Happy Christmas
俺は今、大きな賭けに出ようとしている。
そう、これからの俺の人生を左右しかねない、どでかい賭けに。
青海詩織とクリスマスを過ごす。
それも、できれば二人だけで。
いくら鈍い青海でも、その意味に気づかないはずがない。
だから、つまり……その、なんだ。
クリスマスにかこつけて、いいかげんこのどーにも曖昧なオトモダチ関係に、きっぱり別れを告げようと。
でもって、俺の申し出をあいつが快く受けるか否か。
それが、俺の運命のわかれめ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
12月。
こんな田舎にも、クリスマスはやってくる。
朝っぱらから浮かれた調子で、七尾が明るく訊いてきた。
「なぁなぁ、おまえらクリスマスどうすんだ?」
なんとなく、鞄を持ったまま廊下でだべっていた俺たちは、その言葉に七尾を見た。
あの怒涛の文化祭からこちら、俺たちは特に用がなくても自然と集まるようになっていた。
ちなみに、今朝は青海以外のメンツが揃っている。青海がいないのは、あいつがいつも遅刻寸前に駆け込んでくるから。
顔を見合わせた俺たちを見て、七尾がきれいな顔を明るくほころばせてきぱッと笑った。
「もしなにも予定ないんだったらさ、みんなでパーティーしねぇ?」
パーティー?
クリスマスパーティーか?
少し、戸惑う。
なににって、あの七尾の口からそんな言葉が飛び出したことに。
「いいけど。セブン、女の子とすごすんじゃないの?」
舟木がきょとんとした表情でそう指摘した。たしかに、まがりなりにも学年1――下手したら学校1の美少年とかいうウワサのある七尾だ。女子からのお誘いが絶えないのでは。
ところが。
舟木の言葉を聞くやいなや、七尾は顔を引きつらせ、そしてほんのり白く雪を冠した遠くの山々なんかをおもむろに眺めやった。…なんか、表情死んでないか?
「…女ね…。女はもういいかなーなんてさ…」
うふふふふ、なんて呟くその様は、かなり不気味だ。思わず全員が奴から身を引く。
住吉が恐る恐る声をかけた。
「…な、七尾…?」
「女は恐いよ。ホント」
うふふふふふふふ。
不気味な笑みは続く。
「いいんだ。天使は俺の心の中にちゃんといるから……女なんか、女なんか……」
………一体なにがあったんだおまえ。
ヤバイだろその死んだ魚みたいな眼は。ヤバイだろその言動は。
なんて答えようか迷っていると、住吉が珍しく遠慮がちに手を挙げた。
「……24日は、パス」
思わず奴を見る。そのとなりでは、向井が、恥ずかしそうにもじもじしていた。
…………ああ。
そう。
そういうこと。
ふーん。
しらっとした空気が流れたところで、無駄に元気な奴がやってきた。
「おはよー。こんなところでなにやってんの? 寒くない?」
いつも元気な青海さんは、今日も今日とてハイテンション。
「しおりんおはよー。今ねー、クリスマスに集まってパーティーしよっかって言ってたのよ」
「クリスマス? イブはパス」
「なんで?」
考えるよりも早く口から言葉が飛び出していた。しかも自分でも驚くほど語気が強い。
やばい。余裕なさすぎだ俺。
青海は青いオメメをきょとんと丸くして、あっさりと言った。
「だって、クリスマスはイギリスに帰るし」
「イギリスー!?」
絶叫は何も俺一人のものじゃない。
「なにそれ!」
西岡が叫べば、
「俺も行く!」
と無意味に元気に七尾が叫ぶ。
……俺はといえば、ショックでそれどころじゃなかった。
イギリスかよ。
時差何時間あるんだよ。
――なんだよそれ。
呆然としている俺の前では青海を中心に話が弾んでいる。
「終業式は?」
「終わったらそのまま行くんだ」
「いつまで?」
「4日まで」
…てことは初詣もできないってことかよ。
ああ。俺の野望が崩れていく。
住吉と森本に肩を叩かれ、トドメを刺された気分になった。
「わたー、今度の日曜日、あいてるー?」
「あー?」
「その日にやろうかって」
やる? なにを?
疑問に思ったのは一瞬で、すぐに察して顔をあげた。
日曜。前半部活だ。
「午前中部活だけど、午後ならあいてる」
「じゃあ決まりだね!」
舟木が元気な声をあげた。
そのあとは、女たちが勝手に予定を立てて、集合時間と会場を決めて。
男はそれをただ見ているだけ。
ぼーっとしているうちに段取りが整い、それと同時に予鈴がなった。
「うわー、楽しみー」
満開の笑顔で舟木が言えば、青海も弾んだ顔で相槌を打つ。
うん。
楽しいだろうな。
でもさ。
俺はどうせならもう少し、ちょっとでいいから、夢を見たかった。
バラバラと教室に向かって歩き出す。
すれ違いざまに男連中に肩を叩かれて、ほんの少しだけせつなくなった。
あーあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
校門で待ち合わせて、ぞろぞろと住吉宅へ向かう。
住吉の家は青葉高校から徒歩15分ほどの住宅街の中にあった。
チャイムを押すと、すぐにドアが開いて、
「いらっしゃい」
笑顔の青海が現れた。
「しおりん早いねぇ」
「準備手伝わされててさ」
そう言って中へと促す青海の足元では長いスカートがパサパサ揺れていた。ロングスカートってーの?
