激走!文化祭 3
//西岡のぞみ//
目の前は真っ暗。
窓という窓をダンボールでふさいで、さらにその上に暗幕を張り巡らせた教室の中には光一つない。周囲からは息を殺してじっと通りがかる人を待っているクラスメイトの気配がする。
ぽう、と遠くのほうでかすかな光が灯った。お客さんに渡す懐中電灯はチミツな計算の元に切れかけの電池を選りすぐって入れてあるから、光はとても弱々しくなる。
「キャアッ!」
派手な悲鳴。
怖がっているのか単に喜んでいるだけなのか――多分、これは怖がってる悲鳴。うん、いい感じ。
さっきの客には、脅かしたとたんいきなり爆笑されたから、今回は存分に怖がってもらおうじゃん。ていうか、怖がれ。
足音はどんどん近くなる。泣いてるんじゃないの? と疑ってしまうような悲鳴も、もうすぐそこ。
懐中電灯の輪が床に現れた。
よし。
無言で気合を入れて、お客が目の前を通るのを待つ。
足が見え、懐中電灯を持つ手が見え――全身が、現れた。
よし!
今だ、と女の子の肩を掴もうと手を伸ばしたとたん。
どどどどどっ!
廊下からものすごい足音が聞こえてきたかと思うと、いきなり入り口のドアが開いて、これまたものすごい怒声が響いた。
「西岡! 渡会! 今すぐ出て来いッ!!!」
はいッ!?
びっくりしすぎて伸ばしかけていた手が止まってしまった。目の前の女の子二人組みもぽかんとして声がした方を振り返っている。
…ああ。もう十二時になったんだ。
放送は入らないようにしてたから、気づかなかった。
…うーん。我ながらのんきよねえ。
なんて考えている場合じゃなくて、声から判断して生徒指導の山村はドアを全開に開け放ったままずかずかと中に入ってきたみたい。
「ちょっと先生、やめてくださいよ!」
迷惑極まりない行為にさすがにモンスター役の子達が文句を言ってる。でも。
「うるさい! 西岡と渡会はどこにいる!?」
やばっ。
一瞬ギクッとしたけれど――。
「先生!! 営業妨害ですよ、早く出ていってください!」
なんていう声が聞こえて、強張っていた肩から力を抜いた。
あたしがここにいることは、みんなが知ってることなんだけど、誰もちくろうとかする人はいないっぽい。
そのことに、心から安堵した。
…って、気を抜いてちゃダメじゃんあたし!
敵はまだすぐそこにいるのに。
そう、山村は入り口の子となにか言い争っていたけれど、制止の声を振り切ってこっちに向かってくる気配がする。
「電気をつけろ!」
なんて怒鳴り声まで。
冗談じゃないわよ。
電気なんかつけられたら商売上がったりじゃないの。
そう考えたのはあたしだけじゃないみたいで、なんだかんだ言って全然電気がつく気配はない。山村はどすどすと足音を立てながらこっちに向かってくる。
まずい。
「のぞみ、こっちこっち」
慌ててると、いきなり横から手を引かれた。見ると、魔女の格好をした子が、ダンボールでできた部屋(隠れるところね)から手招きしてる。
「ここならわからないよ。早く」
「うん」
慌ててそこに潜り込み、ダンボールでふさぐと、外からは見えなくなった。
山村が立てる振動でダンボールの塀が揺れる。
こういう親父ってサイテー! とか考える暇なんかなかった。いつもなら口に出すことだってあるのに、息をひそめるだけで精一杯。
どすどす、は目の前を通り過ぎ――るかと、思ってたのに。
いきなり、あたしたちがいるダンボールの前で、立ち止まった。
うそっ!
ばれた? ばれたの?
