始動準備、あれこれ 7
//青海詩織//
体育祭と文化祭は準備期間を間にはさんだ3日間で行われる。
今年もそれは例外じゃなく、試験が終わったらもう体育祭まで一週間しか猶予がない。
クラスのほうの準備も順調に進み、文化祭のっとり準備もつつがなく進んでいるあたしたちは、相変わらず屋上でだらだらと昼休みを過ごしていた。
住吉と七尾君のところは劇をやるから昼も忙しいらしく、テストのちょっと前から顔を出さなくなっている。
昼ごはんを食べ終わって、やっぱり暇らしい軽音の三年の先輩と一緒に詠理の紅茶を飲んでいると、突然屋上のドアが叩かれた。
「? なんだ?」
全員が顔を見合わせる。
当然のことながら、屋上のドアをわざわざノックする人間なんて、仲間にはいない。
首を傾げていると、ドアが開いて数人の少女が姿を現した。
「先輩? なんで」
慌てたように野島が立ち上がった。ほぼ同時に、軽音の人たちも立ち上がる。
背の高い、ショートの女子があたしたちを見渡して、言った。
「…反生徒会同盟、だよね?」
瞬間、ぴくりと全員の背筋が伸びた。
まだ、そう言われるのに慣れてないんだ。
おずおずと頷くと、どうやら三年生らしいその人は、いきなり先輩たちの方を見て、言ったのだ。
「あたしたちも、協力する」
驚いた、なんてもんじゃない、絶叫に近い声を上げたのは、軽音の方々だった。
「なに言ってんだ水島! そんなことしたらお前らまで」
そう怒鳴ったのは部長さんだ。
それに対し、水島さんと言うらしいその人は、ややきつい口調で切り替えした。
「あたしたちもね、いいかげん頭きてんのよ。いきなり男に抜けられてみなさいよ、男女混合ユニットは一からチーム組みなおさなきゃならないし、結局全部ユニット組なおしよ? 全員が仲良しこよしってわけじゃないんだから、もめるなんてもんじゃないわよ」
「それは、悪かったって言ってるだろ」
「そうだよ。それに、今更言っても仕方ねえだろ。いつの話してんだよ」
口々に言う男子部員は、水島さんの一睨みで口をつぐんだ。
「それに、女だけであのステージが設営できると思ってんの? 男手がいるのよ男手が」
「鬼かてめえは!」
「俺らの存在意義ってそれだけかよ」
「それで十分じゃない、それ以上なにを望むって言うの?」
きっぱりと言い切られ、再び絶句する男性陣。
水島さんは鼻を鳴らして、胸を張った。
「迷惑この上ないから生徒会に怒鳴り込んだわよ。それこそあんたたちの処分が決まったその日から」
驚いた。
意外な言葉に、それまで不満でいっぱいだった男子部員の顔も、ぽかんとなっている。
…この人たち、わざわざ、生徒会に文句言いに行ってくれたんだ。
なんだか、胸がほわっとなった。
嬉しい。
野島が、恐る恐る首を伸ばして、訊いた。
「…それで、どうなったんすか?」
答えは簡潔だった。
「ダメだったわ」
……あぁ。
ふ、と、張り詰めていた気が一気に抜けた。
肩を落とした男性陣とは対照的に、水島さんはあくまで胸をそらして仁王立ちしている。
「あったま悪いんじゃないの? って思ったわね。ダメよ、若い内からあんなに石頭じゃ、すぐにはげるわ。何回言っても聞く耳持ってくれないんだもの」
何回…って、そんなに何回も行ってくれたんだろうか、この人は。
水島さんの後ろから、少女たちが苦笑しながら囁いた。
「実際に、この子言っちゃったんだよ、生徒会長に。『はげても知らないわよ』って」
「だまらっしゃいな朝ちゃん」
水島さんの声に、朝ちゃんと言う人は可愛らしく肩をすくめた。
…それにしても、なんというか……豪快な人だなあ。
あの生徒会長に、面と向かってそんな暴言吐ける人は少ないと思う。
「ま、それで、いいかげんあったまきたから、あんたたち文化祭パーッとやっちゃってよ」
突然の言葉に、反応が遅れた。
言われた言葉を反芻してみる。
「……パーッと…?」
「生徒会に泡吹かせてくれるんでしょ? あ、そうそう。それでちょっと相談なんだけど、そこの男ども」
話がぽんぽん飛ぶ人だ。
なんだよ、と顔を上げた男性陣に、水島さんはさらりと言った。
「あんたたちさ、文化祭、ゲリラでやっちゃいなよ」
「――はぁ?」
思い切り気の抜けた声を出したのは部長さんだった。