住吉の家は、普通の民家って感じだった。冷たい廊下を進むと、すぐ横の座敷に通される。準備の途中だったのか、大きいこたつの上にかけられたテーブルクロスには不恰好に皺がよっていた。
「住吉は?」
首を傾げた七尾に「買い物」と答えて、部屋の隅に積んであった座布団を俺たちに手渡した。
すっかり「自分の家」だな、青海。まあ親戚なんだから当然かもしれないけど。
「ご両親は?」
コートを脱ぎながら森本が言う。
「うちの親とダブルデート。帰りは遅くなるから、楽にしてていいよ」
だからここは誰の家だ。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「あ、手伝う」
言った西岡に「いい、いい」と笑って、全員の希望を聞いて青海は部屋を出て行った。ストーブが静かな音を立てる。
早速こたつに足を突っ込んだ七尾と野島が「あったけ〜」とうなった。
そうしている間に住吉が帰ってきた。その隣りには向井。
「早かったな。道わかったか?」
「七尾が道間違えた」
「違うだろ、俺じゃないだろ。道案内したの野島じゃん」
「そうだっけー」
「そうだよ!」
そんなやり取りにけらけら笑う。こたつがぬくい。ストーブの熱が気持ちいい。
「また雪降ってきたぞ」
「え、マジで」
そんなことを言い合って、青海が入れてくれたコーヒー紅茶で一息ついて。
日が暮れる頃には、すっかりなごやかムードになっていた。
目の前には白菜のきれっぱしが浮いている鍋と、チキンやサラダやケーキの残骸。そして空のペットボトルと空き缶。
親がいないのをいいことに酒も入って、すっかり皆タガが外れていた。
もちろん俺も例外じゃなく。
だから、舟木が言い出した、第一印象暴露大会なるものに、皆嬉々として乗ったんだ。
「じゃあまずトップバッターは、あいうえお順でしおりんからー!」
えー、とか言う青海の声に、七尾と野島のはしゃいだ声がかぶさる。
「しおりんの第一印象はぁー、派手ー!」
皆が一斉に頷いたところを見ると、誰もが感じていたんだろう。俺もだ。
「あたしはどこのヤンキーかと思った」
「俺も俺も。ビビったよ」
おまえは? と聞かれたので、
「でかい」
と正直に答えたら笑われた。
「みんなひどいよ」
青海はただ苦笑している。ほんのり頬が赤いのは、さっき飲んだシャンパンだろうか。
「詠理は?」
話を振られて、向井はおっとりと微笑んだ。
「なんだろう。綺麗な子って思ったなぁ」
「これが姪っ子なんてラッキーっていうのが最初の感想で、中身を知って幻滅したな」
青海の過去を知る二人の言葉に、どっと笑いが起こった。
手が早いしな。
住吉の第一印象は、「真面目そう」「堅そう」「融通が利かなさそう」といったものから「すけべっぽい」まで様々だった。最後の言葉に青海が爆笑して住吉に頭を叩かれた。
なんやかんやと言い合って、俺の番。
「渡会って、一年の頃はチビだったよな?」
いきなり嫌なことを言い出す奴がいた。七尾だ。
「そうそう、あんまり大きくないのに剣道がすごく強かったのよね」
「一年のくせして一人で賞状もぎ取ってたから、結構有名だったよな」
西岡と野島がそう言って、向井と青海が頷いていた。
「…そーかぁ?」
俺としてはあんまり実感が無い。
「…俺より身長が低いくせして、バレーではアタックバンバン決めてたよな」
ぼそりと森本。恨みがこもっているように聞こえるのは気のせいじゃないと思う。
えー。その節は大変申し訳ない。
「しおりんは?」
舟木の言葉に、青海はちらりと笑った。
「うーん。姿勢がいいなぁって思ったかな」
その言葉になぜか住吉が「へぇ〜」と呟いて、青海に睨まれていた。
なんじゃらほい。
青海は俺の隣りで笑っている。
「俺って姿勢いいか?」
聞くと、ちょっとこっちを見て、また笑った。
「うん。今だって」
普通に座っているだけだけど。あんまり意識したことがないからよくわからん。
だけど、青海も姿勢がいいと思う。脚を崩して、手で体を支えているけれど、横から見た中心線がまっすぐだ。
やっぱあれかな。背が高いから、姿勢とか気にしてるんかな。
なんてことを考えていると、すぐ横に置かれた青海の手が目に入った。女にしては大きい部類に入るだろう、手。長い指がやけに俺の目を刺激してくる。
解けた氷で薄くなったジュースで急に渇きだしたのどを潤して。
軽く、指先を触れさせてみた。
ぴくりと青海の指が動いたけれど、逃げるような様子はない。
胸から上が熱くなる。一杯だけ飲んだ酎ハイが回ってきたのだろうか。
「渡会ってスキー得意?」
「おお、歩き出すと同時に板履かされたぞ」
