『特別』〜夜勤病棟番外編〜 


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 看護婦の藤本美貴が、松浦亜弥に最初に出会ったのは、亜弥が
盲腸で美貴の勤める病院に入院してきたからだった。

 亜弥はテニス部に所属しているらしく、部のメンバーが
部活帰りに、そして亜弥の友人が、たくさん見舞いに訪れていた。

 愛くるしい笑顔や明るい性格で、学年問わず亜弥は
人気者らしいと言う事は、亜弥を見ていれば良く分かる。

 そんな亜弥を、看護婦である美貴は、見逃さなかった。

-2-

 検温の時間の時、何故か亜弥は、顔を赤らめ、体温も
心なしか高い事を美貴は気づいていた。

「亜弥ちゃん。今日も顔が赤いよ?」

 美貴は、わざとそんな言葉を亜弥にかけて、更に顔を赤くさせたり
亜弥が、どんな行動をとるか、内心楽しんでいる風にも見えた。

「そ、そんな事ないですぅ」

 ベッドの裾をキュッと掴んで、俯き加減に亜弥は呟く。

 そんな仕草や言い方も可愛くて美貴は、更に亜弥に対して
「熱、下がらないかな?」

 不意に顔を近づけ、亜弥の額に自分の額をくっつけたりした。

「ひゃっ……」

 突然の事に、亜弥は少し声を大きくして仰け反った。

「どうしたの?」

 笑顔で美貴は問いかける。少し意地悪かな?とか思いながら。

「だ、だって。藤本さんが、急に顔近づけるから…」

 亜弥は視線を泳がせ、美貴の顔をまともに見る事が出来なかった。

「小さい時、お母さんがこうやってくれなかった?」

 美貴は変わらず笑顔で続ける。

「してくれた…けど。そういう事、他の患者さんにもするんですか?」

 今ので更に亜弥の熱は上がってしまった感じだ。
 そんな事よりも、美貴が他の患者にもしてるかも知れないと言う事が
亜弥には気にかかった。

 そんな事されたら―――――。

「しない、しない。亜弥ちゃんは特別だから…」

 相変わらず美貴は同じく微笑みながら答えた。

”特別”なんて言われたら亜弥は、期待してしまう。
 もしかしたら…なんて。

-3-

 亜弥が入院してきた時から、ずっと美貴が色々とお世話をしてくれた。
 最初は、入院なんて嫌だとごねていた亜弥だったが、美貴が優しくして
くれるお陰で、今では、退院するのが惜しい気持ちでいるくらいだ。

 美貴は本当に良くしてくれたから、亜弥は美貴に対して
恋心にも似た感情を持ち始めていた。 

 しかし、亜弥は、こうも考える。
 看護婦が患者に対して優しくするのは当たり前。
 だから、自分みたいに、美貴に対して好きになってしまう患者は
たくさんいるのだろうと。

 でも、さっきのように「特別」なんて笑顔で言われたら、
美貴は、もしかしたら自分に好意を寄せているのではないか?
なんて勘違いしてしまいそうになる。

 自分が大好きな事は、亜弥自身も自覚しているし、周りにも公認だったり
するが、こんな気持ちは初めてだった。

―――藤本さんの事、好きなんだ。私………。

 その気持ちに気づいてしまった時から、ますます美貴には
普通に接する事が出来なくなってしまっていた。
 そして、退院の日は、刻一刻と近づいてきて―――。

-4-

 亜弥の退院の前日、まだ、どうしようかと迷っていると
美貴に屋上に呼び出された。

「亜弥ちゃん、退院おめでとう」

 美貴が、赤い薔薇の花束を差し出す。
 亜弥の退院日は、明日。亜弥は首を傾げながら受け取った。

「美貴、明日は病院来ないんだ。だから一足早いけど…」
「ぇ…」

 美貴は笑顔のまま、そう答えたが、亜弥の動きは止まる。

「亜弥ちゃん!?」

 亜弥の視界が、すぅーっと白くなった。

-5-

「亜弥ちゃん!」

 目を開けると、目の前に、美貴がいて、心配そうに
自分の顔を覗き込んでいた。

「…んっ…?」

 しばし、状況が呑み込めない。

―――えぇと、私、どうしたんだっけ?

 美貴は、亜弥が目を覚ますと、緩やかな表情に戻った。

「良かった。亜弥ちゃん。急に倒れるから…」
「倒れる…?」
 
 それを聞いて、亜弥の記憶は瞬時に蘇って来た。
 倒れてる場合じゃない! 亜弥の顔は急に青ざめてくる。
 赤くなったり、青くなったりと忙しい。

「亜弥ちゃん。顔色悪いよ。大丈夫?」

 美貴の表情が、また険しくなる。

「だ、大丈夫じゃないです! で、でも…」

 威張って言える事ではないが、明日までに何とか美貴に
伝える言葉を考えようとしていたのに、今、急に何か言わないと
と必死に頭をフル回転させている亜弥だったが、いかんせん
倒れた後で、しかも美貴に支えられている状態では、なかなか
頭は動いてくれなかった。

「部屋に戻った方がいいね」

 美貴の手が、ふいに亜弥の肩から外れる。

「ぁ…」

 もう少しこのままでいたい…。

 そう思ったが、既に美貴は立ち上がろうとしていた。

「藤本さん!」
「ん? なに?」

 顔を覗き込むようにして、美貴の瞳が、亜弥に向けられる。

 ち、近いっ!

