リバーシブル麺
〜REVERSIBLE NOODLES〜
リバーシブル麺だ。 中華街を歩いていると、日用品・中国雑貨を扱う『秘稀屋(ヒマレヤ)』と言う小さな店があった。 そこで手に入れた。 店先のガラス戸には、内側から張り紙。 こう書かれてあった。 「不思議不思議、摩訶不思議。極秘に仕入れたリバーシブル麺。 表も裏もおいしいアルヨ!」
中に客は一人もいない。 いるのは干からびたジーさんただ一人。 店番だ。 中国語のAMラジオを聞きながら、丸渕眼鏡を掛け、新聞を読んでいる。 俺に気が付き、ほんの一瞬目が合うが、じーさんはまた新聞に目を落とす。
中華料理食材のコーナーを見つけ、乾麺を探す。
カップラーメンの類いの商品で、その名前が示すように、2種類の味が楽しめる、 それくらいのものだと思っていた。 しかしそれは違った。 俺の予想は全く掠りもしない。 それをいざ目の前にすれば、俺の考えがいかに安易だったかを思い知らされた。
と、その時。俺の後ろで人の気配がした!! 「!!!」 店番のジーさんが、俺のすぐ後ろに差し迫っているではないか!! 「リバーシブル麺」を探すのに気をとられ、気付かなかったのだ。 ジーさんの右手には孫の手が握られている。 なんだ・・・!?
俺は一瞬うろたえた。 「リ、リバ〜シブル麺、ありますか?ほら、お、表に書いてあったヤツ・・・」 声がひっくり返った。 俺がそう聞くと、何も言わずにヤンワリと微笑んで、右手に持っていた孫の手を少し持ち上げた。 乾麺の棚の下の棚、・・・!!?、・・・いやその下だ!! 一番下の棚板と床の間に、その孫の手を突っ込んで、左右に動かす。 な、何をやっているのだ!!!!? 俺はハテナが30億個くらい飛んだ。 床に孫の手が擦れる音がする。 ギィー・・・、ギィー・・・、・・・コツッ! 何かが孫の手に引っ掛かった。 ジーさんはそれを手前に引き寄せる。 ほこりの塊りと一緒に掻き出したものは、確かに袋詰めされた乾麺だった。 見た目は丁度、即席麺のそれと似ていた。 ジーさんはほこりを手で払いのけ、それを俺の前にゆっくり差し出した。 「こ、これがリバーシブル麺!!?」 俺はそう口にしながら、そいつを受け取った。 俺はさらにうろたえる。 ジーさんはニンマリ笑ったまま、差し出した手を引っ込めない。 そうして、俺に孫の手を持ったままの右手で、ジャンケンのパーをした。 俺は最初、その意味が全く分からなかったが、やがてその5本の指が、この「リバースブル麺」の 値段を表している事に気が付いた。 「5、・・・500円、・・・ですか?」 ジーさんはピクリとも動かない。 「5、5000円ですかー!?」 ジーさんの顔がさらに綻ぶ。 こんな乾麺が5000円な訳がない、ボッタクリだと俺は思ったが、 その異様な空間の雰囲気に呑まれて、俺は5000円払った。
しまった!うろたえるあまり、これをどうやって食べられるように調理するのか聞いてこなかったぞ。 俺は即席麺のように袋に調理方法が書いていないか、確認した。 何も書いていない。 朱色に近い赤に、黄色の文字で「R.N.」と小さく袋の隅っこに書かれてあるだけで、 他には何もなかった。 「R.N.」、つまり「リバーシブル麺」を英語表記にすると、「REVERSIBLE NOODLES」。 その略だろう。 袋を開けてみる。 見た目は普通の即席麺と変わらない。 麺の他に、粉末のスープだろうか、銀の袋が1つ入っていた。 匂いを嗅ぐ。 得体の知れないものではあるし、棚の下に落っこちてほこりまみれになっていたのだ。 売れ残りに違いない。まだ十分食せるものか、それを確かめた。 匂いはない。 食べられそうだ。
さあ、鍋に麺を投入する。 グツグツ・・・ ここまでは至って普通。普通の即席麺だ。
麺が解れて来た。
そうだ、やっぱり粉末のスープだ。 俺は鍋の中に入れて、掻き混ぜる。 そうして火を止め、ラーメンどんぶりにそいつを移した。 「リバーシブル麺」を。
太目の麺に、うっすらと黄金に輝き、どこまでも澄んだスープ、それが「リバーシブル麺」。 これがラーメンの何と違うだろうか。 俺には同じに見えた。 やはりボッタクられた!?、のだろうか。
俺はまず麺を啜る。 ズズズ、ズズ〜・・・ッ レンゲでスープを掬う。 グビグビ・・・ すぐさまもう一口麺を啜る。 ズズズズズビッ〜・・・・ 「こ、これは・・・!!?」
なぜなら、現存する我が国の言葉に、それを表す言葉が無いからである。 あるにはある。 そいつを使うなら、「うまい」、「おいしい」がそれに当たる。 しかし、この言葉では、極めて抽象的な表現に留まってしまう。 だから、新しい言葉が必要になる、のだ。
確かにそいつは名前の通り、「リバーシブル麺」だった。 それを言葉で説明しろと言われたら、こう表現するしかない。 「一箸一箸、味がリバースするんだ」と。 例えば、一口目、苺の味がするとする。 そうすると二口目、今度は牛乳の味がするのだ。 もう一つ例えるなら、一口目、バナナの味がするとする。 そうすると二口目、チョコレートの味がするんだ。 またはこう表現してもいい。 一口目、それを辛いと感じる。 二口目、それを甘いと感じる。 それが何度も交互に繰り返すのだ。 そして、そのどちらの味にも見事に合う、あのスープ。 もう一度、俺はあの味に出会いたいと思った。 今度は給料日に、まとめて買いに行こう、そう思うのだった。 俺は今でも、あの「リバーシブル麺」の味が忘れられない。
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