高校騒動記〜文化祭死闘編〜


 それから…

//青海詩織(おうみしおり)//

 屋上に立った瞬間、眼に飛び込んでくるのは打ちつけたコンクリートの白と、空のかすんだ青。そして遠くにそびえる山々。田圃の茶色。
 すっかり葉を落とし、冬を迎える準備を整えた山は茶色く色づいている。
 深まる秋。それ相応に、風は冷たい。
 冬の訪れを予感させる冷たい風に、思わず身体を抱きしめた。

 寒くなった。
 足元から冷気が這い上がってくるようだ。
 吐く息が、少し白くかすむ。

 あのあと、親を呼び出されて。
 事情を全部聞いた父さんに、泣かれてしまった。母さんはただ笑って許してくれたけれど。
 ――信念に基づいて行動するのはいいけどね、詩織。
   周りの人を巻き込んだのはいただけない。

 笑ったあと、真顔になって言われた母の言葉。
 確かに、その通りだと思う。
 責任を取るとかなんとか言いながらも、結局は全校生徒を巻き込んだし、迷惑をかけた。


 今日は、停学があけてから初めての登校。朝一の朝礼で、全校生徒と先生たちに謝った――というか、謝らせられた。
 一斉に頭を下げたあと、みんなは拍手をしてくれた。
 それが、とても嬉しかった。

 あたしたちが取った方法は、正しくなかったかもしれない。それでも、認めてくれた。
 受け止めてくれた。

 それだけで、満足だ。


 音を立ててドアが開かれた。
「女史」
 声に振り返ると、渡会が笑っていた。
「あー、寒くなったなぁ」
 そう言って身をすくませて、また笑う。
「まあ、こうして集まるのも今日が最後だし、いいか」
 そういう渡会の頬は、わずかに腫れていた。父親に殴られたのだそうだ。
 怒られなかったのは、多分、住吉ぐらいだろう。あの家は、結構リベラルというか、なんというか…なところがあるし。
 カシャン、と渡会が隣に立ち、柵にもたれた。無人の校庭を見下ろし、かすかに笑う。
「いやしかし、住吉が女史のオジサンだとは思わんかった」
「はは」
 軽く笑うと、笑顔が返ってくる。
「そりゃ、必死で隠そうとするよなあ」
 先日。
 父母と教師の懇談会…のような場で、美知子さん(つまり、住吉のおかあさん)は、思い切り啖呵を切った。
 いわく。

 あたしは息子に自分が信じた道は貫き通せと常日頃言い聞かせてあるし、むしろ、このぼんくら息子がそこまでの行動力を持っていたことを褒めてやりたいと思ってますよ。教師に言われるまま唯々諾々と従っているなんて、そんなの子どもらしくないと思いませんか。反抗してこそ、子どもです。
 この子らをただ叱り飛ばすだけじゃなくて、こんな行動を起こさせるほど追い詰めた自分たちこそ、見つめ直すべきなんじゃありませんか?
 あたしはこの子たちを責めません。
 このあたしの息子と孫ですから。
 こんなことをしでかすほどの気概があったって、むしろ喜んでますよ。ええ。

 この最後の発言で、あたしと住吉の関係がみんなにばれた、というわけだ。
 同い年の姪がいるなんて、やっぱりあまり知られたくはないことだろうし、みんなも黙っててくれる、と一応は言ってくれている。
 ……保証はないけどね。


 ドアが開く音がした。
 振り向くよりも速く声が飛んでくる。
「おー、わたーにしおりん、早いねえ!」
 3組の連中がぞろぞろとやってきた。そう言われれば、のぞみの姿が見えない。と思ってるところに、野島の後ろからひょっこりとのぞみの顔が覗いた。
「打ち上げ。食べ物がないと、淋しいでしょ」
 そう言って、コンビニの袋を持ち上げて、笑う。
 あたしも笑顔になった。
「うちのクラスのやつらから、差し入れもらってるんだ。なんだかよくわからないけど、オツカレサマってさ」
 詠理がほんわりと笑った。
 レジャーシートを敷いて、その上に座ったところでドアが開く。現れたのは残りの三人。住吉と、森本君と、七尾君。
 彼らも手にビニール袋を持っている。
「クラスのやつらにもらった」
 そう言って、住吉が笑った。七尾君の顔はちょっと腫れている。やっぱり、父親に殴られたのだという。

