コロンダブスの卵


○麦夫と虫子が住む築25年の4畳半のアパート(夕方)
   少し離れた所から、石焼き芋を売り歩く呼び声がする。

虫子「♪ル〜ルル〜ルルン ルンルンルン(鼻唄)」
   丈が膝上のスカートの裾からニョキッと生えた虫子の足。膝が擦り剥けている。それにまったく気付いていない麦夫。

麦夫「今日はご機嫌だな〜、虫子」
虫子「そりゃそうよ。だって、今日はスーパー『生傷が絶えない』のタイムサービスで特売の卵を3パックも買えたんですもの」
麦夫「そうか〜、だからそんなにご機嫌なんだな〜。虫子が機嫌いいとうちの中が明るくなった気がするな〜」
虫子「あら、そうかしら。まったく麦夫は上手なんだから。…テヘッ」
麦夫「僕は思った事を正直に言っただけさ。」
虫子「まぁ…。麦夫たら。……麦夫!」
麦夫「‥仕事に行って来るっ!」
虫子「今帰って来たばっかりじゃない?何言ってるの?もう麦夫たら照れちゃって…」
麦夫「虫子!!まだ夕方だぞ。こんな早い時間から、フシダラな…」
   次の瞬間、うろたえた声で虫子が言う。

虫子「ああああーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!御免なさい!!!!!わ、私ったら!!!!
 …そうよね、まだこんな時間なのに私ったらすっかり舞い上がってしまって…。麦夫の言う通りよ。
 本当に私ったら、なんてフシダラな女なのかしら!!!!!!!虫子のバカバカバカ!!!!!!!!!!!」
麦夫「いや、そこまで言う事は無いよ。人間誰しも自分を見失う事ってあるもんさ。だから気にするなよ。
 この事は誰にも言わないから。ね?」
   メソメソと女々しく涙を流しながら虫子が言う。

虫子「優しいのね、麦夫…。でも…、でも…私は…」
   泣いているので言葉に詰まる虫子。

麦夫「大丈夫さ。虫子の事は僕が一番知ってる。虫子だってそれは認めるだろ?」
   黙ってうなずく虫子。

麦夫「その僕が言ってるんだ、自信を持てよ!な?」
虫子「………そ、そうね」
麦夫「じゃあ、そろそろ晩ご飯の準備にしないか?もうお腹ペコペコさ〜。よし、落ち込んでる虫子の代わりに
 今日は僕が何か作ろう。虫子の好きなものを作ってあげるよ。何がいい?でも、僕のレパートリーは限られているから、
 あんまり難しい注文は困るぜ。エヘへッ…」
   次の瞬間、スクッと立ち上がった虫子は台所の方に向かい、背の高い小さな食卓テーブルの上に置きっぱなしに
 してあったスーパーの袋をムンズッと掴み取り、中に入っていた卵3パックを乱暴に、流し台のシンク中に叩き付けた。

麦夫「何をするんだ!!!!!!虫子!!!!!!!」
   肩で荒々しい息をする虫子。

虫子「こんなものさえなければ…。3パックも買うんじゃなかったわ!!欲張って、「お一人様1パック」の所を変装して
 3回も列に並んだ罰が当たったのよ。ルールを守って1パックにしておけば、こんな事には…」

バシッ!!!!!!!!!!!
   麦夫が虫子を頬を平手打ちする。

虫子「痛っ!!!!!何するの!!!!!!?」
麦夫「食べ物を粗末にするな!!!!ぼ、僕は、食べ物を粗末にする奴は嫌いだ!!!!」
虫子「ええ!!!!?じゃあ、私の事も嫌いになった!!?」
麦夫「虫子の事は愛してるが、…食べ物を粗末にする虫子は嫌いだ…!!!!!!」
虫子「だって…」
   虫子が話すのを遮るように麦夫が話し出す。

麦夫「それ以上言わないでくれ…」
虫子「…で、でも…」
麦夫「それ以上…」
   今度は麦夫が話すのを遮るように虫子が話し出す。

虫子「でも、この卵が3パックじゃなくて1パックだったら、こんな喧嘩になる事もなかったじゃない?そうでしょ?」
  耐え切れなくなって、渋々口を動かす麦夫。

麦夫「“だって”も“でも”も、聞きたくなかった…。僕は言い訳する女も嫌いだ…。虫子にはそんな女になって
 欲しくなかったのに…」
   ハッとして、狼狽する虫子。

虫子「ああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!
 御免なさ〜〜〜〜〜いっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!わ、私、うろたえてしまって、つい…」
麦夫「…もう、いいんだ。…この話はもう終わりにしよう。…よし、今日は取り合えず、卵料理のフルコースだな…。
 オムレツに玉子焼きに、目玉焼き、後は〜…ゆで卵に炒り卵。僕のレパートリーじゃこれくらいだな…。アハハハハ…」
   力なく笑う麦夫。

虫子「……最高のフルコースじゃな〜い?ぜひ頂くわ。もう私もお腹ペコペコよ〜。大急ぎで作ってね。
 麦夫の手料理なんていつぶりかしら?楽しみだわ〜」
   空元気で答える虫子。

麦夫「よ〜し。腕によりを掛けて作るぞ〜。虫子はテレビでも見てな」
虫子「分かったわ。ウフフ…」
   こうしてこの晩、卵のフルコースを食べた麦夫と虫子。虫子の擦り剥いた膝の傷口がすっかり乾いている。

○就寝前
   いつものように布団を2組横に並べて寝ている麦夫と虫子。

虫子「…麦夫、まだ起きてる?」
麦夫「…ああ。まだ起きてるよ、どうかしたのかい?」
虫子「…今日は御免ね…」
麦夫「いいんだよ。僕も熱くなり過ぎた…。ゴメン…」
虫子「お互い様ね…」
麦夫「明日の朝は、卵掛けご飯だな。」
虫子「…そうね。当分卵料理が続くわね…」
麦夫「卵料理のヴァリエーションを増やさなくちゃな…」
虫子「そうね…。明日、パート先の同僚に麺子って言う料理の上手い子がいるから、聞いてみるわ…」
麦夫「へぇ〜。じゃあ、僕も明日、仕事の帰りに本屋に寄って、調べてくるよ」
虫子「そうして貰えると助かるわ〜。お願いね」
麦夫「任しとけって…。じゃあ…、おやすみ…」
虫子「…おやすみ、麦夫。…デヘッ」

   こうして、麦夫と虫子の1日が今日も終わる。


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