『ヴァレンタインは一番乗り』


 いよいよバレンタインが数日後に迫って来た。
 去年までは、義理チョコばかりをあげていたが、今年からは、本命はもちろん、美貴に渡すつもりの亜弥だ。

 亜弥と美貴が付き合い始めて、初めてのバレンタインである。
 亜弥の気合いの入れ方も半端ではなかった。

「みきたんも、チョコ大好きなんだよねぇ…」

 自分もチョコが大好きであるが、美貴も亜弥に負けず大好きで、
二人して食べ過ぎで、鼻血を出した事もある。

「どういうのが、いいのかなぁ…。奇をてらって、鮭トバ入りチョコとか
 あげたら…やっぱり、ダメかなぁ…」

 考えてるだけでも楽しいので、自然と顔が緩んでしまう。

 きっと、美貴は、何をあげても喜ぶ筈だ。
 
「まぁストレートにいきますか!」

 亜弥は、ポンと手を叩き、ニコッと笑った。


 バレンタインの前日の夜、亜弥の家のキッチンは戦場と化していた。
 甘くとろけそうな香りが、キッチンを漂わせている。
 亜弥は手作りチョコに奮闘中である。

 と、言ってもチョコを溶かして型にハメるだけなのだが。

 悪戦苦闘の末、どうにか形になり、後はラッピング。
 予定より早く仕上がった亜弥は、ご満悦である。
 そして、美貴の家を目指して、亜弥は自転車を走らせた。


 2月14日0時きっかりに、会って渡す。
 そう、誰よりも先に。先に渡したい。この気持ち届けたい。

 前もって、美貴には夜遅くに、家に行く事は伝えてある。
 夜遅いから、美貴から亜弥の家に行くと言ってくれたのだが、それではダメだから断固として断った亜弥だった。

 亜弥は美貴の家の前に行くと、深呼吸をする。
 自転車を飛ばして来たから、少しだけあがっている息も整える為だ。
 時計を見る。0時までには、あと数分…。

 チャイムを押そうとしたところで、後ろから声がした。

「亜〜弥ちゃん…」

「み、みきたんっ!」

 まさか、外で待ってるとは思わなかった亜弥は、驚いて振り返った。

「やだ、おどかさないでよ…」

 危うく、チョコを落とすところだった。
 と、言うより隠し持って行くつもりだったのに、美貴から既に丸見えになっている。

「やだぁ、もう。みきたんのせいで、計画台無しぃ〜…」

 遅いと思いつつ、亜弥は後ろにチョコを隠した。

「何が?なんか、あった?」

 美貴が近づいてくる。
 亜弥は、作り笑顔で答えた。

 そして、亜弥の前で、鼻をひくひくさせる。

「なぁに?みきたん……」

 亜弥は、顔を少しだけ退く。

「亜弥ちゃん、すっごく甘い匂いがするね…。
 なんか、チョコレートって言うかさぁ…」

 分かってて言ってるのなら、美貴は確信犯だ。
 それを聞いて、やはりもう1つの案にすれば良かったかなと後悔する亜弥。

 それは…、全身をチョコで塗って(現実的には無理な話だが)自分を
ラッピングして、美貴に『丸ごと食べて♪』と言うバカげたものだった。

「そうかなぁ…」

 まだシラを切る亜弥。
 しかし、時間は0時を回ろうとしている。
 時計をチラチラ見ながら、亜弥はタイミングを見計らっていた。

 ピーッと、時計のアラームが鳴る。
 キョトンとする美貴に、亜弥は、隠し持っていた包みを美貴に差し出した。


「バレバレだったみたいだけど、みきたんに、愛を込めてハイ!」

 亜弥は照れ隠しの為か、美貴にチョコを押しつけた。

「え?なに?私に?」

 どうして?と言いたげな美貴に、亜弥の方も、同じようにどうして?と言う顔で返す。

「もしかして、忘れてる?今日が何の日か……」

 こういうイベントには、あまり興味のない美貴だから、充分あり得るかもしれない。

「なんかあったっけ?て言うか、今日って何日だっけ?」

 髪の毛を掻きながら、美貴は素で返した。

「ホント、みきたんは、鈍感なんだからなぁ…。とにかく開けてみてよ」

 亜弥は苦笑いしながら、美貴を促す。

「う、うん…」

 美貴は包みを開ける。
 中から出て来たのは、まだ完全に固まっていない手作りのチョコがかかったクッキー。
『ミキタンへ』なんて文字まで入っている。

「ぉぉっ。ありがと、亜弥ちゃん!」

 美貴は嬉しそうだ。

「いやいや〜。当然の事です」
「別に明日でも良かったのに…」

 しかし美貴は、かなり嬉しいのか、ニヤニヤしている。

「やっぱり、一番先に渡したかったからね〜。みきたんに!」
「ありがと。食べていい?」
「うん…」

 亜弥も嬉しそうに返す。

「あ、まだあったかいよ。とけちゃいそう…」

 美貴は、箱から取り出すと口に入れた。

「どう?」
「…んぅ、ぅまぃ…ょ…ぁゃ…ちゃん…」

 口をモグモグさせながら、美貴は答える。

「アタシと、どっちが美味しい?」

 それを聞いた美貴は、いきなり咽せ込んだ。

「やだ、みきたん、汚いぃ〜!」

 亜弥は美貴の背中をさする。

「亜弥ちゃんが、そんなこと言うから、吃驚したんだよ…」

 美貴は咳き込みながら答える。

「吃驚する事じゃないじゃん…」

 亜弥は、言って欲しいの…と言わんばかりに、美貴を見つめた。

「言わなくたって、分かるでしょ?」
「言わなくちゃ分からないもん…」
「じゃぁね…、教えてあげる」

 美貴は、困ったと言う顔をして、答える代わりに亜弥に素早くキスをした。

「あーっ。不意打ちだぁ!」

 今度は、亜弥が照れる番だ。

「これが、答えだ!分かったか、松浦くん…」

 ふふっと美貴は、腰に手を当てて偉そうに答えた。
 美貴も美貴で必死に照れを隠そうとしている。

 それが分かるから、亜弥の嬉しさも倍増する。
 そう、なかなか美貴からキスをする事は、今までだって数える程しかないのだから。

「狡いみきたん。もう少しゆっくり教えてくれないと分かりません」

 亜弥も負けずに言い返した。

「答えは一回しか教えないんだよ…」

 美貴は、そう返されるとは思わなかったらしく、しどろもどろになる。
 その表情が、また亜弥には可笑しく映った。

「じゃぁ、アタシからみきたんに、教えてあげるね!」

 亜弥は美貴に抱きつくと、くちびるを重ねた。

「「………」」

 何度も重ね合わせ、段々と深いものにしていく。
 美貴は、下げていた手を亜弥の腰に回した。

 キスの味は、甘いチョコの味がした―――。


          『Happy Valentine's Day!』

            
                               
− The END −

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