高校騒動記〜文化祭死闘編〜


 激走!文化祭  1

//青海詩織(おうみしおり)//

 予想通り、文化祭当日はいい天気となった。
 秋晴れの高い空に鳶が丸く輪を描いている。澄んだ空気に、祭特有のざわめき。
 気持ちいい。
「でも、びっくりしたよー。ぱっと見、誰かわかんなかった」
 空のお盆を持った女の子が笑いながらそう言った。いわれて、軽く髪を引っ張ってみる。
 指に絡まっている髪は、綺麗な黒。
 金髪じゃない。でも、紛れもなくあたしの髪。
「ふふん。ちょっとカモフラージュにね」
「白髪染め?」
 ウェイターの服装をした男子が意地悪く言ってくる。
「洗ったら落ちます。バカ言ってると蹴るよ!」
「突進するブタ蹴り飛ばす脚力で蹴られた日にゃあ俺一ヶ月は入院生活だべ」
「その冗談本当にしたい?」
「まさか」
 軽い笑い声が周囲から上がった。
 一緒に声を上げて笑いながら、ちらりと時計に眼を走らせる。十二時十分前。
 黒いスカートのポケットの上に手を置いて、中の感触を確かめる。
 確かに、ある。
 
 朝、まだ学校が始まる前に、全員で集合した。そのときに渡されたのが、この会長印。
 あたしは足を怪我してる。それを知っているはずなのに、住吉はあたしにこれを預けた。渡会も、何も言わなかった。
「お前が一番小回りも利くし、足が速いから」
 そう言って、住吉は箱から出した会長印をあたしの手の中に落とした。
 あたしが何か言うよりも早く、森本君が軽く手を打って口を開いた。
「じゃあ、全員で青海さんをフォローしていこう。健闘を祈る」
 それを合図に、全員がちらほらと集まってきた生徒にまぎれるようにして自分の教室へと向かいだす。すれ違い際に肩を軽く叩いて。
 最後に、渡会があたしの肩を叩いた。
「俺たちがフォローするから。おまえは何も考えずに走れや」
 そう言って、渡会も自分のクラスに帰っていった。

 ことん、と空になったペットボトルが目の前に置かれた。
「軽音、男子がゲリラでライブするって、ホント?」
「ああ、うん。十二時からね。みんな聞いてやってよ。今日のために全部賭ける気でいるから、みんな」
「それは青海ちゃんたちもでしょ?」
 さらりと返されて、小さく笑った。
「…まあね」
 再び時計を見る。十二時三分前。
「…そろそろか」
 静かに言うと、周りにいたクラスメイトたちは、みな静かにこちらを見つめてきた。
「…気をつけてね」
「うん。ありがと」
 エプロンを外して、流していた髪を一つにまとめる。
 髪をくくり終わったとき、それまでずっと流れていた流行のポップスがぷつりと途切れた。そして途切れた放送の変わりに、ジジ、と奇妙な音が流れ出た。
 十二時、ジャスト。
 全員が――客としてきていた生徒たちも、みな同じ動作でスピーカーを見上げた。
 奇妙に静まり返る教室。
 緊迫した空気の中、その声は静かにスピーカーから流れ出す。


『――五月の終わり、朝、学校に来て、私は信じがたい光景を目にしました。生徒会、そして教師による所持品、服装、頭髪検査です。この時は、珍しいこともあるものだと、そのまま通り過ぎました。その光景が、日常化するなどと、そのとき私は考えもしませんでした。
 それから一月経ち、二月経ち――半年近く経った今でも、その検査は行われています。毎朝、校門前で――あら捜しとしか思えないような行為が、続けられています。いったい何のための検査なのか。生徒のため――と称して、実は教師、学校側の都合にしか思えない』

 静かな、それでいて低く響くよく通る声は、淡々と語り続ける。声の持ち主に気づいたのか、教室にいた生徒の中から驚いたようなざわめきが起こった。

『所持品検査――そんなことをされて、穏やかでいられる人間はいません。スカートの長さ――そんなことを毎朝毎朝うるさく言われて、それでも笑っていられる人などいません。
 ふと立ち止まり、周囲を見回してみると、そこには以前のようなのんびりとした空気の変わりに、ひどくせわしなく、ピリピリした空気が流れています。去年に比べると、笑顔が格段に減った気がするのは、私の気のせいでしょうか』

