始動準備、あれこれ 2
//渡会直哉//
「生徒会調印盗もうツアー」
…誰がネーミングしたのか知らんけど。ていうか、一人しか思いつかねえけど。
放課後の屋上会議で、実行組が決まった。
立案者の森本の運動神経が切れているってことは前からわかっていたから、奴には陽動作戦を実行してもらうことになった。
明日の段取りを立てて、かなり詳細な部分まで検討して、森本が満足した案ができたところで解散になった。
…ああ、肩が凝る。
真面目な会話なんてここんところまったくしてなかったから、異様に疲れた。
野島がなんかバカなことを言って、青海がけらけらと笑っている。
金の髪が眩しい。
溜息が漏れた。
住吉とはなんでもないんだとわかってから、あいつにどういう態度を取ればいいのかわからんくなって。
今までどういう態度を取ってたっけ?
昼間、道場に迎えにきてくれたときも、正直かなり嬉しかった。
嬉しかったけど、どう振舞っていいかわからんくて、思わず髪を引っ張ったりなんて、ガキっぽいことをした。
…ガキだな、俺。
森本があいつの髪触ってるの見たら、それだけでむしゃくしゃして、住吉に八つ当たりして。…まあ、あのときの俺の怒りは、見当ハズレもいいところだったんだけどさ。
……青海の髪、さらさらですげえ気持ちよかったな…。
って俺、ヘンタイさんじゃん。
いやいや、俺はノーマルだぞ。別に髪フェチとか言うわけでもねえし。普通だフツウ。
「わーたらいー」
「うぉあっ!?」
耳元でいきなり低い声がしてビビッた。
なんだ住吉。びびるじゃねえか。
「…ってなに無言で人の肩叩きくさるんデスカ?」
「ま、ま」
なんだよそのにやけた面は。言いたいことがあるんならはっきり言えや。
住吉は俺の視線をかわして、まだ笑い続けている青海を見やった。ニヤリ、と口元がつりあがる。
「詩織ってさあ、あいつ、面食いなんだわ」
なにィ?
「…って言うのは、嘘でー」
「………お前、いい性格してんじゃねえか」
焦っただろうが、ナロー。
住吉はにやにや笑ってる。かーなーり、悪人ヅラ万歳ってな顔。
…向井に逃げられるぞ、ンな顔してたら。
睨み付けるが、住吉にはちっとも堪えていないようだった。かなり、腹立つ。
「詩織のこと、気になるか?」
………。
「なんで?」
「や、別に?」
それがベツニって顔かよコラてめえ。
なんか、本気で腹立ってきた。
「…てめえに関係ねえだろが」
「まあ、関係ないといえば関係ないか」
だから、なんで一々そういう含みのある言い方をするんだお前は。
住吉は済ました顔でどこかよそを向いている。そのくせに、俺の様子を体全体でうかがっているのが手に取るようにわかる。
剣道マンをなめるなコノヤロウ。
お前がそういう気ならこっちにも考えがあるんだぜ?
「気になるって言ったら、おまえと青海の関係正直に喋ってくれるんか?」
とたんに住吉は沈黙した。
おい。言えないような仲なのかよ。
って住吉ー。なんだよその妙な顔は!?
住吉はぼりぼりと頭を掻いた。
「なんかなあ、ミョーに期待されてるっぽいから今更言うのもアレだし…。ほんとにたいした関係じゃないぞ?」
「じゃあ隠すなよ」
たいした関係じゃねえならぺろっと言えるだろうがよ。
「…でも、あまり人に言いたくないんだよなぁ」
「じゃあ言うなよはじめっから!」
聞きたくなるじゃねえかよ! ていうか話さんかいきっちりと!
住吉は首の後ろを撫でている。男ならきっぱりしろきっぱり。
と、いきなり影が差した。
「渡会くーん。一緒に帰ろ!」
西岡だ。長く伸びた影が、俺をすっぽり包んでいる。
……いや、どうでもいいんだけど、西岡さんや。その位置だと、スカートかなりやばいことになってマスよ?
見えマスよ? いいんですか? てか気づいてマスか?
