高校騒動記〜文化祭死闘編〜


 激走!文化祭  12

//住吉数実(すみよしかずのり)//

 目の前に広がるのは高く澄んだ空。夏のような強烈な青ではなくて、もっと穏やかな、どちらかといえば冴えた青。白い層雲が広がっている。その下にそびえているのは、古ぼけたコンクリの校舎。
 そしてその下。
 秋空と校舎の下、つまり俺の目の前は、今ものすごい数の生徒で埋め尽くされていた。
 校舎から、校庭に設置された簡易ステージまでのわずかな距離に、生徒たちがひしめいている。
 飛び交うのは怒声。人いきれがステージの上にいる俺のところでもじかに肌に伝わってくる。
 校舎の方から生徒をかき分けてこちらに近づこうとしているのは教師。みな血相を変えてものすごい形相で俺を睨んでくる。
 そして、それを阻んでいるのが、ひしめき合っている生徒たちだった。
 おそらく全校生徒が集まっているのではないかと思うぐらいの数。圧倒的な数の利に、教師たちもなかなかここまでは辿り着けない。ただ虚しく絶叫しているだけだ。

 心臓が音を立てている。
 校舎の大きな時計は残り時間が五分を切ったことを示していた。
 ほんの五分前まで全力疾走していたこともあって、まだ呼吸は平常には戻らないし、心拍数も上がったままだ。だが、心拍数は当分下がらないだろう。少なくとも、この五分間のあいだは。

「あと五分」
 教師の手を振り切ってここまで辿り着いた森本が、低い声でそう呟いた。その声には珍しく緊迫した響きがある。先ほどもみくちゃにされたため、森本の髪はぼさぼさに乱れて、シャツもしわになっていた。若干フレームが歪んでしまったメガネを押し上げて矯正しながら、森本は目の前の光景を見やった。
「ここも時間の問題だ。向こうには権力がある」
 その呟きに混じって「お前ら全員親を呼び出すぞ!」という絶叫が聞こえた。「成績」を持ち出す声も上がっている。
 生徒の動きが目に見えて鈍った。その一瞬で教師との距離が縮まる。
 俺は息を吸って、叫んだ。
「この人数相手にそんなことを言ったって無意味だ! 公になれば学校の責任が問われるだけだぞ!」
 俺の語尾に森本の声が重なった。
「あと三分!」
 再び動きが活発になった生徒の波から眼を離し、背後を振り返った。軽音の楽器の中、しゃがみこんでなにかしている野島と向井を見やる。
「どうだ!?」
「あともうちょっと!」
 叫び声が返ってきた。
 野島と向井から眼をそらし、時計を睨みつけた。

 あと、二分。


 ざっと目の前を見渡してみるが、詩織と渡会の姿はない。教師の数を数えたわけではないが、見知った顔がいくつか見えないところを見るとそちらに回っているのだろう。
 どのくらいの人数がそちらに回っているのかはわからないが、あいつらの足なら逃げ切れるはずだ。
 …詩織の足さえ無事なら。

 時計を見つめる。
 ゆっくりと、だが確実に時を刻んでいる秒針。

 頼む、詩織。なんとか耐えてくれ。


 秒針が12を指した。とたん、どこからともなく声が飛んだ。
「あと一分!」

 そして。

 どこからともなく、声が起こった。
「59! 58!」
 たった一人のものだったそれは、瞬く間に広がり、いつしか大合唱となる。

「47! 46!」

 すごい。
 心臓の音もなにも聞こえなくなった。それほどの、驚きだった。

 全員が時計を見つめて、声を張り上げて。

 ステージの下にいた七尾や舟木たちが目を丸くしてこちらを見上げた。
 俺たちも、多分同じ顔をしている。
 教師たちも、驚愕を顔に張り付かせて生徒たちを見つめていた。上がった怒声は瞬く間に飲み込まれてしまう。

 森本と顔を見合わせた。
 お互いに、相手の丸く見開かれた瞳に、自分の顔を見出す。

 そして、俺たちもみんなに合わせて声を上げた。

 声を上げるにつれて、なにか大きなうねりが全身に押し寄せてくるような、そんな感覚。
 全員が一つになったかのような、そんな錯覚。


 全員が、一つになった。
 そう実感した瞬間だった。

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