激走!文化祭 2
//住吉数実//
放送は、予想以上の効果を発揮した。…らしい。
らしいというのは、そのとき俺は自分のクラスの劇の準備に追われていたから、よく知らないのだ。
友人情報では、校庭で生活指導のなんとか言う教師が大声で怒鳴り散らしていたり、放送席の放送部員に掴みかかったり、PTAが開いているお茶席(喫茶)で仮装中の女生徒を見て鼻の下を伸ばしていた教頭が放送を聞いたとたん泡吹いて倒れそうになったりとか――まあ、いろいろと楽しいことが起こっていたらしい。教頭の姿をこの眼で見れなかったのは残念だが。
うちのクラスの劇は十二時五分という、まさに何か仕組まれているのではなかろうかという時間に始まる。当然、俺たちも名前が出たわけだから、教師たちは猛然と劇上演中の体育館に乗り込もうとしていた…らしい。またもや伝聞形で申し訳ない。そのとき俺は大道具係として舞台裏で待機していたので。
俺はともかく、七尾はしっかり役者として舞台に立っていた。そこを踏み込まれたらもうおしまいだ。
そこをなんとかしてくれたのが――クラスメイトたちだった。
体育館に押しかけた教師や生徒会の奴に、入り口に張り付いていた友人たちがきっぱりと言ってくれたのだ。
「今は上演中だから、入るな」と。そして劇が上演されている間――およそ四十分間にわたってずっともめ続けていたという。
そして劇が終わる直前。
校庭で、大騒ぎが起こった。
校庭のど真ん中に設置されたライブステージ。その上で、いるはずのない軽音男子部員が、いきなりライブを始めたのだ。
体育館は校庭に面している。当然、入れろ入れないでもめていた教師たちもそれに気づき、顔色を変えた。体育館の裏口、舞台の道具を出し入れしたり役者が出入りしたりするドアの前を固めていた教師たちも、同じく顔色を変えて校庭に駆けて行った。
その隙に俺と七尾はさっさと体育館から退散して、校舎の人ごみの中にまぎれてしまったという寸法だ。
クラスメイトにはいくら感謝してもし足りない。本当に感謝してる。
そう言う経緯があって、今俺と七尾は、こうして悠々と校舎を歩いているわけだ。
「いやしかし、肝が冷えたぜ」
劇の衣装のまま、軽く髪をかきあげて七尾がそう言った。今のこいつは、今風のカジュアルスーツをびしっと着こなしていて、それが俺の眼から見ても充分にオトコマエだったりする。周囲の、特に女子の視線が一度はこいつに集中しているところからも、それはわかりすぎるほどよくわかるだろう。
窓の外を見ると、校庭では相変わらず大騒ぎが起こっている。
ステージの上で演奏しているのは軽音3年の男子諸君と、そして女子の皆さん。それをやめさせようと怒鳴る教師の声がかすかに聞こえる。教師たちは、生徒の波に阻まれてステージに辿り着くことができないでいるようだ。
「七尾くーん!」
明るい呼び声。振り返ると、そこには数名の女子がいて、こちらに――七尾に向かって手を振っている。
「あ、先輩!」
七尾の顔が輝いた。
あれから――俺がこいつにアドバイスをした日から――こいつはかなり積極的に女子に声をかけるようになった。先輩後輩関係なく。それがいい傾向かどうかはしらないし考えたくもないが…とにかく、女性関係に対しては前向きになっているんだと思う。前向きすぎるかもしれないが。
七尾が俺に向かって軽く手を振った。ここはいいから、早く行け、ということだろう。どうでもいいし、女に囲まれている七尾に少しばかりムカッときたので、奴は放っておくことにする。
七尾と別れて少ししたころ、廊下の向こうに見慣れた顔を見つけた。向井と、舟木だ。
「住吉君」
向井が手を振った。その笑顔を見ただけでほわんとなる。
いかん。気を抜いちゃダメだ。
「何かあったか?」
「ちょっと先生に追いかけられたけど、なんとか巻いた。すみよっしーは大丈夫だった?」