住吉がそそくさと立ち上がったところを見ると、奴もそれに気づいたんだろう。そりゃ、彼女の前でそれはさすがにやばいわな。
俺も急いで立ち上がる。
一応俺には本命がいるので、他の女に誘惑されたりはしないんです。ええ、ホントに。
「キャーッさむーい」
「だから、抱きつくな西岡!」
「やーだー♪」
やだじゃなくて――ッ!
胸が当たるんだよお前ホントに女か!? え? おい!
引き剥がそうにも女に乱暴はできねえし、西岡は意外に力が強いしで閉口していると、ふ、と隣に誰かの影が差した。横を見て、ぎくりとした。
「…相変わらず、おあついことで」
「や、これは…っておい、青海!」
青海は冷たい眼で一瞥した後、さっさと屋上を降りていってしまう。
おい、聞けよ人の話を――って、こーらー!
青海はそれこそ我関せずって態度でさっさと行ってしまった。
「なーによあれ、感じ悪い」
俺の腕にぶら下がりながら西岡が呟くけど。
お前のせいじゃねえかこの!
本気で腹が立って、力任せに振り解いた。「いたっ」なんて悲鳴が聞こえたけれど、無視した。
なんだよ、青海の奴。昼間はあんなに愛想良かったのに、なんだっていきなりあんな冷たい眼ぇしやがるんだ?
あーくそ、お前のせいだぞ西岡!
心の中で思いきりなじったとたん、ある可能性に気づいてしまった。
…よく、思い出してみる。
青海がああいう冷たい眼をするときは、どんなときだった?
記憶の中では、そういうときには、必ず俺のそばには西岡がいた。そして必ずべたべたしてきていた。
……ちょっと待ってくださいよ。
それって――。
いやいやいやいや。変に期待して全然違ったなんてことになったらショックだし。
いや、でも、さっきのはもしかして――?
気体と不安でない交ぜになっていた俺は、背後に誰かが立ったことに気づかなかった。
いきなり肩を掴まれて、ビビッた。
「うおっ!?」
「――嫌われたか?」
………すーみーよーしー。
「おまえさんね。いきなり現れていきなりその発言はいくらなんでもあんまりじゃないですか? 俺にケンカ売ってんですか? 買いますよ今ならいくらでも」
大体お前は俺の中の不安をあおるには充分すぎるネタをもってるんだぞ? 自覚があるんか? ええおい。
住吉は手を離すと豪快に背中を叩いてくる。
「それとも――もしかして、ヤキモチだったりしてな」
息が止まるかと思った。
――お前の眼にも、そう映ったんか?
そう訊こうとしたとたん。
「なんて、そんなわけねえよな!」
豪快に笑われる。
…そうですか。そんなわけない、ですか。ああそうですか。
一瞬でも期待した俺がバカだった。
あーあ。
溜息をつく俺の背中をまた叩いて、住吉はからっとした笑顔を浮かべる。
「ほら、しゃきっとしろや。明日は大事な仕事が待ってるんだからよ」
…誰のせいだと思ってやがる。
あーあ…。
結局、どよ〜んとした気持ちのまま翌日がきた。
今日は「ツアー」決行の日だ(しかしこの命名どうよ)。
しかし、なんだって俺が実行犯のひとりになっちまったのかね。
逃げ足が速そうだからか?
まあ、メンバー決めるときぼさっとしてた俺が悪いんだろうけど。
あーあ。めんどくせえなあ。
昼休み、ベルがなると同時にもはや習慣となってしまった屋上へと足を運ぶ。一年のころは、自分がこんなんなるなんて思ってもいなかった。あのころはバカみたいに真っ直ぐで、あのころの自分と比べると今の自分が本当にバカみたいに思えてしまう。
やっぱ俺、剣道止めたらもうダメだわ。
しみじみと実感していると、いきなり背中を叩かれた。
「ぶッ!?」
いてえ。
誰だよッ!?