真っ青になって隣の子と顔を見合わせる。
とたん。
「誰かいるのか!」
怒鳴り声とともにいきなりダンボールのドアがぶち破られた。
突然のことに恐怖すら通り越して呆然とした。
「な、なんてことするんですか!」
隣の子が、周囲の子が、叫んだ。
「ちょっと先生、やりすぎ! しんじらんないもう!」
ヒステリックな金切り声。
怒りの声に、山村もちょっと腰が引けてきた。
「いや、誰かが隠れていたからだな」
「隠れてるのは当たり前でしょ、あたしたち脅かし役なんだから! それよりどうする気なのよ先生、これじゃ使えないじゃないですか!」
直してください、謝って、謝れ。
飛ぶ非難の声に、山村の顔にも動揺が出てきた。
「あ、あー…西岡と渡会を見かけたら、すぐに近くの先生に言うように!」
叫ぶように言い残して、ほとんど走るようにして教室を飛び出していった。
「なにあれ! ほんと腹立つ!」
「ダメ教師ダメ親父ダメ人間」
「怒鳴れば済むと思ってんのかあいつ。ていうか謝れよ、せめてさ」
口々に聞こえてくる不平不満。
いつもだったら真っ先に不満を言っていただろうけど、今は安堵の方がずっと大きい。
気づかれなかった。
暗かったおかげもあるのかもしれないけど、しっかり顔まで確かめられたのに、気づかれなかった。
「…よかったー…」
思わず呟いた時。
「西岡、大丈夫だったかお前」
聞きなれた声がして、とくんと心臓が音を立てた。
渡会君。
「ありがとー。無事だったよ。渡会君は?」
暗闇に金髪が浮き上がる。金髪といえばあの女を思い出してしまうのであまり好きじゃないんだけど、渡会君ならべつ。いやむしろ全然オッケーって言うか。
渡会君の声が笑みを帯びた。
「この金髪にこのメイクで俺だとわからんかったっぽい。西岡もさ、もっと堂々としとけ。ぱっと身、全然わからんからホントに」
その言葉で、胸が熱くなった。
あたしの心配、してくれてる。
渡会君が、あたしを心配してくれてる。
そのことが、とても嬉しかったりして。
…やっぱり、恋する乙女は現金だわ。
あの馬鹿女はむかつくけど、渡会君はやっぱりかっこいい。
一人浸ってる場合や状況じゃないってことはわかってるんだけど、でもやっぱり、ねえ。
いいじゃん。こうして想ってるくらいは、さ。
それからしばらくは、取り立ててなにもなかった。十分おきぐらいに教師の怒鳴り声がしたり、校庭からはライブとそしてかすかに教師の怒鳴り声が聞こえてくる。たぶん、拡声器を使ってるんだろう。イイ歳こいて、まったくねえ。怒鳴ればいいってもんじゃないのよ、ホントに。
なんてことを考えていると、あら、もう一時。
意外に時間ってたつの、早いのね。
ていうか、あたしこんなにのんびりしててもいいの?
体力勝負になるって思ってたのに、そうでもないのかしら。
他の人たちはなにしてるんだろ。
考え出すと気になってきた。
ちょうど休憩時間も近いこともあって、あたしは代わりの子と交代するためにいったん外に出た。すると、ちょうど外には渡会君が!
よっしゃ、って思いましたね。
なんていうの? ほら、よくあるじゃん、特殊な状況下で芽生える恋って言うの? あたしはもう完璧にラブなんだけど、これをきっかけになんとしても彼にあたしを見てもらわなくちゃ。青海なんて目じゃないわ。
「渡会くーん!」
意気込みとともに笑顔で手を振ったとたん、
「バカか! こんなときに名前呼ぶ奴があるかよ」
小声で怒鳴り声。それよりも早く大きな手で口をふさがれて。
心臓が止まるかと思った。
でも、そんなこと気づかれちゃいけない。軽く笑って、軽く舌を出して。
「ごめ〜ん。…じゃあ、直哉」
…ッきゃー! 言っちゃった言っちゃった。
なんて一人で浮かれてたのに。
「名前呼んでいいなんて誰も言ってねえし」
なんて、きついことを言われて、落ち込む。
…わかってるけど。渡会君はそういう人だって。でも、さあ。
もうっ。
一人ふくれて、渡会君のすました顔を睨みつけて。足の一つでも蹴ってやろうか、なんて考えてるとき。
「青海、待て!!」
いきなり、怒鳴り声がした。
その声と、そこに出てきた名前に、反射的にそちらを振り替える。
長い黒髪の女が、こっちに向かって爆走してきていた。ものすごく早い。ポニーテールがぶんぶん揺れてる。
あっという間に目の前まできた黒髪の青海はチラリとあたしたちを一瞥すると、何もなかったかのように走りすぎる。十メートルほど送れて、二三人の教師がどたどたと不細工に追いかけていく。
はっとしたときには遅かった。
「お前、中入ってろ」
いつもよりも低めの声が聞こえた。と思ったときにはもう、渡会君の姿は隣から消えていて。
「ちょっと!」
叫んでも、青海が消えた方向へと駆け去っていくその背中は、決して振り向くことはなく。
…わかってたけど。
渡会君が、誰を見てるのかなんて、わかってたけど。
でも、こんなときだからこそ、隣にいて欲しいのに。あたしを見ていて欲しいのに。
……一緒に、いて、欲しいのに。
何よ。
青海なんか、黒髪全然似合ってないんだから。
黒いカラコンも、ぜんっぜん似合ってないんだから。
似合わない、癖に。
〜〜だから、青海なんかだいっきらいなのよ!
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