激走!文化祭 6
//舟木透子//
…なんだか、どこかで悲鳴が聞こえたような気がしたけど。
悲鳴を上げたいのはこっちなのよー!
「もうやだー」
先生があとからあとから湧いてくる。
逃げても逃げても追いかけてくる。
「透子ちゃん、あたし、こっちに、行くから」
詠理が息を弾ませながらなんとかそう言った。
気持ちはわかるけど、でもッ!
「でも詠理ッ、すみよっしーに逢えるまで、つかまるんじゃないよ!」
「…こんなときまで……うん、わかった。がんばるね」
なんでそこで顔を覆うの?
って、そんなこと言ってる場合じゃないんだってば。
すみよっしーが追っ手をひきつけるために飛び出していってから一時間。
かくまってもらっていたテントから出たとたん、先生に見つかって。慌てて逃げ出したけど……あたしたち、そんなに足が速いほうじゃないのだ。まわりのみんなが先生たちの邪魔をしてくれているからなんとか追いつかれはしてないけど、それでも時間の問題な気がする。
だからと言って、ここで二人ともつかまるわけにも行かないし。
今の時間は…多分、三時半をちょっと回ったところ。
あと一時間半。
とにかく逃げ切る。あたしたちもだけど、もちろんしおりんも、頼むから逃げ切って。
「じゃあ、詠理、気をつけて」
「うん、透子ちゃんも」
詠理が校舎のほうへと走っていったのを確認して、校庭へと足を向けた。
広い校庭の真ん中に設置されたライブの上では今度は女の子だけのユニットがライブしてる。そこめがけて、思い切り走った。
校庭を、一人走る姿は、ひどく目立つ。
わかっていたけれど、詠理を追わせるぐらいなら、あたしが囮になる。
案の定、小柄な詠理はすぐに人にまぎれてしまったのか、先生はほとんどがあたしを追いかけてきた。
「待ちなさい舟木さん!」
このよく通るきれいな声は家庭科の鈴木先生だな。
結構好きな先生だけど、でもそれとこれは話がべつ。
ライブ中の人たちがあたしに気づいた。ベースの子が手を止めて何か言っている。とたん、人ごみが動いてあたしと先生のあいだに流れてきた。
「こら、お前ら何のマネだ!」
絶叫が耳に届く。
ごめん、みんな。ありがとう!
ありがたや、と心の中で拝んでいると。そのとき。
「舟木!! 止まらんとお前数学1だぞ!」
なんて絶叫が聞こえた。
「はいッ!? 先生それはないでしょ!」
思わず振り向くと、生徒に囲まれた数学の先生がものすごい形相でこっちをにらんでいて。
……やなもん見ちゃったよ。
1は勘弁して欲しいなあ。せっかく得意な科目なのに。
でも、ここでつかまるわけにはいかないので、先生。
悪いけど、その言葉は聞けません。
ライブステージを回りこんで、反対側へ―――行こうとしたん、だけど。
「……うそ」
生徒をかき分けてこっちに向かってくるのは、教頭センセイ。
まだ若くて、色が黒くて厳つい、いかにも体育会系って感じの教頭センセイ。
いつも恐い顔してて笑った顔なんか見たことないって言うほど強面の教頭センセイ。
反射的に回れ右して、また硬直する。
家庭科に数学に体育に…先生たちが生徒をかき分けて、こっちに向かってきている。
「そ、そこから動かないで、舟木さん!」
息も絶え絶えって感じの鈴木先生。
動きたいのは山々なんだけど。
「…つかまえた」
「ひっ」
突然頭の上から声が降ってきて、思いっきり背筋が伸びてしまった。
朝礼のときによく聞く声。
振り向くのが、恐い。
そのまま硬直していると、頭の上でまた声がした。
「…鈴木先生。とりあえず、この子を保健室へ」
「は、はい」
保健室!? なんでまたそんなところへ。あたし、別にケガなんて――。
口をパクパクさせていると、怒ったような顔で鈴木先生があたしの肩を掴んだ。
「きなさい」
…先生、ちょっと、痛いんだけど。
いつも笑ってる先生の横顔が厳しくて、つかまれた肩に指が食い込んで痛くて。
でも、たぶん、それだけ先生は怒っているんだと思ったから、何も言わなかった。
腕をしっかりと掴まれて、引きずられるように校舎へと向かう。
ライブステージの横を通るとき、みんなの、哀しげな表情が胸に痛かった。
静まり返った中、キュイ…ン、とギターが細い音を立てる。振り返ると、ステージの上から水島さんがこっちを見つめていた。
ごめん、つかまっちゃった。
心の中で呟いて、それでもここで落ち込んだらダメだと思ったから、無理してにっと笑って見せた。
水島さんは、なぜか、ひどく悲しそうな顔をした。
「舟木さん」
静かな声に、慌てて前に向き直る。腕はまだつかまれたまま。
「…あなたたちが、森本君を巻き込んだの?」
一瞬なんて言われたのかわからなかった。
「森本君はね、とても優秀な生徒なのよ。こんなことに巻き込んだりして、なに考えてるの?」
………何?
トテモ優秀ナ、の前に、「あなたたちとは違って」っていう声を聞いたような気がした。
「住吉君や、向井さんもそうよ。あなた、向井さんとは仲が良かったわよね。それで、無理やり巻き込んだんじゃないの?」
―――はい?
なに言ってんの、先生。
教頭センセイやほかの先生たちは、残りのメンバー捜索に行ってしまったから、あたしを連行しているのは鈴木先生一人だ。
この手を振り解いて逃げるのは簡単だけど。
今の言葉は、聞き捨てならない。
「…センセー。なんで“無理やり巻き込んだ”って思うの?」
「あんなに優秀な子が、こんなバカなことをするとは思えないもの」
…なんとなく、わかった。
レオは、いつもこういう風に見られてるんだ。
あたしたちは、そういう風に見られてたんだ。
バカなこと。
確かに、あたしたちがやってるのは馬鹿げたことかもしれない。
でも、先生たちがその程度にしか見ていてくれないんだとわかったいま。
何が何でも、これは成功させなきゃいけないと、心の底からそう思える。
軽音のみんなのためにも。
協力してくれているみんなのためにも。
それに、あたしたち自身のためにも。
ここで、負けるわけには行かない。
ちらり、と、腕を引っ張り続ける鈴木先生を見た。
相変わらず、厳しい顔。
もう模擬店のところにまできていた。周囲の人たちが、あたしを複雑そうな目で見守っている。
ごめん。
でも、大丈夫だから。
あたしたちは絶対に負けないから。
負けてたまるか。
あたしたちを、上から見ることしかできないような、そんな人間に負けるもんか。
今逃げ出すのは簡単だけど、もう少し、先生があたしたちのことをどう思ってるのかとか――ほかにつかまった人はいるのかとか、そこらへんを探ってみてからでも遅くはない。
校舎に入る間際、顔を上げて外の時計を見た。
四時過ぎだった。
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