振り向いたとたん。
「オス」
青い眼が目の前にあって固まってしまった。
青海。
「あ、よう」
一瞬動悸が不規則になったが、なんでもないフリをしていつものように素っ気無い挨拶を返す。
青海は俺の隣に並んで階段を上り始めた。前みたいに競争する、とか言うつもりはないらしい。
「渡会のクラスは文化祭でなにやんの?」
昨日のことなどなかったかのようにそう訊いてくる。
…俺のこと、嫌ってるわけじゃないんかな。
そうだったらいい、そう思いながらも、やっぱり素っ気無く答えた。
「恐怖の館」
そしたらいきなり笑われた。
「あはははっ! なんだ一組かそれッ! どっかがやるって噂は流れてたんだけどさ、どこかわからなくて。でも三年もお化け屋敷するって聞いてるけど?」
「あっちは番町皿屋敷。うちのはホーンテッドハウス。一緒にせんでくれ」
そこらへんは、軽音の三年からちゃんと情報を集めてある。
「で? そういう女史ンとこはなにやんの?」
青海は、どこか照れたような笑顔になった。
「…あぁ、その…。喫茶店」
声が小さくてよく聞き取れなかった。
「あ?」
「喫茶店ッ」
なに怒鳴ってんだ?
だけど…と、思わず目の前の女を眺めてしまった。
喫茶店? てことは?
「なに? 女史、もしかしてウェイトレスとかすんの?」
「……うん」
真赤な顔で頷く。
もう一度青海を眺めてしまった。それこそ上から下まで、しっかりと。
――かなり、見たいんですけど。や、本気で。
「あー、じゃ、見に行ってあげましょう。そして大笑いしてやる」
「こなくていい! 大体、なんだよその大笑いって!」
いや、絶対行くし。来るなって言われても、行く。
青海は心なしか赤い顔で俺を睨んだ後、頬を膨らませてものすごい勢いで階段を上りだした。
「あ、おい、待てよ女史」
言ったとたん。
「わったらーいくーん!」
「おわッ!?」
思い切り背中を突き飛ばされて、階段につまずきかけた。慌てて手すりにしがみつく。
「……西岡ぁ。お前、俺になにか恨みでもあんの?」
西岡は聞いてない。相変わらず、にこにこと嬉しそうに笑いながら俺の腕に絡まってくる。
「ちょっ、おい」
昨日の今日で、慌てて振り解こうとしたけど、離れない。
やめろって。青海が見てるじゃねえかよ!
もうあんな眼で見られるのは嫌なんだよ!
内心で怒鳴りながら階段の上を見ると、青海が踊り場のところからこっちを見下ろしていた。その顔を見て、驚いた。
…普通の表情。
怒ってるわけでもなく、冷たい表情をしているわけでもなく、普通の表情。
俺たちが踊り場についても、その表情は変わらない。
なんでもないように西岡に声をかけている。
「1組お化け屋敷やるんだって? 西岡はなにかすんの?」
俺の腕を掴む西岡の腕に力が入った。
「知りたい? どうしてもって言うんなら教えてやらないこともないけど?」
おう。なんか挑戦的だな、おい。
「んじゃいいや。別に知りたいわけでもないし」
女史も容赦がないな。
ちらりと傍らを見ると、西岡の眉間にものすごいしわがよっている。せっかくの美人が台無しですぜ。
そしてそのまま、口笛なんかを吹き出しそうな表情で歩く青海の後を、眉間にしわを寄せた西岡に引きずられるようについていく。
…なんていうか。これは、嫉妬とかそういうレベルの問題じゃなくって。
単純に、こいつらの馬が合わないってだけなんじゃないだろうか。
なんか、そんな感じがする。
屋上は、昨日よりも暖かかった。相変わらず風は冷たいけれど、日の光が暖かいおかげでそれほど寒さは感じない。ほんのりと温かい床に腰を下ろして、パンの袋を開けている森本を見やった。森本はパンを取り出しながら口を開く。
「今日さ。夕方まで、なにして時間潰そうか」
生徒会室が空になるのが五時半。職員会議が始まるのが六時。
俺たちが動き出すのはそれからだ。
森本がパンにかぶりついた。真っ白な粉が打ってある白パン。購買の人気商品だ。
俺も、おにぎりを包みから取り出しながら軽く首を傾げてみた。
「かなり暇だなー。時間潰すっても、ここらへんなにもねえし」
言いながらおにぎりを食う。ノリがぱりぱりしていて美味い。
向井がなにも言わずに俺の前に紙コップを置いた。今日は緑茶らしい。握り飯には、番茶だろう。そう思いながらもありがたくいただくことにする。
住吉はでっかい弁当箱を抱えるようにして食っている。
一緒に昼飯を食うようになって、いろんなことが見えてきた。
住吉の弁当はでかくて豪華。向井と舟木は小食。それで足りるのかと言いたくなるほどちっこい弁当を持ってくる。西岡と野島と森本は購買組みで、青海と七尾は大抵弁当持参だ。特に青海は、向井たちと比べると良く食う。
「本屋すらないんだよ、ここ。おかげで不便で仕方ない」
そうそう、本屋も小さい個人経営の店しかないんだよな。でも、森本。俺にはそれでも充分だけど。どうせ週刊誌ぐらいしか買わねえし。
「そこらへんぶらつくには、時間が余りすぎてるしなあ」
弁当から顔を上げて、住吉が言った。
いったん家に帰るってのもありだけど、またここまで来るのがめんどくせえし。
さて、どうするべ。
俺らが悩んでいる横で、今回ノータッチの女は気楽そうに喋っている。
西岡と舟木がなにやら芸能人の話で盛り上がっている模様。コラコラお嬢さん方。もうちょっと俺らのことも考えてくれんか?
