ビューティフル・マインド

主演:ラッセル・クロウ
天才の怖さを見たような気がした。
特に数学の分野、緻密な計算式の世界というのは、
人間的なあいまいな関係から阻害されたところにあるから、
そこをつきつめることのできてしまう人というのは、
限りなく人間的思考から遠ざかってゆくのかもしれない。
ジョンの「幻覚」だとされている部分について少し。
チャールズは、彼の見方。
混乱していたジョンを勇気づける友だち。
孤独な彼を慰め、力づける友人。
数学研究科の友人たち中では、何だか異質な存在だなん、
と思っていたら幻覚だったと後で分かり、
私はショックだった。素敵な友人だと思っていたから。
しかし幻覚だと思った方が納得も行く。
幻覚というよりは、イマジナリーコンパニオンのようなものだと思いたいが。
人間の中でうまくやってゆけないジョンにとっては、
チャールズのような明るく無邪気に男らしい存在が生きてゆくために必要だったのかも。
チャールズは、ジョンの中の阻害され続けていた部分だったのだろう。
国防総省に呼ばれて暗号を解読したのは、本当だが、
パーチャーに呼び出されて更なる暗号の解読(雑誌記事から)の仕事を任されたのは、
幻想の世界だったのかもしれない。
その後で、未開封の秘密文書が見つかったことからも。
国防総省の秘密部署に呼ばれて、あれこれ指示を受け、
誰かに見張られていたり、狙われているような気がして不安に陥ったり、
本当に追い掛け回されていた辺りまでは、本当だと思っていた。
仕事をやめる、と言ったとたんに、「君の名前をソ連側に売る」といわれて、それで
不安に陥って怖くなったのだと思っていたが、
そもそも最初からパーチャーなる人物はいなかったのだとした方が
収まりがつくようにも思う。
そんな風にして、見ている私たちを不安にさせるような
ことばかり起こるのがおもしろかった。
私たちはジョンと同じ目線で物語を追っているために、
後から、「そんな人物はいなかった」とか、「そんなことは起こっていなかった」と
言われると、信じたくない思いと、拍子抜けした気持ちが交錯し、混乱してしまう。
この映画の製作者の意図の一つとしては、
私たちに、統合失調症の症状の一つである幻覚の怖さを
実体験させたかったのかも、と思ったりもした。
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