「おまえ、自分が言ってることわかってるか?」
「あんたこそなに言ってんの。軽音はね、男女合わせて一つの部活なの。今更女子だけで活動しまーす、なんてあたしたちが言うと本気で思ってたの?」
部長さんは言葉に詰まった。思っていたのかもしれない。諦めていたようなところがあったから。
水島さんはあくまでゴーイングマイウェイな調子で続ける。
「三年間一緒にやってきたのに、最後の文化祭にそんなのってあんまりでしょ。あたしたちだってイヤよ、こんな最後って。だからさあ、やろうよ」
水島さんの声の口調が変わった。
さっきまでの力に溢れた声音から、どこか弱々しい、泣き出しそうな声になる。
「新聞部にこっそりアンケートとってもらったの。みんな、あんたたちの演奏を待ってるんだよ。あたしたち全員の演奏を楽しみにしてるの。だから、やろうよ」
最後のほうは、語尾が震えていた。
「やろうよ…」
水島さんの大きな瞳から、ポロリと透明な水滴が零れ落ちた。
「生徒会なんかどうでもいい。…最後の文化祭なんだから。最後の、ライブなんだから…」
そのまま静かに泣き出した水島さんの姿に、しばらく誰も声を出すことができなかった。
屋上に、風が吹いた。
風は、かすかな嗚咽を攫っていく。
動くものがない屋上の中、最初に身動きしたのは、部長さんだった。
ポン、と大きな手を、うつむいた水島さんの頭に乗せた。
「…そうだな。最後だもんな。今までで最高のライブにしたいよな」
水島さんの頭が小さく上下した。
「…ライブ、やろうか」
「うん」
「ゲリラで全校生徒集めて生徒会長に泡吹かせてやろうぜ」
「うん」
水島さんが顔を上げた。
泣き笑いでくしゃくしゃになったその顔は、でも、とても綺麗だった。
ふわり、と暖かな空気が軽音のみんなを包み込んだような気がした。
気がついたら、あたしは微笑んでいた。
みんなの顔にも笑みがある。
しばらくそのまま水島さんたちとなにか話していた部長さんがあたしたちを振り返った。
そして、申し訳なさそうな顔で片手を立てた。
「…そういうことだから。当日は、あまり戦力になれそうもないな」
「そんなっ! 良かったじゃないですか! ねえッ」
透子が力いっぱい両手を振った。あたしたちもそれぞれそれに同意する。
「最後なんだし、ライブに専念してくださいよ。あたしたちも、先輩たちのライブ聞きたいし」
軽音のみんなが、放課後の屋上で、所在なげにギターの練習をしていたのを知ってるから。
だから、今は、素直に嬉しい。
「でも、予定、狂っちまうよな」
本当に申し訳なさそうなその声に反応したのは森本君だ。
「かまいませんよ。先輩たちのライブ、俺も楽しみにしてますから。計画なんて、いくらでも練り直せるんだし」
その言葉に、軽音の人たちはほっとした表情になった。
森本君はしばらくなにか考え込んでいたかと思うと、一つ頷いて顔を上げた。
「うん。じゃあ、軽音のみんな――もちろん、女子部員もですけど――にも、この際協力してもらおうか」
とたんに、それまでさわさわとさざめいていた女子たちの雰囲気が変わった。眼を輝かせて身を乗り出してくる。
「あたしたちにもなにかできるの?」
森本君が頷くと、彼女たちは歓声を上げた。
「なんでもするわよ。なんでも言ってよ」
「ライブ中以外なら、時間は結構あいてるし!」
嬉々としてそう言われて、森本君も嬉しそうに口元を緩めた。
「じゃあ、遠慮なく使わせてもらおうかな。大丈夫、みんなはステージの上にいてくれればいいから」
そう言うと、森本君は立ち上がった。
ちょうど昼休み終了を告げるチャイムが風に乗って届いてきた。
「細かいことは、住吉君と相談してからだね」
にっこりと、微笑んでそう言って森本君は真っ先に屋上を出ていった。
軽音の人たちに続いて屋上を後にしながら、透子たちと顔を見合わせた。
ふわり、と笑みが顔に浮かぶ。
「――よかったね」
「うん。よかったね」
頷きながらそう言って、透子はぱきっとした夏空のような笑顔を浮かべた。
「なんかさ、楽しくなりそうじゃん?」
楽しく、なりそう。
その言葉に、あたしは心から頷いたのだった。
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