「クラスのやつらと軽音のおかげでなんとかな。…しっかし、腹減ったな」
劇が昼一だったから、昼飯を食っていない。食堂で悠長にメシ食ってたらつかまるだろうし。
「あ、あたしたちもまだなんだよね、お昼。下行って何か買おうよ!」
下とはつまり…校庭の、屋台のことだろう。
「でも、まだ先生たちいっぱいいるんじゃ…」
「大丈夫だって! まぎれちゃえば平気だし、軽音のみんなもがんばってくれてるしさ!」
確かに、それも道理だ。それに、せっかくの文化祭に屋台のものを一つも食べないのも、なんだかもったいない。
「…下、行くか」
「やったー! ヤキソバッたこ焼きックレープッ♪」
跳ねるように歩きだした舟木の後を慌てて追う。向井が心配そうに俺を見上げてきた。
「大丈夫だ」
ポン、と、安心させるようにその細い背を軽く叩く。
まだ不安そうな向井を見て、小さな声で付け足した。
「何かあったら…俺が守るから」
言ったとたん向井の丸い目が大きく見開かれ、次いでぽぽぽっと音が聞こえそうな勢いで真赤になった。
……柄にもない科白を言ってしまった。
多分、俺も今真赤になっている。
二人して真赤になって俯いていると。
「ッか―――ッ!! なんですか? 独り者のあたしに見せつけようって? いやーねえこれだから若い人は人目もはばからず!」
ぐるんぐるんと首を回しながら大声で舟木が叫んだ。聞こえてたのか!?
「しかも言うことがクサイし! 聞いてるこっちが恥ずかしいッ!」
キャーなんて言いながら顔を覆う。
俺と向井はさらに赤くなった。
「と、透子ちゃん…っ」
向井が蚊の泣くような声を出す。聞こえてないのか聞こえているけど無視しているのか――舟木は「はん」という声でも聞こえそうな表情で笑うと、こう言った。
「すみよっしー。今の不用意な発言、後で思い切り後悔するよ?」
「は?」
「しおりんに教えたらきっと喜ぶだろうなあ。しおりんママに言ったらどんな反応するかなあ?」
げッ!!
「待て舟木!」
あの二人に――いや、芙美さんにこんなこと知られたら、後でなにを言われるかわかったもんじゃない!
それがわかっているのだろう、舟木はとてもとても小悪魔的な笑顔を俺に向けて、ゆっくりと口を開いた。
「黙ってて欲しい? 欲しいよね、ばらされたら後が怖いもんねー?」
わかってて、そういうことを言ってくる。
「今日はすみよっしーの奢りで決定!」
きゃっほー!
…とか叫んで、踊りながら廊下を駆けていく舟木の後ろ姿を睨みつけながら―――俺は、長い長い溜息をついた。
別の意味で心配そうな向井の顔を見返して、苦く笑いかける。
そして、先に行ってしまった舟木の後を追って歩きだした。
昇降口には数人の教師が立っていた。それは予想していたことだったので、一階の廊下の窓から外に出る。さすがに向井はかなり抵抗があったみたいだが、背に腹は変えられない。
そして、他の生徒にまぎれて屋台が軒を並べている一角へと足を向けた。
「まずはやっぱりヤキソバでしょ!」
なんてことを舟木が叫ぶ。目の前には、野球部によるヤキソバ屋。二つのこてで器用にヤキソバを焼いているのは、見知った顔の二年だった。
「住吉! お前、無事だったんか」
「おかげさまでなんとかな」
傍らの二人にちらりと視線を走らせる。
「そっちの二人も、仲間?」
「追われてまーす」
だから、ムダに明るく答えなくてもいいって。
「そうか。じゃあ、いっぱい食って力つけなきゃなあ」
そうそう。腹減ったら走れないし。
「で? ヤキソバいくつ? 三つ?」
連れの二人を見る。すると、向井は小さく首を振った。
「二つ…でいいよな?」
舟木に確認すると、しっかりとした頷きが返ってくる。
「はいよ。ちょっとまってな」
威勢のいい声に頷いたとき。
突然二つ隣の屋台から声が飛んできた。
「おい、教師が来たぞ!」
え?
