黒塚 KUROZUKA
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著者: 夢枕 獏
途方もない時間的スケールの小説で、ここまでかけて描かれると、
ロマンスも、単なる男女の戯事だとは言えないとつくづく思った。
恋の恐ろしさ。
女の哀しさ。
物語の始まりは、鎌倉時代である。
そこから主人公の男の断片的な記憶と共に、江戸末期、昭和、平成以後へと時空が移動する。
数千年の時を越えて出会う、という言葉は単なるロマンスのお題目ではない。
人の血を吸い、不死と常識を超える回復力を得るという、言ってみれば荒唐無稽なオハナシも、
この並外れたスケールの中では、それ相応の重力を持つ。
さらに私が感動したのは、この小説が著者の想像力による完全なるフィクションではなさそうだということである。
元は謡曲を短編にしようという試みから始まったというこの物語は、
出典が拾遺和歌集の鬼婆伝説を原型とする、能であるそうだ。
また、西洋の各地に残る吸血鬼伝説、ギリシア神話のプロメテウス、キリストの復活、
そういったあちこちの異人伝説をあちこちにちりばめて作り上げられているのだこの物語は。
そこに普遍性がある。
嘘くさいのに納得してしまう。
ファンタジーなのに歴史小説を読んでいるような錯覚。
過去と未来が入り乱れてゆく中、貫かれているのは、激しく狂おしい情愛の世界。
人を斬り、肉を削ぎ、血をすすり、そうしてでも生き続ける彼らにはすさまじさがあるが、
それでもそこには嫌悪は湧かない。
どちらかと言えばもの悲しかった。
記憶のないクロウは、ただ自分の過去を求めるがために動き、その鍵を知るはずの女を捜し、
そのためなら誰を殺そうと容赦がない。ただ、生きる。
一方魂蜜は数千年の間に、クロウを完璧な体にするべく彼の老いてゆく首から下の体の代えを探しては
クロウの首をつけかえ、最終的に完璧な首から下を作るために、自分に思いを寄せる男を利用することになる。
その数千年の重みを私は思う。
孤独な女。
どれだけの狂おしさで男を思うのであろうか。
あらゆる人の感情の中で、性愛感情が最も強く苦しいものなのかもしれない。
数え切れない作家、画家、音楽家、舞踏家が愛を表現してきた。
誰一人として、自分の半身を求めようとしない者はいない。
平凡で、普遍的で、だからこそ未知で人をひきつけてやまない感情。
また、男女の違いが最もぶつかりあうのも恋愛においてだろう。
耐えて受身の姿勢を持ちながら、それでいて激しく積極的な女。
強く主導的でありながら、それでいて自分や相手の気持を持て余してたじろぐ男。
その両価性の絡まりが織り成す物語は、果てしなく、そのバリエーションは途絶えることがないだろう。
それにしても634頁という大作を6時間ほどで読み上げることができた。
これだけ読ませる作品に久しぶりに出会って満足している。
03.4.4
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