高校騒動記〜文化祭死闘編〜


 激走!文化祭  5

//七尾栄司(ななおえいじ)//

「七尾く〜ん」
「がんばってー」
 なんていう黄色い声援に、笑顔で手を振る。
 前からわかっていたけれど、女ってのはこういう顔につくづく弱いらしいな。笑顔を向けるだけで、真赤になったりする奴もいて、おもしろい。
 こういうことを言うと住吉にどつかれるから、口には出さないけど。
 例のビョーキはまだ治ったわけじゃないけど、それでも前よりは前向きになれたと思う。こうやってちやほやされるのも悪くはない。いや、むしろ楽しい。
 こうやって校内を走っていて、すぐ後ろに教師がいたりしていても、女はみんな俺の味方だ。かくまってくれたり、教師の邪魔をしたり、ウソを教えたり――いやほんと、お世話になってます。
「ありがとなー」
 なんて手を振り返し、背後から聞こえてきた怒鳴り声に速度を上げた。さっきからしつこい教師たちだ。
 中には明らかにじいさんの先生もいて、いやちょっとやめろよ、と思わずそう言ってしまいそうなお年のくせに結構な俊足で追いかけてきたりする。
 そうやってじいさんが元気に追いかけてきていると思えば、まだまだ若いぴちぴち(死語か?)の先生がソッコーへばっていたりもするし。
 あっという間にリタイアしたあの男は、明日から生徒に冷たい眼で見られるに違いない。それに引き換え、いまだにぴったりと食いついてきているじいさん先生は、株が上がるだろう。
 いや、追いかけられてるのは俺だから、そんな悠長なことを考えてる暇はないんだけど。
「がんばれー」
 と前の方から声援が聞こえた。なかなかきれいな女の子だ。多分、三年。
 ああ、そうそう。最近は、女の子をかわいいと思えるようになってきた。やっぱりあのときの俺はちょっと異常だったようだ。
「ごめん、今何時!?」
 声を投げると、その子は腕を見て、そして答えた。
「3時過ぎ」
「サンキュー!」
 よっしゃあと2時間!
 この三時間ずっと走り続けてきたわけじゃないけど、さすがにしんどい。足もだるいし、階段の上り下りは結構腰にきてる。
 …あのじいさん先生、絶対腰痛になるぞ。若い俺でこれなんだから。
 まあ、とにかく、あと一時間半逃げ切ればいいわけだ。
 もちろん、青海さんがつかまっちまったら元も子もないんだけど…その場合、敵方になんらかのアクションがあるだろうから、それがないってことはまだつかまってないってことだろう。
 俺なんかを、眼を血走らせて追っかけてるところを見ても、多分まだ取り返されてはいないんだろうな。
 と、ぴったり背後についてきていた足音がだんだん遠ざかり始めた。
 ふりかえると、さっきまですぐ後ろにいたじいさんが、ずいぶんと後方に行ってしまっている。しわだらけの顔をゆがめて、腰を抑えて。
 あらら。
 と思う間に、その場にしゃがみこんでしまった。
 ……やっぱり、年だったんだよなあ。
 大丈夫だといいけど。
 ああいう元気なじいさんは嫌いじゃないから、明日も無事に教壇に立てるといいな、と思う。
 もう一度振り返ると、じいさんは周りの生徒に取り囲まれていた。やっぱり、ああいう人は結構人気があるもんなんだよ。みんな心配そうにしている。
 あのぶんだと、じいさんは大丈夫だ。
 そう思い、じいさんに背を向けて、今度は軽い足取りで廊下を走る。
 ちょっと、外の様子でも見てみようか。
 そう思って窓の外に顔を向けた瞬間。
「七尾先輩!」
 聞き覚えのある声が耳に届き、反射的に背筋が伸びた。
 ―――――うあっちゃ〜〜…。
 
 その声の主が誰なのか、考えるまでもなく。

 振り向くと、俺のすぐ後ろに、顔を真赤にして息を弾ませた少女が一人、立っていた。

 そう。それは、他でもない。
 俺が――いや、俺たちが散々利用した、あの生徒会の少女だった。


「あ……やあ」
 なんでもないように、いつものように笑いながら、そういう。
 すると、彼女は真赤な眼で俺を睨みつけた。
「どういうことですか」
 …どういうこと、と言われても。
「何が?」
「今起こってること、全部です!」
 全部って言われてもねえ…。
 そう口の中で呟くと、彼女がずい、と詰め寄ってきた。
「先輩は、このこと知ってたんですか?」
「え? い、いや」
「うそ! だって、先輩の名前もちゃんと出てきたじゃないですか! 先輩も仲間だったんですね」
「仲間って、そんな人聞きの悪い」
「そうなんでしょ!? あたしに近づいたのも、全部――生徒会の情報を得るためだったんじゃないですか!?」
 こんな状況だというのに、俺はなぜか感心してしまった。やっぱり、生徒会に入るだけのことはある。ただ惚れっぽいだけじゃないらしい。
「そんな。俺はそんなこと考えてないよ」
「じゃあなんであたしに近づいたり――会長印の場所を訊いたり、したんですか!」
 
