汁  ‐THE SOUP-



今日は陽気が良い。

中華街をブラブラ散歩する。

しばらく行くと、日用品・中国雑貨を扱う小さな店があった。

店の名前は『秘稀屋(ヒマレヤ)』。

引き戸のガラスにこう張り紙があった。

「藤原紀子の汁あります」

味の無いヘタクソなとても読みにくい字だった。そして、俺は痔だった…。

しかし俺はその文字を見逃さない。

なぜなら俺は藤原紀子の隠れ大ファンなのだ。

隠す理由は特にない。

しかし隠すと毎日がハラハラドキドキだ。

理由はそれだけ。

騙される、インチキだ、と分かっていても俺はそいつに引き寄せられる。

店の中に客は誰もいない。

いるのは干からびたジーさんの店員ただ一人。

中国語のAMラジオを流れる店内で、丸渕眼鏡を掛け、新聞を読んでいる。

俺に気が付き、目が合う。

が、じーさんは「いらっしゃいませ」の一言も言わない。

また新聞に目を落とす。



俺は取り合えず店内を物色した。

並ぶ品物は、至って普通。中華料理で良く見る食材や、中国雑貨ばかり。

変わったものはない。

店内をグルッと一周したがやはり普通。

俺は念の為、もう一周隈なく棚を見ながら、店内をもう一周したが、目的の物は無かった。



俺はじーさんにゆっくり詰め寄る。

俺は言う。

「表の張り紙、あれホント?」

じーさんは顔を上げる。

すると、ニッコリと顔を歪め、奥に入って行く。

しばらくすると、じーさんが戻って来た。

そして、じーさんが始めて喋った。

「どれがいい?」

滑らかな日本語だ。

見るとじーさんの手には箱が3つ。

A、B、Cの文字がそれぞれの箱に書かれてある。

「何が違うの?」

俺がそう尋ねると、じーさんは「さあ・・・」と言う意味の表情と仕草をやってみせた。

「で、これいくら?」

じーさんが指を3本立てて少し前に突き出す。

「3万?」

と、俺が聞くと「うむ・・・」と頷いた。

「じゃあ、これ!Aの〜・・・・、いや待った!やっぱりCの箱をくれ!」

そうして、俺はその怪しげな箱を3万円で購入し、自宅に帰った。




早速、箱を開封する。

中にはビンが入っていた。そしてコルクの栓がしてある。

ビンの中身は薄い白濁色だった。

それはまるで白色の水性絵の具が付いた絵筆を濯いだ時の水の色に似ていた。

俺は慎重にコルクの蓋を取る。

ポッ!

と音がした。

まず匂いを嗅いで見る。

ほとんと無臭に近いが、ほんのり汗臭いような気がした。

今度は、指を突っ込んで、ペロリとそいつを舐めてみた。

味はない。毒性もない。

そして俺はまたビンに蓋をした。




正直、俺には本物か偽物か判断がつかなかった。

しかし本物だと思えば、本物のような気がするし、

偽物だと思えば偽物になってしまうような気がした。

俺は「騙しやがったな、コノヤロー!」と金を返してもらうつもりはない。

俺はそのビンをさらに元の箱に戻し、冷蔵庫の一番上に閉まった。




しかし、仮にこれがもしも本物なら一番の謎は、なぜあのちっぽけな中華街の雑貨屋で

こんな物が売っているのかと言う事だ。

つまり、どんなルートであの店がこれを仕入れているのだろうか、と言う事だ。

裏のルートがあるのか、はたまたあの店主のじーさんが藤原紀子と何らかの関係があり、

直々に採取または、提供してもらっているのか。

世の中まだまだ未知との遭遇とはあったもんだ。

一方、偽物だとしたら、これは一体何なのだろうか?

それは考えないようにしているが。


そして、眠りに付く前に思うのだ、

A、Bの箱の中身は一体なんだったのだろうかと。



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