高校騒動記〜三年生編〜


 春は希望の季節だとか 2

//西岡のぞみ(にしおかのぞみ)//

「春ってさ、希望の季節だよね、やっぱり!」
 そう言ってからっとした笑顔を浮かべたのは透子だ。
 時折舞い落ちてくる桜の花びらを宙で掴もうと必死になりながら、思い出したように突然そう言う。
 そんな彼女のペースには、去年の秋以来すっかりなれてしまった。去年の文化祭を境にすっかり仲良くなった友達。透子の隣りで、まるで桜みたいに笑っている詠理とも、仲良くなったのはそのころからだ。それまでは、ちょっとした顔見知り程度でしかなかった。
 やっぱり、逆境っていうのは、人の距離を縮めるのに大いに役に立つわけなのよ。
 …ま、一番近づきたかった人には近づけなかったけどね。
 背筋をピンと伸ばして真っ直ぐに歩く人を思い出しかけて、慌てて頭から消す。
 いいんだ。あれは終わった恋。
 ちゃんと気持ちを伝えて、ちゃんと誠実にお断りされて、終わったんだから。
 もうあんな恋は忘れて、次の恋に生きるのよ。
 そう、だって春なんだし。
「春はやっぱり、出会いの季節でしょ」
 そう、春は出会いよ、出会い。なんてことを思って一人こぶしを握り締めていると、詠理がほよんと口を開いた。
「うん。春は恋の季節だしね」
 一瞬、沈黙。そして次の瞬間には、透子が詠理の頭を撫でていた。
「うん。そうだね。でもね、詠理。年がら年中らぶらぶなあんたにはそれ絶対に言われたくないよあたし」
「同感。年中春の陽だまりなくせに」
 詠理はこれまた秋から急速に仲良くなったガタイのいい男と付き合ってる。なんでも、中学校からの付き合いらしい。ずいぶん息の長いカップルだと思う。付き合って一週間で別れたカップルいたもんね。それと比べれば奇跡だわ。
 ま、カップルの性格にもよるんだろうけど。
 駅前の、スーパーやらお店やらがだんだんなくなっていく。代わりに広がるのは田んぼ田んぼ田んぼ田んぼひたすら田んぼ時々民家。ついこの間まで茶色だったそこには緑の葉っぱとレンゲの花のじゅうたんが広がっている。
 二年前のこの季節にはすっかりぐれて眺めたこの景色にも、なじんでしまった。のどかな光景。鳶の高い鳴き声が聞こえる。
 駅で透子と一緒になり、彼女が待ち合わせていた詠理と合流して高校へ向かうのは、いつものことだ。
 五分も歩けば、四角い校舎が見えてくる。
 咲き零れる桜の下を通って、正門を通り抜けた。
「あーあ、詠理とはクラス分かれるかぁ」
 残念そうに透子が呟いた。彼女はあたしと同じ、短大志望だ。四大を志望している詠理とはクラスが分かれる。
 でもそれは仕方がないことで、透子もわかってはいるのだろう、寂しそうに笑っている。
 目の前で、先生たちが生徒に紙を配っていた。クラス分けが書いてある紙だ。
 もらおうと手を伸ばしたとたん。
「あ、お前たちは三人とも一組だ」
 さらりと言われて、目を丸くした。
「…はぁ?」
 透子が間抜けな声をあげる。
「一組? あたし、短大クラスだよ?」
 短大志望は、四組に集められるはずだ。一組は、難関私大とか、国公立を狙うやつらのクラス。
 なにかの間違いでしょ。そう思って、紙をもらおうと手を伸ばしたとたん、また言われた。
「いや、三人とも一組だ。早くクラスに行きなさい」
「そんなの変だって。ちょっと見せ――」
 透子がそう言って先生の手元を覗き込もうとしたけれど、あっさりとかわされる。
 なんか、変。
 すっごく、変。
「…せんせー。なんで紙見せてくれないの?」
 先生は無言で他の生徒に紙を配っている。あたしたちのことは無視。
 詠理が透子の袖をひいた。
「…透子ちゃん。クラス、行ってみよ?」
 そう言って、今度はあたしの腕をひく。
 あたしと透子はしばらく先生たちを睨んでいたけれど、諦めて詠理の言葉に従った。


