高校騒動記


 一年生編

//Girl meets Boy 〜のぞみの場合〜//

 のんびりのどかな校風といえば聞こえはいいけど、それって結局平々凡々なんの刺激もない日常ってことでしょ?
 やってらんないわよ、そんなの。



 昼休み、購買でゲットしてきた白パンを食べながらそうぼやくと、とたんにまわりの友人たちは白い眼になってあたしを見つめた。
「…まーた始まった」
「いいかげん諦めなよ」
 呆れの交じった言葉が、むかつく。
 むかついたけれど、それ以上言葉にするのはやめて、食事に専念することにした。下手なことをいって反感を買いたくはないから。
 季節は五月の初め。窓から見える山は青々として、見下ろす田圃には植えたばかりの稲の苗。ぽつぽつと見える家の庭にはこいのぼりが見える。都会では見られないような、でっかい、五匹ぐらい揃ったこいのぼり。あたし、ここに通うようになって初めて見た、あんな大きいこいのぼり。
「まぁあんたは都会育ちだからねー」
「なんかケンカ売られてる?」
「うんちょっと嫌味言ってみた」
 …ああそうですか。
 ここには、信じられないことに大手のスーパーもなければゲーセンもない。高校から歩いて十分の駅前ですらそれだ。健全なことこの上ない。
 大きな溜息をついて、オレンジジュースのストローを吸う。こればっかりは、田舎も都会も変わりない味。


 ほんとなら、あたしはこんなところに来るはずじゃなかったのよ。
 結構有名な私立校を受けようとしたのに、うちの親ったら、無理やりこんなところ受験させて。
 「青葉高校」なんていかにも田舎って言うか、ダサい名前の高校なんか、ほんっとに視野にも入れてなかった。
 受けたくもないのに先生にはあたしの成績じゃちょっと危ないとかいわれて、おかげで塾とか通わされて。
 でもっていやいや受けたらなんか知らないけど受かっちゃって。
 そして、いつのまにかこんなところにいたりするわけ。



 なんにもない日常。
 ごく普通の並の高校には、やっぱり並の人間が通ってるものなのよ。
 おかげで、日々がつまらない。



「つまらないつまらない言ってるから、つまらないんだよ。考え方しだいでしょ、そんなの。あんたが楽しもうと思わない限り、ずーっと退屈なままよ」
「…そうは言ってもねぇ」
 恋の一つでもしたら、変わるんだろうけど。でも、ねえ。
 呟いたとたん、向かいの子が眼を輝かせた。
「かっこいい人なら知ってるよ。二組の、七尾君。もーうめっちゃくちゃかっこいいんだから!」
「あ、あたしも見た! カッコイイって言うか、美人よね。なんか二三年も目ぇつけてらしいよ」
「えーなにそれ。なんかヤだ」
 ナナオクンとやらをつまみに盛り上がっているみんなを、冷めた視線で見つめるのはいつものことだ。
 ツマラナイ。
 タイクツ。
 オモシロクナイ。


 ぼんやりと、窓からのぞく空を見上げる。
 晴れ渡った空さえどこか物憂く見えて、また、溜息がこぼれた。






 色でたとえるなら全てがセピア色だったあたしの日常が、いきなりフルカラーになったのはそれから二日後のこと。


 放課後、また一時間かけて帰る道のりを思ってうんざりしながら廊下を歩いていると、突然。
「のぞみ!」
 声とともに、ごん、と頭に衝撃がきた。
「〜〜〜〜ったぁ」
 なにが起こったのかわからなかった。
 頭が痛い。もしかして、今殴られた?
 しゃがみこんでずきずきする頭を押さえていると、慌てたような声があがった。低い、声。
「うわっ、悪い! 俺ぼーっとしてて…どこ打った?」
「どこって頭よ! 見たらわかるでしょ!?」
 涙目になって声をのほうを睨みつけると、そこにはひとりの男の子がいた。短い黒髪と、わりとすっきりした目鼻立ち。
 彼は思いっきり慌ててあたしの顔を覗き込んだ。
「ほんとごめん。こぶとかなってねえかな。あー」
 彼はしきりに時間を気にしているようで、何度も時計と、あたしの顔を見比べる。
「保健室行った方がいいかな。俺部活行かなきゃなんなくて」
 彼は、なにやら大きな荷物を担いでいた。巾着のでっかい版みたいな袋を、棒でも入っているらしい長い袋に吊るしている。見たことがある。これは……剣道部?
「ごめん、俺もう行くけど。とりあえず、保健室行けよ? 俺、1−1の渡会。なにか言われたら俺にやられたって言っといて。ほんとにごめんな」
 ワタライ君とやらは、何度も謝りながら、大きな荷物を担いで廊下を走っていった。
 ほそっこい背中に、大きめの制服。
「のぞみ! あんた、大丈夫?」
「ん……ああ、平気」
 まだ痛むけれど、保健室に行くほどのことでもない。そう思うと、不意に笑みがこぼれてきた。
 変なの。
 ちょっとぶつかっただけなのに、あんなに心配したりして。
 血が出てるわけでもないし、保健室に行くほどの怪我ではない。それなのに、あんなに心配して。何回も謝って。
 …変な人。


