて行く方がいいかもしれないけど。一緒にいることで愛が変わってしまうよりは。なんて、ペシミスティックなことも考えてしまうけど・・・。

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