高校騒動記〜文化祭死闘編〜


 激走!文化祭  4

//渡会直哉(わたらいなおや)//

 目の前で翻った長い黒髪。
 いつもの、見慣れた金髪じゃないし、見慣れた青の瞳でもない。だけど、それはほかでもない青海詩織その人だと、俺は知ってる。
 足が痛いはずなのに、体育祭のときなんかウソのような速度で、青海は走る。教師連中はかなり後方に引き離されてしまっている。
 一度速度を落とし、少し早足のペースを保って、力尽きてその場に立ち止まってしまった教師たちの横を通り過ぎ、充分離れたところでまた走り出した。今度は遠慮なんかしない、全力だ。
 
 髪が黒でも。目が黒くても。
 青海は、どこにいてもすぐに見つけ出せる。そのことが自分でも不思議だ。

 人ごみを掻き分けて。マントがばさばさうるさい音を立ててるけど、外してる余裕なんかない。生徒でごった返している廊下の向こうに、チラリと長い黒髪が見えた。勢いよく揺れる真っ直ぐな髪。
 一気にスピードを上げた。
 ちょうど青海の速度が落ちる。手を伸ばして、力を抜いて横に下がった細い腕を掴んだ。
「!?」
 瞬間ものすごい勢いで青海が振り向いた。
 大きく瞠られた目は、俺の顔を確認したとたんすっといつもの大きさに戻る。
「…びっくりした。つかまったかと思った」
 そう言った青海の息はさすがに弾んでいた。手を離して、軽く笑う。
「教師ははるかかなたでへばってる。ていうかお前なー、足痛めてる奴が全力で走るなバカヤロウ」
 俺の口調から本気で怒っているんじゃないってことがわかったのだろう、青海も軽く笑って歩きだした。
「足は、ほとんど治ったよ。いや、今度はウソじゃなくて本当」
 昨日のことを思い出してか、慌ててそう付け加える女史。信用していないわけじゃないけれど、いまいち疑っていることがわかったんだろう。
「…まあ、信じてやりましょうか、今回は」
「うわなにそれ偉そうに」
 …間髪いれず返すところが、女史だよなあ。
 諦めたのか、教師が追ってくる気配はない。それに安心して、俺たちはのんびりと校舎を歩いた。
 青海は、制服じゃなくて、ウェイトレスっぽい服装をしていた。白いブラウスに、黒の…ミニってほどでもないけど、膝上のスカート。それに黒のストッキングに、走りやすさを考えてかやはり黒のスポーツシューズ。でも無骨な印象はあまりなくて、今の青海の服装に良くあっている靴だ。
 少しだけ、惜しいと思う。
 いつもの金髪、青い目の青海と、一緒に歩きたかった。
 …まあ、こんなこと思ってもしょうがねえんだけど。