 その時は、ただ、そう思っただけだった。
 だけど、それからあたしは妙に彼を意識するようになって、気がついたら彼の姿を探していた。




「ワタライ君発見」
 昼休み、窓から校庭を眺めると、サッカーしている男子生徒の姿が見えた。その中からたった一人の姿を見分けることが、なぜかたやすくできてしまう。
 ワタライ君は、すぐにわかる。
 なんといっても、姿勢がいい。
 真っ直ぐに背筋を伸ばして、真っ直ぐに歩く。歩いてるところなら、遠目でもすぐに彼だとわかる。
 ボールを受けて、すぐにパスをまわして。
 笑ってる顔なんかも、いいと思う。とても爽やかに、笑う。
 …いいなぁ、と思う。
「のぞみさぁ、最近しょっちゅう渡会見てない?」
「見てる見てる」
「あやしーよねぇ」
 後ろの方でにやにや笑いながらそんなこと言ってるやつらは無視だ。
「しかも最近タイクツだーって叫ばなくなったし」
「妙に生き生きしてるし」
「リップも変わってるし」
「色気づいてるし」
 しつこいわよ、あんたたち。
 でも、いいもん。
 まわりの子には、ワタライ君のミリョクが理解できないみたいだ。少し悔しい気もするけど、むしろ全然オッケー。
 ライバルは少ないに限るもの。
「しっかし、あんた結構美人なのに、あんなお子様のどこがいいのかあたしにゃわからんわ」
「無邪気と言ってよ」
「あーはいはい」
 グランドでは、男の子とじゃれあっているワタライ君の姿がある。爽やかな笑顔。
 良く目とか言われるけど、でもワタライ君の笑顔はいいと思う、本気で。
 最初に出会ったときの、あの真剣な表情。ちょっとだけ困ったような、困惑したような口調。
 そして、眼。真っ直ぐな眼差し。
 それがとても綺麗だと思った。
 あんな眼で、見つめられたら、もう死んでもいいかもしれない。
「………もうダメだわ。あんたそれモロ恋する乙女の思考パターン」
「ほっといてよ」
 恋する乙女で結構。自覚はしてるわ。
 みんなの反応にさすがに拗ねて、ただ校庭を見下ろしていると、突然声がかけられた。
「そんないじらしいのぞみにとっておきの情報をプレゼント」
「なによ」
 つまらないものだったら怒るわよ。
 そう言うと、笑って、言われた。
「愛しのワタライ君、明日の剣道部の練習試合に出るんだって」
 練習、試合。
 にやにやと、みんなが笑ってあたしを見てきた。
「行くよね?」
 にやにやにやにや。いやーな笑み。