 再び亜弥の顔は上昇し始める。

「あ、あの。私どのくらい気を失ってました?」
「んー…。そうだね、5分くらいかな…」

 5分も!!

 その間に変な事言ってなかったかとか脳裏を横切る。

 はー。死にたいよ。

「藤本さん! 退院しても、会ってもらえますか?」

 今の亜弥には、これを言うのが、やっとだった。

「うん。もちろんだよ」

 美貴は笑顔で答えた。

-6-

 美貴の携帯の番号とアドレス交換をして、ついに美貴とのデートの日。
 美貴からして見れば、ただの元・患者の付き合いかもしれないが、
亜弥にとってみれば、初デートなのだ。

「よしっ! デート日和♪」

 ミニスカートを翻して、鏡の前の自分に決めポーズを取る。

 メールをやりとりする中で、少しは進展? していた。
 藤本さん→美貴たんに。
 
 美貴「さ」んと打つつもりが、単に「た」を間違えて打って
しまっただけなのだが、美貴は気に入ったらしくその後は、
その呼び方になった。亜弥も、特別な呼び方のようで嬉しく
思っていたが、実際会った時にも、それが言えるかどうかは
別問題で、早くも、亜弥は、そんな事(亜弥にとっては大問題)
で悩んでいたりもした。

 そして、待ち合わせ場所に着く事、30分前。

「早く着きすぎた…」

 ならば、呼び方の練習と、ぶつぶつと小声で、呟く。

「美貴たん。美貴たん…美貴たん…」

 言っているうちに、おかしくなってきて、終いには
たん、たんと言っている自分自身に大笑い。

 端から見たら、さぞ気持ち悪く映った事だろう。

-7-

「亜弥ちゃん?」

 急に背後から、美貴たんこと、美貴の声がした。

「ひっ!」

 振り返ると、少し困惑した美貴の顔。

 一体、いつから? もしかして―――。

 美貴に聞いたら、今来たところだと言っていたが、
その態度、表情からして、かなり前からいたような
雰囲気だった。声、かけづらかったのではなかろうか?
 なんせ、美貴たん、美貴たんと念仏のように呟いていたのだから。

 高揚していた亜弥の気持ちが、一気に下降した。
 これでは、ただの変な女子高生である。

 しかし、美貴はもう気にしていない様子で映画館に向かって歩き出していた。

-8-
 
 映画は美貴に誘われた。2つ返事の亜弥だったが、どんな内容かは
良く知らなかった。見た後で後悔した。
 それは、映画館を出て来た時の、亜弥の顔を見れば一目瞭然。

「亜弥ちゃん、こういうのダメだった?」
「は…ぃ。血が出るようなのって…ダメなんです」

 ハンカチで口を押さえて亜弥は頷いた。目も少しだけ潤んでいる。
 これでは、平気です。と言ったところで信じて貰えないだろう。

「ごめんね。ちゃんと確認すれば良かったね…」

 美貴は申し訳なさそうに謝る。

「い、いいんです。誘って貰えただけで嬉しかったから…」

 殊勝な事を言う亜弥に、美貴は、亜弥の手を取った。

「少し歩こうか」

 この後は、食事の予定だったが、亜弥の具合も考えて
近くの公園へと足を運ぶ。
 亜弥をベンチに座らせ、買って来た缶ジュースを亜弥に渡した。

 それを手に取り、俯く亜弥。

 さっきから、マイナスなイメージばかり植え付けて、
これでは、告白どころではない。亜弥のテンションは、ますます下がる一方だ。

「亜弥ちゃんは、笑ってる方が可愛いよ」

 そう言われて、亜弥は下げていた頭を上げ、美貴を見つめる。

「…って、美貴が悪いんだよね。反省してる。
 亜弥ちゃん、気にしないで。っていうか、美貴が気にしろって感じ?」

 一人で突っ込んで美貴は笑う。
 それにつられて、亜弥も微笑んだ。

 その後は、美貴の気遣いで、次第にいつもの亜弥に戻っていた。

-9-

 食事したり、プリクラ撮ったり、ショッピングしたり、あっと言う間に
時間は過ぎていく。

「亜弥ちゃん。そろそろ帰った方がいいんじゃない?」

 美貴の方が亜弥より時間を気にして、しきりに時計を見ていた。
 亜弥はまだ高校生。あまり遅くまで付き合わせるのも親が良い顔をしないだろう。
 亜弥の親は門限に厳しい事は、美貴も聞かされていたから、尚更である。

