| 人生の意味や、生きる希望と勇気を与える、光の言霊です!! |
| [11.10 「世のため人のため」が自分のため] 自分の幸福と他の人の幸福を貫くものは「奉仕の心」です。「世のため、人のために役立ちたい」と常に願って生きることは、自分の繁栄のためでもあり、同時に社会の繁栄のためでもあるのです。 「自分は幸福であるが、国家や社会は不幸である」ということはありえません。国家や社会の不幸を願いながら、「自分だけは幸福でありたい」と思っても、両立しないのです。 また、自分が勤めている会社に対して、「給料が上がらないのはけしからん。こんな会社は早くつぶれてしまえばいい」と思ったとしても、会社がつぶれてしまえば、その安い給料さえ出なくなります。 しかし、これが分からない人が、世の中には数多くいるのです。 個人においても、会社や官庁など、個人の集まりである組織においても、「多くの人の役にたとう」という奉仕の心を持つ必要があります。奉仕の心によって個人の幸福と全体の幸福が調和されるのです。 奉仕の心とは、別の言葉でいえば「愛」です。愛を仕事のかたちで表せば、奉仕の心になるのです。 − 大川隆法 「繁栄の法」 第3章 p166〜167より − [10.13 人間は誰でもゼロから出発している] 人間は本来、だれでもゼロからの人生の出発であったはずであり、ゼロの自分と比べてみたならば、少年少女時代には、多くのものを与えられているはずです。衣服、食べ物、住居、学校、先生、友人、お小遣い、学用品、テレビ、ラジオ、ステレオ、そして何よりも未来への希望、このような多くのものを与えられているはずなのです。 ゼロから出発している自分であるならば、現在はプラスであるはずです。それにもかかわらず、他人との比較において、マイナスの自分を心に描き出しているのです。 そして、よくよく考えてみるならば、大人になってからも、心に苦しみをつくるのは、この他人との比較であることに気づきます。苦しみの根っこは、少年少女時代にすでに芽生えたものであり、ゼロからの出発ということを忘れて、他人と自分との持っているものを比較しはじめたときに源を発するのです。 − 大川隆法 「幸福の原点」 第1章 p15より − [09.29 永遠の人生] 人生は1回かぎりであり、人間は、わずかな期間だけしか生きていない、線香花火のような存在だとするならば、人生には重大な意義も目的も見いだせないのではないでしょうか。 その短い期間を線香花火のように燃え尽きるために、人間はさまざまな快楽に耽り、物質欲におぼれ、放恣な生活をしてしまうのではないでしょうか。また、誰もが個人主義に陥っていくのではないでしょうか。 わずか数十年の人生であるならば、「自分が楽しまなければ損だ」という考えになってしまっても、おかしくはないかもしれません。 しかし、永遠の人生であれば、「人のために奉仕したことが、やがては必ず自分自身の魂の糧となって戻ってくる」と考えられるのではないでしょうか。 したがって、人生観、あるいは人生の目的と使命を考える際に、あの世とこの世という視点を理解しておくのは非常に大切なことです。これを外しては、人生や人間を、ほんとうの意味で知ることはできないのです。 − 大川隆法 「永遠の法」 第1章 p18〜19より − [09.16 死んであの世にもって還れるもの] 人間は心です。魂です。ですから、死んであの世にもって還れるものは、あなた方自身の心以外にはないのです。心がすべてなのです。死んであの世にもって還れるものは「心」しかないのだと気がついてはじめて、人間はひらきなおることができるのです。 心しかもって還れないならば、せめて美しい心をもって還るしかないでしょう。では、美しい心とはどういうものでしょうか。もちろん、仏がほめてくれるような心です。仏がほめてくれる心とは、愛に満ちた心です。与える心、生かす心、許す心、感謝する心です。 − 大川隆法 「太陽の法」 第6章 p306より − [09.02 屋根の雪下ろし] 家をつぶすほどの何トンもある雪であっても、除雪する作業には、何トンもの重さのあるものを動かせる力が必要かといえば、そうではないのです。 みなさんは、家の屋から雪を下ろすのに、ブルドーザーを使っている人を見たことがあるでしょうか。実際は、そのようにはしないのです。どうするかというと、スコップで一すくい一すくい、屋根から雪を下ろしているのです。 すべてを集めれば、何百キロ、何千キロになるような雪であっても、スコップの一かきであるならば、子供でも下ろすことができます。そして、やがては、その屋根の雪はすべて片づいていくのです。 悩みの解決というのは、実に、この屋根の雪下ろしと同じなのです。あまりに長く、そのまま放置しておくと、家がつぶれるほどの脅威となりますが、少しずつ少しずつスコップでそれを取り除いていくならば、それほど難しいことではないのです。 この雪下ろしの作業が、実は、一日一生という枠において反省することであり、一日一生という枠のなかで行動するということに当たるのです。 − 大川隆法 「愛の原点」 第5章 p144〜145より − [08.20 地獄界をつくっている要素] 地獄界をつくっている要素とは、一体何でしょうか。そこにうずまいている要素、想念エネルギーには、つぎのようなものがあります。 ねたみ、そねみ、感情や本能にもとづく怒り、愚痴、足ることを知らない心、不平不満、悲観的な心、消極的な心、優柔不断、臆病、怠惰な心、自己嫌悪、うらみ、にくしみ、のろい、情欲、自己顕示欲、利己主義、毒舌、二枚舌、躁うつ、酒乱、暴力、排他主義、うそ、いつわり、唯物主義、無神論、孤独、独裁主義、金銭欲、地位欲、名誉欲、不調和。 これらは、すべてマイナスのエネルギーです。しかし、こうしたマイナスのエネルギーも、決して、実在のエネルギーではありません。憎悪とか、嫉妬、怒りや不平不満も、結局は、愛の不在なのです。愛のエネルギーがたりないだけなのです。 − 大川隆法 「太陽の法」 第3章 p178〜179より − [08.10 人生の問題集] 特に、人生最大の苦難・困難のなかにある人は、それこそが、今世あなたの魂の磨きとして用意されている最大のものなのです。人生の問題集のなかのいちばん大事な問題であり、「それを避けて通っては、今世の修行はあいならん」と言われているのです。 このように各人は、それぞれ魂にあった問題集を与えられています。それ以上でも、それ以下でもありません。どのような問題が降りかかってきたとしても、それはあなたが解くことができる問題であり、また、あなたにしか解けない問題なのです。 それがまさしく目の前に現れてきたというのは、自分の人生がいったいどのような人生であるかということを教えてくれているということです。自分の今世の魂修行の目的がどこにあるか、ということを教えてくれているのです。 − 大川隆法 「光ある時を生きよ」 第1章 p28〜29より − [07.20 神との約束] 人間として生まれたということ自体が、生きているということ自体が、実は神との約束ごとだということを知ってほしいのです。なぜ自分が、神の命ずる愛を実践せねばならないのか、慈悲を実践せねばならないのか、正義を実践せねばならないのかと問う方よ、それは、約束をしているからだということになるのです。それが人間でいられるということの前提条件なのです。 この約束が破られるということによって、人間の魂は苦しみます。この苦しみを地獄というのです。地獄というところでは魂が苦しんでいる方が数多くいますが、なぜそうした苦しみがあるかというと、それは誓いを立てたその約束を破ったという苦しみゆえに、自分が、自分の良心が、自分の思いと行いを許せないでいるのです。そして償おうと努力しているのです。 − 大川隆法 「平凡からの出発」 第2章 p57〜58より − |