 声は全校中に染み渡る。
 さっきまではひどく騒がしかった廊下からは、もう声は聞こえてこない。足音すら、しない。
 
『生徒のため――そう称しながらも、生徒を全く無視した授業。質問にすら、まともに答えてくれない。時間がないから、カリキュラムが押しているから――そんな理由で、生徒の質問を受け付けない。それでは、いったい何のため、誰のために授業をしているのか。
 生徒のため――そう称しながら、毎日毎日続けられる朝の検査。毎朝行う必要性がどこにあるのか。毎朝行う――それはつまり、生徒を信用していないということに他ならない。
毎朝毎朝そんな光景を見せ付けられて、不快に思わない生徒はいません。自分たちは信用されていない――そのことに気づかない生徒もいません』

 教室も、廊下も、校庭も。全て静まり返っている。静かな校舎の中、低い声だけが静かに通り抜けていく。
 
『我々は管理される対象じゃない。学校の主体は生徒です。教師ではなく、生徒が主体です。春からの先生方の言動を見ていると、どうもそこのところを勘違いされているのではないでしょうか』

 低い声にちらりと皮肉が交じる。声色から、そのときの表情までが想像できてしまう。口元をゆがめて、メガネの奥の瞳を細めて。そんな顔で、言っているのだろう。

『以前の、のんびりとした校風を愛する一生徒として、生徒会、そして先生方にあるゲームを提案します』

 ざわり、とかすかなざわめき。

『先日、生徒会室からあるものが紛失しました。それを賭けての、大鬼ごっこ。鬼は生徒会役員、ならびに先生方。逃げるのは我々『反生徒会同盟』のメンバー。フィールドは校舎内、グラウンド――つまり、学校の敷地内全て』

 ざわめきはさらに大きくなる。
 穏やかだった声が力を増した。

『今から午後五時までに我々全員を捕まえ、紛失物を取り返せば、そちらの勝ち。五時までにそれを取り返せなかった場合は――先に上げたような行為を即刻中止し、学校を以前の状態に戻して欲しい』

 校舎の外――グラウンドからも、ざわめきが聞こえてきた。それに混じる怒鳴り声は、おそらく教師のものだろう。聞き覚えのある声。

『我々のメンバーは、以下の九名です。二年一組、渡会直哉。西岡のぞみ。二年二組、青海詩織』

 視線が集中した。お客で来ていた人の中には、金髪の「青海詩織」を探しているのだろう、あたしの上を素通りしていく視線も多々あった。
 声は続く。

『二年三組、野島敦司。向井詠理。舟木透子。二年四組、住吉数実。七尾栄司』

 住吉と七尾君の名前が出たとたん、周囲の人たちの顔に驚いたような表情が浮かんだ。大きくなるざわめき。

『そして――二年五組、森本遼一』

 驚愕の声がいくつもあがった。
 ざわめきの中、『ご清聴、ありがとうございました』という声を残して放送はぷっつり切れる。その代わりに、さっきのポップスがスピーカーから流れ出したけど――聴く人は、誰も、いなかった。
 

「さてと」
 軽く屈伸する。右足は…多分、大丈夫。今は痛みはない。
「ちょっと! 今のってホントに森本君?」
 興奮した調子で声をかけてきた子に頷く。
「うん、本人だよ。…テープだけどね」
 驚愕の声が再びあがる。
 それに交じって、廊下を走る足音が聞こえてきた。こちらへだんだん近づいてくる音。怒鳴り声も聞こえてきた。
 来た。
「ちょっと、隠れさせて」
 ここにいる人たちはみなあたしたちの味方だ。
 それがわかっていたから、布をかけたテーブルの下にもぐりこんだ。それと同時に音をたてて教室のドアが開かれた。
「青海はいるか!」
 荒々しい怒鳴り声。聞き覚えがある。毎朝校門のところに立っている、風紀の先生。
「さっき出ていきましたよ」
 のんびりとした声が答えた。
 痛烈な舌打ちが聞こえた。どすどす、と床を踏む音。近づいてくる。
「あ、先生、気をつけてくださいよ! そこ水物あるんですから」
 あたしが隠れている机の周囲にはジュースを冷やすためのクーラーや氷の入ったボックスがいくつもある。これを指してのことだろう。足音はすぐそばまで来てしばらくそこをうろうろした後、また荒々しく遠ざかっていった。
「青海を見かけたら、すぐ放送席まで連絡を入れろ! 隠すとためにならんぞ」
 はーい。
 となんとも素直な返事を残して、足音は遠ざかっていく。
 足音が完全に聞こえなくなったことを確認してから、テーブルの下から出た。クラスメイトたちに「ありがとう」と頭を下げると、笑顔が返ってきた。
「じゃあ、あたし行ってくる」
 がんばれ、と声をかけてくれるクラスメイトに手を振り返して、周囲に気を配りながら教室を出た。

 そして驚いたような顔でざわめく人たちの中に、そっと、紛れ込んだ。

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