「うちくる?」
唐突に青海が声を上げたのはそんなときだった。
一瞬、女たちのおしゃべりも止まってしまった。
青海に視線が集中する。
一斉に眼を向けられた青海は、軽く首を傾げるようにして笑った。
「うちなら学校も近いし。一二時間時間潰すぐらいならかまわないよ」
かまわない…って、言われても。
「ご迷惑じゃないか? こんなに大勢で押しかけたりしたら」
森本が声を上げた。
「ああ、大丈夫。うちの親あまり気にしないから」
青海は笑いながらそう言う。
住吉が、当惑したような表情で首の後ろに手をあてて、言った。
「あー、いいのか? お前がそう言うんなら、甘えさせてもらうけど」
「遠慮しなくていいよ。七尾君と森本君以外はみんないっぺん来てるんだし、道もわかるだろうし」
そりゃ、道はわかるけど…。
なんとなく、住吉と顔を見合わせる。
この前行ったとき、青海はあんまり両親のこととか言われるの好きじゃなさそうだったけど。
本当にいいんだろうか。
ちらりと青海を見てみる。
青海はやっぱり笑っている。
…まあ、本人がいいって言ってるんだし。
……いいんかな。
そして放課後、俺たちはぞろぞろと団子になって青海の後をついていった。
青海が学校から十分程度のところにあるマンションに住んでいるってことは、前ん時に知ったわけだけど、こんなに早くまた行くことになるなんて、あの時は考えもしなかった。
住吉と向井はいったん家に帰るといって途中で分かれ、舟木もなにか用事があるとかで帰っていった。残ったのは俺たち実行組と森本、そして俺の腕に相変わらず絡まっている西岡。
マンションの狭いエレベーターは、全員が乗るとそれだけでいっぱいになってしまう。
そのまま12階まで直行し、傾れるようにエレベーターを降りた。
相変わらず、見晴らしがいい。森本や七尾も、感心したように外を眺めていた。
その間に青海はさっさと自分の家の前まで行って、鍵を開けている。
「ただいまー」
言いながら青海はあいた片手で俺たちに手招きした。ぞろぞろと移動して、開いたドアから家の中を覗き込む。
とたん。
「あれ? なんだ、友達?」
なんて声が聞こえて、硬直した。
玄関を上がってすぐのところに、一人の女性が立っていたのだ。うっすらと化粧が施されたその顔はまだ若い。三十代の半ばかそこら。
……お姉さんかい? いやでも、どっかで見たことがあるような顔。
青海はさっさと靴を脱いで家に上がってしまった。
「うん。学校の友達」
「へー、珍しいねえ」
言いながら、お姉さんは立ち尽くしていた俺たちに向かってにっこりと微笑んだ。
…すんげえ美人。
「そんなところにたってないで、上がりなよ」
美人さんは、青海とよく似た口調でそう言う。
お言葉に甘えて、失礼しまーす。
ぞろぞろと居間に通されて、落ちつかなげに勧められるまま腰を下ろして。
その隙に青海の姿が消えていた。
…着替えるんかな?