 菓子類を出して。それぞれのコップにジュースをついで。
 そして、住吉の音頭で乾杯する。
「それでは、皆様。晴れて停学もあけたわけですが。
 ――今までいろいろと、本当にお疲れさまでした!」
 掲げられた紙コップが軽くぶつかり合う。
 いろいろとあったけれど、みんなの顔にあるのは笑顔。
 それが、嬉しい。
 もらい物のポテチをつまみながら、野島が口を開いた。
「結局、朝のチェックなくなるんだろ。よかったよな」
 今朝、正式に学校側からのコメントがあった。
 毎朝の所持品・頭髪・服装検査は、これを機に廃止する、という。授業の方は、担当教師の側の問題になるらしい。教師の方で、もう一度いろいろと検討するそうだ。
「……学校、変わるといいなぁ」
 ポツリと透子が呟いた。
「変わるだろ」
 間髪いれず、七尾君が答える。
「絶対、変わるって」
 七尾君は笑顔で言い切った。
 希望、というよりは、強い声に口調。
 学校は、変わるだろう。
 今すぐの変化ではなくても、今回のことで意識が変わった生徒たちが、きっと変えてくれる。
「別に、俺たちの代で変えなくてもいいんだよな。一代でなにかを変えようなんて思うほうが無理なんだよ」
「うッわー、わたー、どうしたの真面目なこと言っちゃって。変なもんでも食べたんじゃない?」
「…ふーなーきー。お前さんねえ」
 二人の様子を見てのぞみが笑った。
 のぞみと、渡会。
 二人の間になにがあったのかはわからないけれど、のぞみの渡会に対する態度も、変わり始めた。
 今までのようにべたべたするのではなく、距離を置いて。
 なにがあったのかは訊かない。
 あたしは、第三者でしかないから。
 笑い声がおさまると、ふ、と沈黙が落ちる。
 それに乗せるように、森本君が静かな声を落とした。
「……井名里、二年前に妹さんを亡くしてるそうだ。交通事故で。―――暴走族に、はねられたらしい」
「………そうか」
 住吉が低く呟いた。
「……だから、あんなに…?」
 のぞみが、呟く。
 意味をなさない言葉。
 だけど、誰もが理解できてしまう、言葉。

 だから、あんなに――。

 ふう、と誰かが吐息をついた。
「…会長には、酷なことしちゃったなぁ…」
 思わず、呟いた。
 しんとなった屋上に、冷たい風が吹き抜ける。
 しんみりとしてしまった空気を、渡会が手を叩いて打ち破った。
「まあ、考えても仕方ないって。あいつのやり方には問題もあったんだし、やってしまったことを悔いても仕方ねーべ。第一、今更どのツラ下げて謝るよ」
「……そう、だね」
 そうだ。
 あたしたちに、謝る権利なんかない。
 あたしたちがしたことは、彼の気持ちを、思いを、全て否定したことにもなるんだから。
 ポン、と大きな手が頭に乗せられる。
「そう。お前が気にすることねえよ」
 そのままぐりぐりと撫でられて。渡会の手が離れていく。
 手を追ってそちらを見やると、渡会の微笑みにぶつかった。
 なぜかあたしの心臓を落ちつかなくさせる、笑み。
 文化祭以来、あたしと渡会の関係は、少しだけ変わったような気がする。
 そう、距離が近くなったというか。
 別になにも変わっていないはずなのに、なにかが違う。そんな関係。
 …まあ、別に、だからどうってわけじゃないんだけどね。

「あーあ」
 大きくのびをして、野島がごろりと横になった。冷たい床に。
「…しかし、疲れたなー」
「本当になぁ」
 のんびりと頷くのは七尾君。
 少しくつろいだ姿勢で、ジュースを飲みながら森本君があたしたちを見た。
 そして、訊いた。

「――後悔、してる?」

 一瞬沈黙が落ちる。
 そして、誰もがにやりと笑った。詠理だけは微笑んだだけだったけれど。
 そして、口をそろえた。

「まさか!」

 透子が笑い出す。
「後悔なんてするわけないよ、思いっきりやったもん!」
「うん。なにもしないほうが絶対後悔してたわ。あんな状態が続くなんて耐えられなかったもん」
 のぞみも笑いながらこたえた。男たちもそれぞれの表情で笑っている。
 あたしも少し考えて、そして言った。
「――うん。いろいろあったけど、後悔はしてない。むしろ、思い切って動いてよかったと思ってる」
「おまえは考えるよりも動くタイプだからなあ」
「どういう意味さ、スミ君」
 住吉が声をあげて笑った。
 少し遅れて、みんなも、笑う。

 見上げた先には、すっかり秋色に染め上げられた山々。そして、高く澄み渡った、空。

 のんびりとした風景。
 こんなところには、やっぱり、のんびりとした学校が一番似合う。

 ひとしきり笑ったあと、住吉が言った。
「ほんとに、みんな、お疲れさん」

 その言葉に、みんな照れくさそうに笑う。
 そして、満面の笑みになった。


 笑顔が自然に浮かぶ。
 そのことだけでも、よかったと思う。
 後悔してたら、こんな笑顔が浮かぶわけないから。

 空は青い。
 寒空の下、こうして集まるのももう最後だとは思うけれど、でも、少し前までは全くの他人だったあたしたちがこうして集ったことを思うと、それだけで満足できる。

 そう言うと、悟ったような顔で、透子と野島が重々しく言った。
「それが青春さ」

 ぴったり綺麗にはもったその言葉に、全員が吹き出した。
 空まで届きそうな、そんな明るい笑い声だった。

...end


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