 ざわついている校内を、あてもなくぶらぶら歩く。
 窓の外、校庭を見下ろすと、ライブステージを取り巻くたくさんの人と、ステージの上で演奏している軽音のバンドが見える。
 そこから校舎の方に視線を向けると、二列に並んだ白いテントとその間に群がる人々が。
 なんとはなしに行き交う人々を見下ろしていると、その中に見知った顔を見つけた。
「あ」
 住吉。
 住吉が、人を掻き分けるようにして爆走していた。人ごみの中、それでも住吉は器用に走り抜けていく。住吉の姿に気づいた生徒たちがすばやく道を開けるのが見えた。そのあとに続くはずの教師たちは、生徒の壁に阻まれて思うように前へ進めないでいる。
「…スミ君」
 青海が呟いた。青海も気づいたようだ。
「…まあ、なんとかなるだろ、あいつなら」
 足も結構速いし。
「まあ、そうだね」
 青海も、住吉と教師の距離がどんどん離れているのを見て、安心したように小さく笑った。
「それにしても、他のみんなはどうしてるんだろ。詠理とか大丈夫なのかな」
「…向井なら、住吉が死ぬ気で守ってそうだけどな」
 でも、下に向井の姿は見えねえけど。
「…あと、心配なのは七尾君とか…森本君、とか」
「あ――…まあなあ」
 七尾はやたらと顔知られてるし、生徒会のあの女の子のこともあるしなあ。つかまったらちょっと修羅場になりそうな予感が…。
 森本も、なあ。あいつ、運動神経絶無だからなあ。
 しかもなまじ成績がいいぶん……教師が、うるさいんじゃねえかな。
 まあ、人のことを心配してる余裕なんか本当はないんだけど。
 と、気がつくと青海がこっちを見ていた。
 目が合うと、青海はにやりと笑う。
「いつもと逆だねえ」
「あ? …ああ」
 髪か。
 忘れてた。
 今の俺は、ドラキュラってことで髪を金髪に染めてる。染めてるって言っても洗えばすぐに落ちるんだけど。
 なんで金髪にしなきゃならなかったのか、よくわからない。別に黒髪でも全然かまわんと思うんだけど。この金髪には何か意味があるのか?
「見慣れないから、新鮮」
「俺も女史の黒髪は新鮮ですな」
 そう言うと、女史は少しだけ複雑な顔で笑った。
「あー。あたしも新鮮。なんだかねー、慣れないなあ」
 その言い方が、少し気になった。
 青海があまり髪のことを言われるのが好きじゃなさそうだったことを思い出す。
 …やっぱり、昔は黒髪の方が良いとか、そんなことを思ったりもしたんだろうか。
「うん、まあ…。俺は元のままの女史の方が、しっくりくるわ」
「あー……そっか」
「おう」
 少し…いや、かなり照れくさかったので、女史の方を見なかった。だから、女史がどんな顔をしたのかはわからない。
 それっきり、会話が途絶えた。
 少しだけ、気まずい。
 あー…なんか、ネタ。誰か俺にネタをくれ。
 とにかく頭に浮かんだことを口にしようと口を開いた瞬間。


「あ」
  目の前、生徒がたむろする廊下の先に、教師の姿が見えた。さっき教室に乗り込んできた奴。そう、山村。
 山村は目を細めて俺たちを睨んだ。そして瞬間眼を見開くと、馬鹿でかい声で叫んだ。

「見つけたぞ!!」

 やべっ。
 反射的に回れ右して、同時に走り出す。
 まずいな。山村って確か陸上部の顧問だ。
 後ろを振り向くと、生徒を跳ね飛ばすような勢いで猛然と俺たちを追いかけてくる。やっぱり、意外と足が速い。
 …まずいっすよ。
「渡会、あたし下に行くから」
 いきなり青海が囁いた。その言葉の意味がわからないほど俺は馬鹿じゃない。
「わかった、俺があいつひきつける」
 とにかく、最終的に青海さえ無事だったら俺たちの勝ちだ。
「ごめん。頼んだ」
「おうよ」
 青海がスピードをあげる。それと同時に、俺は速度を落とした。
 青海が階段を駆け下りたのを待ってから、階段を駆け上がる。廊下全体が揺れそうな、そんなものすごい足音はすぐそこだ。
 俺の姿を見つけたのだろう。イノシシは――違った、山村は、豪快な地響きを上げながら廊下を駆け上がってきた。
 さてと。
 軽く唇をなめて、登りきった階段の一番上まで来るとくるりとUターンする。そしてちょうど階段を上ろうとしていた山村めがけて駆け下りた。
「う、うわあッ!」
 山村にぶつかる、と言うところで思いきり階段を蹴って踊り場に降り立った。バランスを崩して慌てて手すりにつかまった山村の姿を横目に見て、再びさっき走った三階廊下を走り出す。
「センセー、ファイト!」
「こら――!!」
 怒声を背に受けながら、人ごみを掻き分けてとにかく走る。
 廊下の端まで行くと、また階段を駆け上がった。
 とにかく、俺がすべきことは、あいつをここに足止めすることだ。
 まあ、足と体力には自身があるから、腰が砕けるまで走り続けてやろうじゃねえの。

 青海、頼むから、つかまるなよ。

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