 だけど、あたしがそんな素晴らしい情報に飛びつかないはずはなく。
 その日は一日中、みんなにいやーな笑みを向けられ続けた。





 放課後、校内の片隅のおんぼろ剣道場へと足を向ける。普段立ち入ることのない校舎の裏。名前も知らない立派な木が生い茂るその中に、ぽつんと建つ木造の道場。
 道場には、意外と人が集まっていた。
 とろとろしている友人たちを急かして、人の後ろから道場の中を覗き込む。
 ワタライ君は、すぐに見つかった。
 左から二番目のところに正座して、座っている。真っ直ぐに伸びた背筋は、やっぱり目立つ。
「あ」
 いきなり隣の子が声を上げた。
「あれ青海じゃん」
「え?」
 オウミ。
 知ってる。金髪で、ハーフとかいう噂のある、派手な女。一年のくせにやたら目立ってて、知らないものはいないと言うほどの有名人。
 金髪だし、眼も青いし、ハーフとか言う噂は本当かもしれないけど、でもなんでこんな田舎にそんな人がいるのよ、と思う。もしかしたら思いっきり校則違反しまくってるだけかもしれないじゃん。
 そんなことを思いながら頭をめぐらせると、いた。
 人ごみの中、やたら目立つ金の髪。肩までの髪がさらさら揺れている。
 悔しいけど、青海はスタイルがいい。背も高い。結構、見られる外見をしてると思う。
 顔はあたしのが勝ってるけどね!
 そのオウミは、さっきから隣の男と親しげに談笑していた。青海よりもちょっと背が高い。一年だろうか。
「あ、あれ、住吉じゃない? 五組の」
「え、あー、ほんとだ。あいつ青海と仲良かったんだ」
 住吉っていうんだ。ふうん。
 なんとなく興味を覚えて眺めてみる。目の前では試合が行われていたりするけれど、ワタライ君の試合じゃないから、いい。
 でも…でも、よ?
 なんていうか、青海と住吉くんとやらは、かなり親しい様子。
 住吉ってやつ、青海の肩とか普通に触ってるし。青海も、普通に住吉に触れてるし。
 これは、まあ、そういうことなんでしょう。きっと。
 と、青海を観察してるうちにワタライ君の番が回ってきた。
 手拭いをつけて、面をかぶって、立ち上がる。す、す、と歩いてきて、道場の中央でしゃがんだ。ソンキョ、とかいうらしい。合図とともに立ち上がって、そして――。
 パパン、という激しい音とともに、一瞬で勝負はついたようだった。
 正直言って、なにがなんだかわからなかった。
「…え、勝ったの?」
 隣の子に聞いてみると、彼女も首を傾げてる。
「勝ったんじゃないかなあ」
 まあ、うちの高校の人たちが喜んでいるところを見たら、勝ったんだってことはわかるんだけれども。
 …知らなかった。
 剣道って、一瞬でカタがついちゃうスポーツなのね。



 ワタライ君の試合が終わると、試合なんかもともとどうでもよかったあたしはとたんに暇になった。ぼんやりと、軽く頬を上気させているワタライ君を眺める。見つめる、ってほどまでにはなっていないと思う。うん。
 ワタライ君は、真剣に試合を見つめている。
 と思っていたら、ふと、その視線が試合中の二人から外れる瞬間があることに気づいた。
 時折、彼はこちらを――観客の方を、見る。
 なにを見てるんだろう。
 当然疑問に思って、その視線をたどってみて――。
 背筋が、凍るかと思った。
 全身冷水を浴びせ掛けられたような、そんな衝撃があたしを襲った。
 視線の先にいるのは――あの、金髪女?
 ううん、まさか。
 青海だと決まったわけじゃないし、別の人かもしれないし。


 でも。
 ワタライ君の視線の先には、どう考えても青海がいて。
 それは、試合が終わり、観客がぞろぞろと解散していくときに、確信に変わる。
 道場の奥の部屋に消えようとしていたワタライ君が立ち止まり、こちらを振り返った瞬間を、あたしは確かに見た。
 その視線の先には、間違いなく青海がいた。


 金髪で、青い眼で、ハーフとかいう噂があって、スタイルも良くて顔もそれなりにいい女。
 とにかく、目立つ、女。


 腹が立った。
 ただ目立つってだけじゃない。
 なんで、ワタライ君はあんな女を見るの?
 ただ人とは違う容姿をしてるってだけじゃない。なんであいつを見るの?
 めちゃくちゃ。どうしようもないほど、腹が立った。




「……しょうがなくない? 青海って目立つしさ。そんな深い意味なかったのかもしれないよ? ただ、金髪が珍しくて眼で追っちゃったとか」
 みんなはそんな言葉で慰めてくれるけれど、でも、あたしにはわかる。
 あたしは、ずっと、ワタライ君を見てたから。だから、わかる。わかってしまった。
 ――腹が立つ。とにかく悔しい。
 単なる興味関心でもいい。外見がああだからとか、そんな理由で、ワタライ君の気を引いたことが、腹が立つ。本人が意図してやったことじゃないのはわかってる。
 人一倍目立つ外見をしているあの女に、腹がたって。
 でも、興味を覚えた渡会君自身にも、腹がたってる。
「……なんであたしはこんなに地味なのよ」
 もっと目立つ外見なら良かった。
 もっと見栄えがして、ワタライ君の眼を引くような、そんな外見なら良かった。
「なに贅沢なこと言ってんの。あんた美人じゃんよ。充分目立ってるよ、気づいてないの?」
「全然足りないわよ!」
 青海なんかに、負けてられない。
 あんな金髪女になんか、負けてられない。
 悔しさのあまり手の中のハンバーガーを握りつぶしかけたとき、ふと、脳裡に閃光が走った。
 ―――そうだ。
 なんだ、簡単なことじゃん。
「……青海より、目立てばいいんだ」
 そうよ。あの金髪女なんか眼に入らないくらい、目立てばいいんだ。
「…ちょっと、のぞみ? あんたなに考えてんの? ちょっと?」
「もしもーし?」
 脇でごちゃごちゃ言ってる友人は無視して。
 現時点での小遣いを計算する。
 うん、大丈夫。今月はあまり使ってないから、充分残ってる。
 よし。
 思い立ったが吉日って言うよね。
 ――よしっ。
 立ち上がり、呆然としている友人たちを眺めやる。
 そして、にっこり笑って、言った。
「――ちょっと、つきあって?」






