始動準備、あれこれ 3
//森本遼一//
六時十分を経過した。職員会議が始まってから十分。職員室はおそらく空だろう。そして、学校に残っていた生徒たちももう帰ってしまっているはずだ。そう、生徒会の連中も。
打ち合わせ通りに、用務員室を覗いてみる。案の定、そろそろ五十代の半ばにさしかかろうという用務員さんが、熱心にテレビを見ていた。
「すみません」
「え――ああ、はいはい」
慌てたようにこちらを向き、俺の顔を見て怪訝な表情になった。そりゃそうだろう。生徒はもう帰宅しているはずなのだから。
「忘れ物を取りに来たんですけど、職員室には誰もいなくて」
ああ、と用務員さんは了解したように頷いた。テレビを消して立ち上がり、鍵のかかった棚から大きな鍵の束を取り出す。
「今ねえ、会議中なんだよ。先生たちはみんな会議室の方に行っちゃってるからねえ」
知ってる。
「そうなんですか」
愛想良く言って、歩きだした用務員さんの後ろについて行った。
「何年生だい?」
「二年です。二年の、森本」
と、用務員さんが振り向いた。俺の顔をしげしげと見て、大きく頷く。
「名前は聞いてるよ。――そうか、君があの森本君か」
どの、森本君ですか。
訊いてやろうかと思ったが、あまり気持ちよくない言葉を聞かされそうな予感がしたので、黙っておく。
俺の噂など、想像するまでもない。どうせろくでもないものに決まっている。
「教科書か参考書でも忘れたのかい?」
――ほらな。やっぱり、ろくでもない噂だ。
どうして「秀才の忘れ物」が「教科書」「参考書」に直結するのか。弁当箱だったらどうする。
…とは言っても、今の俺にとっては都合のいい誤解なので、笑って肯定しておく。
「はい」
非常灯の灯りだけに照らされた廊下を、用務員さんは無造作に歩いていく。
階段を上り、二年の階に出た。
「ええと。何組かな?」
「五組です」
幸い五組は一番端だ。教室の窓からも、廊下側の窓からも、生徒会室は見えない。校門も見えない。もちろん教師たちが集まっているだろう会議室からもその両方が見えないことは確認済みだ。
無尽の廊下を進み、ようやく五組の前まで来た。
用務員さんが鍵をあけるのを待つ。
すぐにドアが開き、俺は中に入った。
真っ先にすぐ横にある電気をつける。
かすかに点滅した後ついた蛍光灯に照らされた教室は、暗闇に慣れた俺の目にはまぶしかった。
ちらりと時計に眼を走らせる。
…六時十五分。
さて。
時間稼ぎと、行きますか。
|