 彼女の眼に涙が盛り上がった。それを見て、思い切り焦る。
「ま、待って」
「あのあと、すぐです。会長印がなくなったの。――先輩、なんでしょ? 先輩がやったんでしょ!?」
 ぽろぽろ、零れる涙。真赤な顔で、震える声で、詰問してくる。
「あたしのこと、利用したんですね。最初から、これが狙いだったんですね。あたし、本当に先輩のこと好きだったのに――!!」
「わっ! ちょ、ちょっと…!」
 うわっ人目が…。頼むからもうちょっと、こう…。
 ああもうっ!
「ちょっと、来て!」
 泣き出してしまった女の子の手を掴んで、階段の踊り場まで連れて行った。この上の階は空き教室で、当然人も登ってこない。
 ここなら人目は…ない、な。よし。
「ちょっと、落ち着いて俺の話を聞いてくれよ」
「そんなもの聞きたくありません! 先輩、あたしをもてあそんだんだわ!」
 
 ちょっと、待ってくれ。

「……もてあそんだぁ〜?」
「そうですよッ! 先輩が喜ぶと思ったから、あたし先輩が聞くことには何でも答えたのに、それなのにこんなことになって! 結局あたしのことなんか何とも思ってなかったんだわ!」
「いやだからちょっと待ってって」
 もてあそんだって、こら。
「もてあそんだとか言うけど、そもそも俺たちってべつに付き合ってたわけでもなんでもなかっただろ?」
 言ったとたん、彼女の眼が真ん丸に見開かれ、そして次の瞬間ますます声を上げて泣き出した。
「ひどいぃっ! 先輩、あたしのこと好きだって言ったのはウソだったんだ!」
「言ってないし!」
 そんなこといつ言ったよ!?
「優しくしてくれたじゃないですか!」
「そんなの誰にでもするだろ!」
「じゃあ、あたしって他の女と同列だったんですか!?」
 同列って……そんなに特別扱いしたか? そんな覚えはないぞ、俺。
「他の女はただの遊びで、本命はあたしだって! 絶対違うって信じてたのに〜〜〜!」
 はああっ!?
 なんだよ、それ!
 知るかよそんなこと!
 あああ、だから女は嫌いなんだ!
 自己中で、自分を中心に世界が回ってると思ってやがる。
 いいかげんにしてくれよ!
「悪いけど、何勘違いしてたかは知らないけど、俺べつに君のことなんとも思ってないから」
 いいかげんむかついたから、それまでの穏やかな態度とか全部かなぐり捨てて、むかつくままに冷たく言ってやった。
 とたん。
 女の子の泣き声が止まった。
 それまで盛大に泣いていたはずなのに、ぴたりと涙が止まる。
「……さいってー」
 その声は、今までみたいに可愛らしいものじゃなくて、男の声みたいに低く響いた。
「女の子にこんな恥かかせといて、それで済まそうって言うの?」
 はあ?
「女の子を泣かせておいて、それで済むと思ってんの?」
 泣かせて…って、自分で泣いたんじゃないか。

 って、ちょっと待て。
 なんか、別人じゃないか?
 か弱くて、おっとりと笑う女の子の姿は、そこにはなかった。
 ぎらぎらと涙の乾ききらない眼を光らせて俺を睨んでくるその姿は、はっきり言って醜い。
 そうか。
 きっと、こっちが本性だったんだ。
 そう悟った時は、すでに遅かった。
「あたし、新聞部に知り合いいるんです。その子に言って、このこと全部全校生徒に知らしめてやる。女の敵。土下座して謝ってももう許してなんか上げないんだからね」
「は、はあっ!?」
 身の保身とか、そういうものよりも何よりも、そのこの迫力がなんともいえず恐ろしくて。
「悪いけど、それ全部パス! あんたにしたことは謝るけど!」
 
 俺は、身を翻して、その場を逃げた。


「逃げるな卑怯者!!」
 絶叫が背中を追いかけてきたけれど、振り向かずにとにかく走った。
 冗談じゃねえってマジで。
 女は怖いとか、そんなレベルじゃなかったぞ。
 確かに俺が悪かった。悪かったとは思う。
 だけど。
 たったあれだけのことで、あんなに激しく思い込んだりするか、普通。
 俺があいつを好きだとか、いったいどこをどう取ったらそうなるんだ?
 さっぱりわからん。ていうか、わかりたくもねえ。
 ああ、やっぱり女はダメだ。
 俺、ホントに女性恐怖症になりそうだ。
 まずいぜ。
 いや、そんなことよりも。

 背後からはヒステリックな絶叫が追いかけてくる。あの女だ。追いかけてきてる。
 あいつにつかまったが最後、もう俺の人生は真っ暗だと、そう思ってしまうのはなぜなんだ。
 
 教師に追いかけられているときのほうがまだましだった。
 
 げに恐ろしきは、女の本性。

 とにかく。
 俺、かなーりピンチ。


 …すみよしー。
 なんとかしてくれー!!

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