タラシ……って? 2
//渡会直哉//
退屈な授業が終わった。鞄に教科書やペンケースを投げ込んで、教室を出る。すると、すぐに西岡が追いついてきた。
「渡会君、待ってよ!」
待たねー。
なんて言ってみても、こいつは聞きやしないんだ。当然のように腕にぶら下がってくる。
なんだかなぁ。
西岡って、なに考えてるんかわかんね。俺なんかよりももっとイイオトコならごろごろしてるだろうに、なんで俺にかまうんだか。
夏の大会が終わってから、放課後が急に暇になった。昼休みとか、放課後とか、時々道場で稽古したりしているけど、ほとんどが自主錬だ。大会が終わって、個人戦で優勝できなかった俺たち剣道部は、生徒会との約束通り廃部になった。それでも、顧問の先生が時々道場を使わせてくれているから、剣道は辞めずに済んだんだけど。
それから、毎日の生活がひどくつまらなくなった。
なんにもない、生活。
剣道に全てを注いできた俺にとって、廃部はかなり痛かった。
俺が住んでる町は小さくて、剣道場なんかなくて、それがさらに俺を落ち込ませた。剣道をやるには市街地まで出なきゃならねえ。そんなめんどくさくて金のかかること、できるわけがない。
「住吉君、どうなったんだろうね」
腕にぶら下がっている西岡がそう言った。
さあな。
あいつのことなんか、もうしらねえ。
あんな最低男のことなんか。
ああ、くそ。なんで青海はあんな男がいいんだ。
屋上の重たい扉を押し上げる。
白々とした光が目にまぶしい。
青い空を背景に、金の髪が眼に飛び込んできた。
青海だ。
「ああ、渡会――に、西岡。ちょうどいいところに」
微笑んでそう言った青海の髪を、当然のように触っているのは森本だ。腹が立つ。
むかついて青海から眼をそらしたとき、西岡が素っ頓狂な声を出した。
「えーっ? 七尾くんじゃん、なんで!?」
なに?
驚いてそちらを見ると、七尾が立っていた。
そう、あの、七尾が。
嘘だろ。どうやってつれてきたんだ。
その隣に座っている住吉を思わず見やった。視線に、住吉はにやりと笑って肩をすくめて返す。
こいつ、どんな手を使ったんだ?
「びっくりだよな。昨日の今日で、もう七尾くん連れて来るんだもん」
笑いながらそう言った青海の髪は、ポニーテールに結われていた。金の光が目にまぶしくて、思わず眼を細める。
七尾と住吉は顔を見合わせて笑うだけ。
「…ま、これからよろしく、渡会」
「――おお」
まあ、よろしくはするけどさ。一応「同志」なわけだし。…だよな?
「おい、住吉。一体どんなテを使ったんだ?」
住吉は強面の顔でにやりと笑った。眼は笑っていない、口だけの笑み。…迫力がある。
「や、ちょっと人生相談にのっただけ――」
突然七尾が笑顔で住吉の首をしめた。
「住吉! …いやいや、なんでもねえよ、うん。まあ、なんだ。他でもない友人の頼みだから聞かないわけにはいかねえし? 住吉が困っているのならば俺も手を貸しましょう、というわけなのだよ」
…なのだよ?
なんか、こいつって、こんなキャラだったんか?
「スミ君、友達だったんだ?」
「――たった今、なったらしい」
眼を丸くして言った青海の言葉に、住吉は「けほ」と咳き込みながら答えた。
…なんだかよくわからねえけど、まあ、とにかくこいつも仲間になったってことだよな?
首を傾げているところに、屋上のドアが開いて三組メンバーが姿を現した。
「ありゃ? あややや? 七尾ォ!?」
とぼけた声は、野島だ。
ふ、と住吉が苦笑する。そのときだった。
七尾の表情が変わった。
丸い眼をさらに見開いて、三人を凝視している。三人――いや、その視線の先にいるのは――向井?
七尾の存在に驚いていた向井は、その視線に怯えたように舟木の後ろに隠れた。
なんだ?
七尾の顔が、見る間に明るく輝いていく。
なんだ?
七尾はにっこりと微笑むと、いきなり向井に向かって歩き出した。
「あ、おい!」
住吉が慌てたように…そして、どこか不審そうな顔つきで後を追う。
森本が、そして青海が、眼を丸くして七尾の様子をうかがっている。
七尾は舟木の前まで来ると足を止めた。ひょい、と細い身体を折り曲げて、舟木の背に隠れている向井の顔を覗き込む。
「おい!」
住吉の叫び声は、まったく無視された。
にっこりと七尾が微笑んだ。
「ねえ、きみ」
…って、あらら。向井、すっかり怯えてるでやんの。
が、七尾はそんなことにはかまわずさらに身を乗り出した。
「俺とさ、付き合わない?」
―――あァ?