「じゃあ今度すべりに行かね?」
「いやー今はボードだろ。なかったら兄貴に借りてやるぞ」
「ボードもできるよ」
「森本は? 滑れる?」
「スキーは得意だよ」
この地方では、子どもはみんなスキーが得意だ。運動音痴の森本も、さすがにスキーはできるらしい。まあそうだろな。
俺は七尾や野島、森本とそんな話で盛り上って。
隣りでは女たちが映画やドラマの話で盛り上って。
ずっとしゃべっていたけれど、俺は動かなかった。
隣りの青海も、なぜか動くことはなかった。
触れ合っていた指先が、しびれたように熱かった。
電車やバスの都合から、九時前に住吉の家を出た。外はすっかり銀世界。踏みしめるごとに、降り積もった粉雪が鳴く。コートのポケットに手を突っ込んで。
白い息を吐きながら、みんなでぞろぞろ歩いた。
「わたー、マフラー無しで寒くない?」
「こっちはまだ大丈夫だけど、家のほうがなぁ。あっちのが寒ィ」
ほんの数駅離れるだけなのに、うちのほうが雪が多い。高度の差だ。
さっきまでの興奮が残っているのだろう、寒い寒いと言いながらも、皆の声は弾んでいる。十字路で青海が足を止めた。
「あたし、こっちだから」
「わたー、送れ!」
いきなり舟木がそう言って背中を押してきた。
「え、イイよ悪いし」
「ダメだよ! 最近変な人多いんだから、こないだ教頭が注意してたでしょ!」
他の皆もそれに同意する。
青海は困ったような顔をしていたが、強引に腕を取って促した。
「ほれ、行くぞ」
「え、でも」
「しおりん、わたー、ばいばーい。よいお年を〜」
舟木、お前はいい奴だ。ものすごくイイ奴だ。
感謝を込めて手を振ると、ニヤニヤ笑いで見送られた。
手を振って、諦めたように肩を落として、青海が隣りに並ぶ。俺と帰るの、実はいや?
急に心配になったが、
「ごめんね、ありがとう」
そう言って笑ったので、胸が温かくなった。
青海は寒そうに両手をこすり合わせて、指先に息を吹きかけている。真っ赤になった指先。
「手袋は?」
「今朝穴あけちゃって。買いに行く暇なくってさ」
そう言って苦笑する青海の顔と手を見比べて。
「ん」
思わず自分の手袋を脱いでいた。
差し出した手袋と俺の顔を見比べて、青海は驚いたように眼を丸くする。
その口から拒絶の言葉が飛び出す前に、慌てて言い足した。
「家に着くまで、してろよ」
一瞬の沈黙の後、青海ははにかむように笑って、手袋を受け取った。自分の手にはめられた俺の手袋を見て「大きい」と笑うと、そのまま両頬に当てて。
「あー。あったかい」
そう笑った。
なんちゅうかこう。
思いっきりのーてん直撃っていうか。
今ですか。
告白するなら今ですか。
覚悟を決めてポケットに突っ込んだ手を握り締めたとき。
目の前に、前に来たことのあるマンションがそびえたった。
「渡会、ありがとう」
にっこりと笑って青海が振り向く。
はやいよ。
近いよ。
………くっそう。
さっきまでの甘い空気はあっという間に霧散して、青海はパキパキと手袋を脱いで俺に差し出してくる。
「……どういたしまして」
手袋にほんのり残った温もりを確かめる。ああ俺ってせつない。
なんてことを思っていると、いきなり首元に熱が降ってきた。
「え?」
顔をあげると、青海がにこにこと笑っている。
「プレゼント」
「え」
さっきまで青海がしていたマフラーが、俺の首に巻いてあった。グレイと白のストライプ。
「あっ!」
慌てて右手を引き出した。
「俺も」
手の中には小さい紙袋。
青い眼を丸くして、照れくさそうに笑った青海に、また心が熱くなる。
「ちょっと眼、瞑って」
「えー?」
言いながらも眼を瞑った青海の後ろに回り、クリスマス仕様の紙袋をかじかんだ指で急いで開ける。
そしてそっと青海の髪をまとめて、横に流した。
「え、なに?」
「黙って」
かじかんで震える指を必死に動かして、三回目にやっと金具がとまる。
髪をもとに戻すと、さらさらと指の間を滑り落ちた。
「いいよ」
眼をあけて、青海は真っ先に自分の胸元を見た。そこに揺れる小さな四葉に目をとめて、とても嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
その笑顔だけで、なんだか満足してしまった。
マンションを出ると、いつの間にか雪がやんでいた。空を見上げると雲の合間から星がのぞいている。
マフラーに顔をうずめると、ほんのりと甘い香りがした。
告白はできなかったけど。
二人きりのクリスマスなんてのも出来なかったけど。
まぁこれでいいか、と、指先の痺れを抱きしめた。
2005.12.24
|