「もぅちょっと…いたい…」

 亜弥は我が儘だと知りつつ、少し甘えてみた。
 美貴は少し考えていたが、

「亜弥ちゃんが、嫌じゃなきゃいいんだけど…」
「うん」
「美貴の家って、ここからそんなに離れてないんだ。
 良かったら来る? 亜弥ちゃんちも、そんなに遠くないし。
 家までちゃんと送ってあげるから」

「い、いいんですか!?」

 亜弥の声が大きくなり、パッと顔が明るくなる。

「うん。何もないけど。なんか時間も、中途半端になっちゃったし」

 亜弥としては、最高にラッキーである。
 まさか、初めてのデート(亜弥が勝手に思っている)で、もう
美貴の部屋に招かれるなんて、なんて幸運なのだろう。

 亜弥は、とびきりの笑顔で頷いた。

-10-

「亜弥ちゃん、急に元気になるんだから」

 美貴は、笑いながら鍵を開け、亜弥を中に入れた。

 途中コンビニで買ったジュースやお菓子をテーブルの上に置く。

 美貴が言うように、驚くほど何も部屋の中にはなかった。
 美貴らしいと言えば美貴らしい。

「あんまり家に居る時間ってないし、殆ど寝に帰って来るようなもんだしね」

 貴重な休みを一日亜弥のために使ってくれた美貴には感謝しなければならない。

「ありがとうございます。せっかくの休みを私のために…」
「ううん。美貴も休みって言うと、ずっと寝てるばっかりだったから、
 久しぶりに出かけて楽しかったし」

 座布団を出し、亜弥の向かいに座る。

「亜弥ちゃんは、休みの日は、何してるの?」
「昼まで寝てて、後は友達と遊んだりですかね」

 そんな他愛もない会話が続き、亜弥に再び緊張の波が押し寄せて来る。
 時間だって、いつまでもある訳ではない。そろそろ本題に入らないと
いけないのだが、なかなか亜弥は、そのきっかけが掴めずにいた。

 そして、次第に口数が少なくなっている事に美貴が気づかない訳がなく。

-11-

「亜弥ちゃん疲れちゃった? そろそろ送ってこうか?」

 美貴が亜弥の隣りに来る。
 そんなに近寄られたら、亜弥の心は平常を保てなくなる。
 ただでさえ、今、亜弥の心は………。

「あ、あのぅ…」

 そう切り出して、亜弥はふと、気づく。
 せっかく、練習したのに、今まで一度も美貴の事を呼んでいなかった事に。

「なに?」

 亜弥は大きく深呼吸をする。 

 言ってしまえ! 松浦亜弥!!

「み、み…美貴…たんが……」
「亜弥ちゃん?」
「す、す…好きです!」

 あまりに唐突だったろうか?
 美貴は、身動きせずに、亜弥の顔をみつめていた。

「美貴たんに、特別って言われた時から、意識するようになったって言うか、
 気がついたら好きになってた。もしかしたらまた、いつもの勘違いかも?
って思ったりもしたけど。でも、好きなんです」

 言い切って亜弥はスッキリしたが、美貴はさっきから何も言わずに
亜弥を見ているだけだ。さすがに亜弥も不安になってくる。

「美貴たんの特別になりたい…」

 今思えば、恥ずかしい言葉を真面目に言って、あの時の自分は
酔っていたのではないか? とも思うが、思い切って告白して良かったと思っている。

-13-

「美貴も…亜弥ちゃんが好きだよ」
「!!!」

 ポツリと呟く美貴の低い声。

「それに、亜弥ちゃんの気持ちは、言われる前から、とっくに気づいてた…」
「!!!!」

 別の意味で顔を赤くする亜弥。

「亜弥ちゃんは、ずっと前から、美貴の特別だったんだよ」
「…美貴たん……」

 自然と美貴の顔が近づいてくる。
 この前してくれたのと同じように、額と額をくっつける美貴。

「特別の意味、教えてあげる…」

 美貴は、そのまま亜弥のくちびるに、くちびるを重ね合わせた。

-14-

「亜弥ちゃん、キャワイイ!」
「酷いよ美貴たん!!」

 亜弥の家へと美貴は自転車を走らせながら、後ろに乗っている亜弥は
少し膨れっつらだ。

 亜弥の気持ちを知ってて黙って様子を見ていた美貴に、亜弥は少しばかり
悔しい気持ちがしている。
 美貴が言うには、亜弥が告白するのを待っていたのだそうだが、亜弥から
してみれば、すっかりお見通しだったようで、亜弥は何だか面白くない。

 とは、言ってもそれは両思いになれたから言える事で、亜弥の片想いだったら
こうやって笑い合う事もなかったわけで、亜弥は神様に感謝したのだった。



                      〜〜 お 終 い 〜〜


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