時にはオゾンのように
土佐の出来人
No1
高知市から東に岡豊山(おこうざん)と言う小高い山がある。長曾我部家の居城があった山麓に今は城跡のみしか残っていないが、頂上にある天主建築に相当した城跡の北側の山肌に今は県の歴史民族資料館が建っている。その長曾我部家だが元親の父 国親の代に幡多一条氏から念願の岡豊城奪還に成功、その後 家督を継いだ元親は安芸氏、本山氏、一条氏など土佐の名だたる豪族を次々に滅ぼし、阿波、伊予、讃岐へと兵を進めついに天正13年、四国統一の覇業を成し遂げる。しかし数ヵ月後、運悪く信長の天下統一の夢を受け継いだ秀吉が四国征伐にのりだし、遂にこれに降伏。土佐一国に押し込められることとなる。土佐の出来人、草深い僻地の土佐に生まれず上方や東海の地に生まれ落ちていれば彼一人の存在で天下はどうなっていたか判らないとまで言われた長曾我部元親の夢はここについえる。