4.御流と出会って学んでいること…
その3.省略 小品
空間、余白が大切です。話でも舞でも、間が大事です。
物を見るのではなく、空間を見るのです。
紙の白さが見えてくるようになれば、お習字も上達したと言われます。
心に残る様な花は小さいのがよい。
言葉少なく真実な事を述べられるのが本当に心に残るものです。
真実のもの、小品、これが本当にむずかしい事です。
いけ花は、ただ瓶に花をさせばよい
茶の湯とは……のむばかりなり (利休)
一番むつかしい事と一番やさしい事とは隣り合わせである。
山村御流では、[省略]ということをする。
「若い人はカットカットって言うけど、カットって言うたらあかんよ」
とよく言われるが、それは、省略の作業は、単に切り落とすというだけのことではなく、
本当はあるのだけれど、省いておきます、ということを意味しているからだと思う。
その1.でも少し述べたが、御流のはさみの入れ方は、ハンパじゃない。
もちろんほとんど省略をせずに、そのまますっと差すこともある。
しかし、たいてい、1つの枝から、選び取られるのは1つか2つの枝であり、
何十枚と茂る葉のなかから、あらかたは落とされる。
省略する時の一定のパターンとしては、
重なり合っている枝や葉や花を落とすことと、
蕾ならば、花開いた時に十分に開けるような空間を作っておくこと
…くらいだろうか。
それ以外は、その花に応じて適宜行われる。
私は、最もその花材らしい部分を際立たせるために
それ以外の部分を省略する、という風に考えていたが、
生駒瓢泉が上述しているように、空間を見ることによってその花が何たるかを見ることができることを
目指すのだとすれば、微妙に思い違いをしていたことになる。
残された部分以上に、落とされた部分が重要なポイントだったのだ。
何もない部分があるからこそ、残された部分が際立つ。
同じ事を言っているようだが、
「ある部分を際立たせるために、他を落とす」、という捉え方をするのとは全く違うであろう。
そう考えると、どこを残すか、ということも大切だが、
どのように残すか、ということも大切だという気がしてくるではないか。
落とされた部分にも、何かがあったこと、またはありうることをほのめかせられるような
省略の仕方を目指すものなのかもしれない。
最初に戻るが、だからこそ、「カット」ではなく「省略」なのだろう。
<桧とりんどう>…桧はかなり省略されている。
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