 それからのあたしの変わりようは、親兄弟や先生たちだけでなく、友人たちまでも驚かせたようだった。
 まず髪を染めた。これまでの野暮ったくて重たい黒髪じゃなく、もっと明るく軽い色合いに。そしてさらに、ゆるいパーマをかけた。パーマは前々からかけようと思っていたし、時期が早まっただけ。
 それでもって、メイク。化粧品があんなに高いなんて、初めて知ったわ。
 前からメイクしはじめていた友人たちに手ほどきしてもらって、派手すぎず、かといっておとなしくもない見栄えのするメイクの方法を教えてもらう。
 そして、極めつけ。
 スカート丈を、可能なかぎり短くした。
 駅の階段を上るとき、下着が見えないぎりぎりのライン。
 うん。完璧。



 もともとマジメな生徒じゃなかったけれど、問題児ってわけでもなかったあたしの変貌に、さすがに校則がゆるくても先生たちは黙って入られなかったようで色々言われた。
 でも、あたしにはそんなことどうでもいいんだ。
 おコゴト言われようが。
 周りから変な目で見られようが。
 彼の眼に止まらない、その他大勢なんて、我慢できなかったから。
 見えても眼に入らない、意識にとどまらないような存在なんて、冗談じゃないわよ。
「あんた、極端すぎ」
 なんて友人には言われたけれど、極端でもいいじゃない。
 だってほら。そのおかげで、彼には顔どころか名前も覚えてもらえたわ。




 朝、運がよければ駅で一緒になれる。電車の方向は逆で、彼は朝練もあるけれど、本当に時々、駅で一緒になれる時がある。
 そんなとき、同じ制服の波の中、確かに彼の眼があたしを捉える。
 恋とかそんなんじゃなく、ただ単に目立つから目に止まるだけ。でも、それで充分。
 眼が合ったら、話しかけるきっかけになる。
 一度会話することに成功すれば、あとはもうどうとでもなれ。
 何度も話しかけて、あたしの名前を覚えさせた。
 廊下であったら軽く会話するくらいの仲に、なれた。





「それでも、まだただの友達やってるわけだ」
 なんて友人が言ってくる。
 でも、それでもいいんだ、まだ。ただの友達で、いいの。
 チャンスはまだまだやってくるから。
 ゆっくり、お近づきになっていく。告白するのは、もう少し、仲が良くなってから。彼があたしに気を許して、いつも男友達に見せているような笑顔を向けてくれるようになってから。






 そんなことを言い訳にして、ぐだぐだやっているうちに秋が来て、冬が過ぎ、そして春が来てしまった。
 ワタライ君とはお友達のまま。


 でも。


 それでもよ?


 同じクラスになれたってことは、これはもう期待してもいいってことよね、神様。
 この一年、じっくり攻めて落としてそして来年修学旅行はゆっくり二人で楽しみな、ってことだと思っちゃっていいわよね?



 桜舞い散る始業式。
 まだ茶色い色彩を残した山々にはところどころピンクが映える。
 憂鬱だった去年の今日。それがウソみたいに、心が弾んでる。



 少なくとも、一年間同じクラス。目障りな金髪女はいない。
 一年かけて、じっくりと、モノにして見せましょう。そしてあたししか眼に入らないようにしてやるんだから!



 ――そんな風に、明るい未来を夢見て燃えるあたしは。
 それから一月後の生徒会選挙を境に、あたしの学校生活が一変するなんてことは。



 当然のことながら、想像もしていなかった。



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〜あとがき〜(反転してください)
のぞみの、渡会への想い。
彼女が詩織に反発する理由。そして渡会が好きになったきっかけ…というかなんというか。

派手な外見の原因は実は渡会にあったんです。
結構普通のオンナノコなところを書きたかったんですが……どうでしょう。

とにかくよくわかったのは、一つ。

のぞみは、動かしにくい。

嫌いじゃないんだけどなあ…。こういうキャラはむしろ好きなのに…。
まとまりのない文章でごめんなさい。
〜2003.3.14  けら