美人さんが低いテーブルの上にガラスのグラスを置いてくれた。中は、多分紅茶だろう。
「いやー、みんなオトコマエだねえ。そっちの女の子は美人さんだし。いいねえ、眼の保養になるよ」
はっはっはと、豪快に笑う美人さん。
さっきとは別の意味で全員が硬直した。
いや、一人だけ、全然動じてない奴がいた。
「やだーもう、お姉さんったらそんなこと言って! お姉さんのほうがお綺麗ですよぉ」
…西岡、お前って奴ぁ。
大物だよ。
「嬉しいこと言ってくれるねえ。二乗で嬉しいわ」
にっこりと。笑顔でそんなことを言う。
しかし、二乗ってどういう意味だ?
「…ちょっと。なに調子に乗ってんの」
低い、呆れたような声が聞こえた。
青海だ。
薄いトレーナーとジーンズに着替えた青海が、呆れた顔をして立っていた。
「別に調子に乗ってなんかないわよ。だってあんた、こんなに友達連れてくるの初めてじゃない」
え?
そうなのか?
思わず青海を見やると、どこかふてくされたような顔をしている。
「つれてくるのって詠理ちゃんかスミ君だけだし。心配してたのよ、お姉さんとしては」
よよよ、と泣きまねまでする美人さん。
詠理ちゃん…ってのは、向井だな。なんだ、女史と向井って結構仲いいんか。
青海が溜息をついた。
「その二人も後で来る。……ところで、誰が、誰の、姉だって?」
え?
「私が、詩織の、お姉さん」
「実家に帰れ」
「なんてことを…! おなかを痛めて生んだのに!」
…は?
俺たち全員の顔に、愕然とした表情が浮かんだ。
青海がどこか決まり悪げにこちらを見て、言った。
「ごめん、これ、一応あたしの母親なんだ」
「なんで謝るのそこで。それにこれとか一応って、なに」
美人さんの声は聞こえていなかった。
………母親?
「え―――!?」
一拍遅れて全員の絶叫が響き、青海はまた溜息をついた。
「嘘! めっちゃくちゃ若いじゃん!」
「あらーありがとう」
「あんたは黙ってろ」
にっこりと笑う美人さん改めお母さんを青海が睨みつけて黙らせる。
いや、若すぎるってそれ。
いくつなんだよ。
「永遠の29歳でーす」
「黙れってのに! 今年で35」
「え―――――ッッ!!」
再び絶叫。
35って……ええ?
逆算すると、恐ろしすぎる結果が出てきた。
…早すぎないか?
ビミョーな、ビミョーすぎる沈黙が降りた。
青海は一人溜息をついている。
そんな時、チャイムが鳴った。
すぐに青海が立ち上がって玄関へ向かい、そして住吉と向井をつれて戻ってきた。
「お邪魔します」
ぺこり、と頭を下げて言ったのは向井。
「あら詠理ちゃんいらっしゃい」
言いつつ、すすす、と沈黙している住吉の真横に移動する。そしてそのままいきなり両膝の裏を蹴った。
「だっ!?」
「“お邪魔します”は?」
がくん、と体勢を崩したもののなんとか持ちこたえた住吉は、その言葉に口をひくつかせた。
ゆっくりと立ち上がり、美人さんを見る。そしてすぐに視線をそらして青海を見た。
「詩織、“邪魔する”ぞ」
……いい根性してんな、お前。
「…スミ君。あんた、ずいぶん性根が捻じ曲がったみたいじゃないの」
「安心してよ、普段の俺は素直な男だから」
「ここまで育ててあげたのに!」
「いや育てられてないし」
女史、止めなくてもいいんか?
なにそこで傍観してるんですか?
向井、自分の彼氏のピンチ(たぶん)に、なににこにこ笑ってるんだ?
「果歩ちゃんには従順なくせに」
「別に従順なんかじゃねえけど」
あ、泣いた。
「芙美ちゃん、それめちゃくちゃ嘘っぽい」
住吉の冷静な突っ込みが入る。
そうか、美人さんの名前はフミさんっていうのか。
フミさんは、泣きまねをしながら時折ちらりと住吉を見上げ、そしてまた泣きまねをする。
なんとなく、かわいい人だ。
「スミくーん。あんまり母さんいじめるなよ」
「や、いじめたくなるだろやっぱり」
…いや、気持ちはわかるけど。
なんか住吉、身も蓋もねえな、お前。
いつまでも泣きまねを続けるフミさんの姿に、とうとう青海が動いた。
ポン、と肩を叩く。
「母さん、そんなことしてもスミ君はかまってくれないよ」
…さりげなく突き落としてませんか、女史。
「昔はかわいかったのにー」
「17にもなってかわいい男がいたらかなり気持ち悪いと思うけど。それより三十過ぎてかわいこぶるのはそりゃただのバカ」
……きついっすね。
住吉、お前も笑ってやるなよ。
「詩織、あんたって子は…。昔は天使みたいだったのに、なんでこんなかわいげのない子になっちゃったんだろ」
「この歳になっても天使みたいだったらそれこそただのバカだって」
「言えてる言えてる」
青海…住吉…お前ら、フミさんに恨みでもあるわけ?