顔を上げると同時にぐいと腕をひかれる。
驚く間もなく、俺たちは隣のテントの中に引っ張り込まれていた。そのまま声を上げる暇も与えられずに頭を抑えられ、机の下に押し込まれた。
長机が三つ横長に並べられたその前には紙が貼ってあって、机の下にいる俺たちをきれいに隠してくれていた。わけがわからないままに、頭の上で交わされる会話を聞く。
「おい、こっちに誰かこなかったか」
「誰かって、誰っすか?」
「反生徒会同盟とか言うやつらだ」
ぴくりと目の前の舟木の肩が震えた。その拍子にかすかに机が揺れた。とたんに目の前にあった脚が揺れて俺たちを軽く蹴った。
「…ッと、すんません。見てませんよ。第一顔もよくしらねえのに」
なあ。という声。それに応える声も聞こえる。
ざり、と地面を踏む音。それが遠ざかる。
「あ、センセー、買ってって下さいよ!」
頭の上で声があがった。
そしてそのまましばらく待った後、ちょいちょいと手招きされる。
そろそろと机の下から顔を出すと、そこには見慣れない男がいた。
「はい、お疲れさん」
その声とともに、目の前にたこ焼きの乗った皿を差し出される。
「…バスケ部…の、三年?」
確か、たこ焼きはバスケ部の三年がやっていたはず。それを思い出してそう呟くと、目の前の男はにぱっと笑った。
「あたり。まあ、食えよ。今行ったから当分回ってこねえだろ」
言われて他の二人と顔を見合わせる。そんな俺の耳の横に、湯気を立てているヤキソバが突き出された。
見上げると、隣のテントから身を乗り出すようにして、さっきの男が笑ってる。
「俺の奢り。これ食って力つけて、頼むから逃げ切ってくれ」
は。
眼を見開いた俺のすぐ横で、舟木が嬉しそうに笑った。
「ありがとう! がんばるよー」
「そうそうその意気」
バスケ部の三年が軽く笑って、向井と舟木にもたこ焼きを差し出す。
「なんだったら時間が来るまでここに隠れてたらいいよ。ここならわりと死角になるから」
前面には長机。両サイドにはずらりとテントが並ぶ。確かに、よっぽど注意をしないと俺たちがいるこの位置は見えないだろう。
…ずっと隠れているかどうかはともかく、いい休憩所にはなりそうだった。
俺はともかく、舟木や向井はずっと走り回っていることなんかできないから、休息する場所があるのはありがたい。
たこ焼きを焼きながら、三年が言った。
「軽音の部長さ。俺の友達なんだ。あいつ、ホントにぐれかけてて。背中押してくれて、サンキュな」
いきなり言われて、驚いた。
「いや、俺たちはなにもしてませんよ。背中を押したのは女子だし」
「それでもなあ。お前らっていう存在があったから、あいつはなんとかもってたと思うんだ。まあ、礼だけ言わせてくれや」
「はあ…」
そう呟くしかできなかった。
ぼうっとしていると、まわりの屋台からクレープとかジュースとかいろいろ手渡されて、困った。
舟木は嬉しそうに笑っているけれど、自分たちがこれだけ期待されていたなんて知らなかったから、焦った。
これは、失敗できない。
失敗することなんか、許されない。
時折屋台の前を歩き去っていく教師たちを机の下にもぐってやり過ごしながら、もらった食べ物を消化しつつ考える。
これは、死ぬ気でかからんと。
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