「なに言ってんだお前は!!!」
ものすごい怒声が響いた。
とたん、七尾の体がのけぞる。住吉が首に腕を回していきなり後ろに引っ張ったのだ。
「なにって、見ればわかるだろ」
いや、わかるとかそういう問題じゃねえのでは。
「ふざけるな!」
住吉は真赤な顔で怒鳴る。かなり怒っているようだ。対する七尾は、胸倉をつかまれているくせにけろっとしている。
「ふざけてなんかねえよ。大体あんたが言ったんだぜ? とにかく片っ端からくどきまくれって」
「…ちょっとスミ君。なんの話?」
眉間にしわを寄せた女史の露骨に不審そうな声が割り込んだが、
「お前には関係ない!」
との住吉の言葉に跳ね返される。
「え? 関係ないとか言っていいの? ちょっとは関係あるような気が」
「関係ない! …それは置いといて、仲間はくどくな!」
「えー? なにそれ。でもさ、そのこ、かなり俺好みなんだけど。これってほら、ビビッときたって奴? いやマジできたんだけど今」
ビビッと…?
住吉の動きが止まった。
そのまま音がしそうな動作で振り向き、向井をしばらく見つめた後。
「それでも、ダメだ」
低い低い声でそう言う。
「なんでだよ、おまえも協力するって言っただろ? 今って治す絶好のチャンスだと思うんだけど。てか今しかねえよほんとに」
「ダメだったらダメだ」
「なんでだよ。協力するって嘘だったのか? 俺を騙したわけ? 大体さ、あんたに関係ねえじゃん。俺はそのこをくどいてんの。関係ない奴は引っ込んでてくれない?」
一瞬、沈黙が降りた。
七尾は「へッ」と音が聞こえそうな顔で笑うとさらに言った。
「それともなに? そのこ、あんたの彼女とか? まさかねぇ」
直後。
「そうだ!!」
全校中に響き渡るような大声が屋上に轟いて―――って、待たんかい!
今、なんつった?
「ええ? マジで? うっそ」
七尾じゃねえけど、嘘だろ?
「なんで嘘なんかつかなきゃならねえんだ!」
真赤な顔で怒鳴る住吉。……って、マジかよ。
「す、住吉君……ッ」
蚊の鳴くような声が聞こえた。見ると、舟木の背後に隠れた向井の顔が真赤になっていた。どうやら完璧に興奮状態の住吉には聞こえていないようだ。
「――おまえ、もう一度こいつくどいたりなんかしてみろ。バラすからな」
地を這うような低い声に七尾の表情が凍りついた。
「おまッ、そーれは卑怯だろう!」
「卑怯でもなんでもいいから、こいつだけはダメだ」
いや、そんなことはどうでもいいんだけど。どういうことなんだよ住吉。
と、そのとき、軽やかな笑い声が聞こえた。
「ムダだよ七尾君。スミ君とエーリは中学から付き合ってるんだから」
えっ!? と叫んだのは、俺だけではない。ほぼ全員が住吉と向井を見つめた。
――嘘だろ?
「――チッ、仕方ねえな。ここは住吉の顔を立てといてやるか」
七尾が軽く身を引いた。住吉があからさまに安堵する。
「って、ちょっと待ってよ! じゃあなに? 住吉と青海はどういう関係なのよ。付き合ってるわけじゃないんでしょ!?」
「俺も、訊きたい」
西岡の言葉の後、俺も頷く。
今度は青海が気まずそうな表情をする番だった。住吉と顔を見合わせて、意味ありげな表情をする。
「イトコなんだーみたいなベタなこと言うなよ?」
住吉が口を開こうとしたとたん絶妙のタイミングで野島が言う。口をまた閉じて、住吉は軽く苦笑した。
「イトコじゃあねえんだが…親戚、だな」
「うん、そう。親戚、だね」
なんだそのものすごく微妙な表情と科白は。
「親戚って…じゃあ血のつながりはあるんだ?」とは森本。
そう、それ。そこんとこ重要だろう。
「ああ、しっかりつながってる」
「しっかりね」
また、微妙な言い方。
はっきり言わんかはっきり。
しかし、なんだ。付き合ってるわけじゃなかったんか。
そうか。
「しっかしあれだなー。俺、てっきり住吉と青海ができてるもんだとばっかり思ってたさー」
「俺が聞いた噂もそんな感じだったな」
野島と森本がのんきな会話を交わしている。
…住吉が実は彼女持ちで。しかも青海とはただの親戚だってんならさ。
――青海は、完璧フリーってことじゃねえの。
そりゃめでたい。って、なに考えてんだ俺。
住吉が真赤な顔して「おら、作戦練るぞ」と言っているが、そんな声も遠く聞こえる。
そうかー。
青海は、フリーなんだ。
ふーん。
住吉と森本がなにか話しているが、言葉は全て耳を素通りしていく。
結局、解散するまで、俺はずっと一つのことだけ考えていた。
|