それに住吉、いくら親しいからっても、そりゃ言いすぎだろうよ。
なんで向井は笑ってられるんだ?
「それより母さん。いつまでそうしてるつもり? 用意しなくていいの?」
「――はっ! 忘れてたよもうすぐ五時じゃないの」
「……忘れてたんかい」
青海の低い突っ込みはフミさんには聞こえていないらしい。慌しく立ち上がると、パタパタと隣の部屋に消えていった。
住吉がやけにすっきりした表情でソファに腰をかけた。
「いい時間つぶしになりそうだな」
そんなことを言いながら豪快に笑う。
「まあ、否定はしないけどね」
否定しろよ娘ならさ。
野島がグラスを傾けながら口を開いた。
「それにしてもよー。お前の母親、若いのぉ」
「いまだに二十代のつもりでいるから、本人」
「充分通用しそうだね」
とは森本の言。確かに、充分二十代でも通る。
たらしの七尾が特に反応していないのが不思議だった。向井にはあんなに過剰反応したくせに、かなりの美女であるフミさんを前になにも言わない。変な奴だ。
それよりさ、とその七尾が唐突に口を開いた。
「青海さんの小さいころの写真とかってないの? 俺見たい」
「え?」
「あ?」
青海と住吉が同時に声を上げた。
あ、俺も見たい。ぜひ見たい。
「やだよ。そんなの」
当然のことながら青海は拒否したわけだけど、なぜか七尾が食い下がった。
「いいだろ別に、減るもんじゃないし」
そうそう。
「いやだって」
いやそんなことを言わずに。
「…七尾」
低い住吉の声がして、とたん七尾はぴたりと口を閉じた。
半眼で睨みつける住吉と、なぜかばつの悪そうな顔でそれを受ける七尾。
決着はすぐについた。
「…ジョーダンだってば住吉」
あっさりと七尾が白旗を揚げて、結局その話はなかったことにされてしまった。
…俺、かなり見たかったんだけど。青海の小さいころ。
……かわいかったんだろーな。
そんなことを言っている間にフミさんが戻ってきた。
「じゃ、詩織、今日は遅くなるから」
そう言ったフミさんは、さっきまでのラフな服装からは想像できないほどの「美女」に変身していた。
明るい色の髪を結い上げて。シックなワンピースのドレスを着て。
「あれ? 芙美ちゃんでかけんの?」
のんきな声を出したのは住吉。
フミさんは振り返ってにっこりと微笑んだ。ばっちり化粧をした、嫣然って言葉がぴったりくるような、そんな笑顔。
「結婚記念日のお祝い」
語尾にハートマークがつきそうなほど明るい声で言ってフミさんは玄関へと消える。
「……結婚記念日って…三月じゃなかったか?」
困惑した顔で住吉が呟いた。
「そこんとこ突っ込んじゃダメなんだ。いつまでも新婚気分なんだから」
「ああそう…」
いってきまーす、という声が響いて、ばたん、とドアが閉まる音。
なんとなーく、沈黙が降りた。
わかった。
外見もそうだけど、フミさんは中身が若いんだな。
そう訊くと、青海は苦笑しながら頷いた。
そんなことをしているうちに五時半を過ぎていた。
そろそろだな。
森本が空になったグラスを置いて、立ち上がる。
そして俺と住吉、野島、七尾も立ち上がった。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
軽く片手を上げると、がんばって、という声が返ってきた。
いや、いいんだけどよ。
「がんばれ」って、かなーり他人事みたいな気がして、好きじゃねんだわ。
…まあ、いいんだけど。
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