高校騒動記〜文化祭死闘編〜


 激走!文化祭  9

//森本遼一(もりもとりょういち)//

 手元の時計で四時半を回った。
 目の前の井名里は落ち着きなく指を動かしている。俺の隣では、舟木さんがやはりそわそわと落ち着きなく視線をさまよわせている。
「…あと三十分ですな」
 そう言ったのは七尾だった。こいつは十五分ほど前につかまったようで、先生にしっかりと捕獲されてここに連れてこられた。
 俺の眼にはただの優男としか映らないが、全校の女子たちがイイオトコと認めるその顔には今、ミミズ腫れが数本走っている。
 舟木さんが「どうしたのそれ」と尋ねたが、七尾は語尾を濁して曖昧にごまかした。
 …まあ、大体想像はつくけど。
「三十分、ね」
 ぶらぶらと揺らしていた足を止めて、西岡さんが復唱した。彼女は、七尾がここに来る少し前に、がっしりとした体育教師につれてこられた。狼の耳を取って、でも化粧はそのままで、大きく裂けた口を尖らせる。
「あと何人生き残ってるのかしら」
「とりあえず、詠理は無事だと思う」
「だよな」
「まあね」
 …確かに、向井さんなら住吉が命がけで守ってるだろうけど――…。

 現在、ここ、放送席の後ろのスペースには五人の人間がいる。一人は生徒会長井名里。そして俺、舟木さん、西岡さん、七尾、のアンチ四人。計五人。
 つまり、逆算して後残りの五人は生き残っているはずだと考えられるが…。
 俺たちがここにいるというということで、教師たちはその五人にターゲットを絞ったはずだ。それだけ彼らの捕獲に裂ける人員が増加する。
 だから、いくら残り時間が三十分しかないといっても、それだけ逃げ続けるのが困難になっているはずなんだ。しかも、みんなさすがに疲労が出てきているころだろうし。
 青海さんも、多分渡会が必死に守っているだろうけど、だからと言って体力には限りがある。相手は人海戦術で攻めてくるだろうし…。
 
 顔を上げて、井名里を見る。井名里はつま先を軽く床に打ちつけながら腕の時計を睨んでいる。
 ちらり、と七尾を見る。赤い筋が走った顔。
 すっかりくつろいでいたらしい七尾は俺の視線に怪訝そうな顔をした。
 睨んでやる。
 七尾は首を傾げる。
 七尾の顔を見、ついで昇降口の外に視線を投げる。
 まだ首を傾げている七尾。
 自分の時計を指差し、もう一度七尾を見、まだ時計を見ている井名里を見、そして外に視線を投げる。
 七尾はようやく理解できたように大きく頷いた。
 …手間がかかる。
 舟木さんと西岡さんにも同じジェスチャーをする。
 今度はすんなりと理解してくれた。
 現在時刻は4時三十六分。あと二十五分弱。
 
 井名里は、まだ時計を睨んでいる。俺たちには注意が向けられていない。
 それを確認して、全員に合図した。
 頷き、みんなはゆっくりと席を立つ。それに気づいた放送局員が眼を丸くしたが、井名里は気づかない。まだ時計を見ている。

 よし。

 一気に身を翻し、駆け出した。
「あ、おい!!」
 井名里の怒鳴り声が聞こえたが、もちろん無視した。
 放送席の後ろから飛び出した俺たちは、昇降口に向かって走り出す。
 靴を履き替える時間はない。スリッパのまま、外へ飛び出した。

 瞬間。

 ものすごい喧騒が、全身に降り注いだ。

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