「絶対変だって! ありえないもん。三組ならともかく一組? ありえないって」
 一組から三組は成績で分けられる。ちなみに五組は別名就職クラスだ。
 足音荒く階段を上る。透子も勢いよく頷いた。
「またなんかたくらんでるのかなぁ先生たち。もうなにもしないのに」
 去年の秋、あたしたちはちょっとした騒ぎを起こした。それはもう、とってもかわいらしいものだったけど。
 でも、それ以来、妙に先生から睨まれるようになって(あたしはそれ以前から睨まれてたけど)。
 でも、それにしても……一組っていうのは、やりすぎでしょ。ちょっと。
 ほとんど走るようにして他のクラスの前を通り過ぎ、廊下の奥の一組の教室に向かう。
 教室の前までくると、透子は軽く息を吸って、そして勢いよくドアをあけた。
 ガラガラ、という音が教室に響く。
 まだ時間が早いからだろう、ぽつぽつとしか生徒がいない教室の中。
 目に留まった人影に驚いて声を出すよりも早く。
「あぁッ!!」
 と、透子が頓狂な声をあげていた。
 ゆっくりと、窓際の男子生徒が振り返る。
 光を反射して光ったのはメガネだ。
 自慢じゃないけど視力は2.0。あたしの視線の先で、そいつはメガネの奥の細い目をさらに細めた。そして、あからさまにため息をついた。




 それから10分後。
 次々と教室に入ってきた「反生徒会メンバー」は、窓際の席に座るメガネ男の顔を見るなりみんな同じ反応をした。面白いくらいに。
 顔をこわばらせ、一声叫ぶ。そして、あたしたちがいるところ、つまり廊下側になんとなく集まって、あいつを見る。
 違ったのは森本君ぐらいだった。
 彼は、窓際のメガネ男、つまりは井名里を一目見て眉を上げた。そして、片手を上げて、言ったんだ。
「奇遇だな」…って。
 やっぱあんたはメガネ男の仲間だわ。メガネだし。あの住吉君でさえ一瞬うろたえたのに。
 いつのまにか、あたしたちとメガネ男の間には距離ができていた。いや、距離があるのは当たり前なんだけれど、その間に人が入ってこないの。
 みんな、あたしたちを見たとたんびくっと身をすくませて、そのまま教室の前か後ろで固まっちゃって。
 ……別にとって食いやしないわよ。失礼な。
 そして、予鈴が鳴る直前。
 「メンバー」最後の一人がやってきた。
 金髪女。青海詩織。
 金髪女は青いオメメを真ん丸に開いてメガネ男を見つめていた。もう絶句って言うやつだ。
「あ、しおりん」
 そんな青海に透子が声をかけた。とたん、弾かれたようにこっちを振り向いた青海の顔は――もう、傑作。
 透子の挨拶は聞こえてません、あたしのイヤミも聞こえません、みたいな表情で、驚いた声で言った。
「なにやってんのさこんなところで」
 唖然、としか言いようがない表情。
 うん。気持ちはわかるわ。だってあたし短大志望だし。あたしの後ろにいる野島なんか就職組みだし。
 とっても気持ちはわかるのよ。
 呆然としている青海に、あたしたちは諦めにも似た笑みを向ける。一人本を読んでいる森本君はいつもどおり飄然としているけど。まあ、こいつはニンゲンじゃないからいいのよ。
 理解できないのかしたくないのか、青海は同じ質問を繰り返す。そんな彼女に、あるいはあたしたちにか、苛立ったのか突然森本君が口を開いた。
「多分もう察しはついてるんだと思うけど。認めたほうが早いよ」
「………それって、もしかしなくても」
 青海、顔が引きつってるよ、あんた。
 そう、と頷く動作は八人分。つまり、青海を覗いた全員。
 代表して住吉君が言った。はっきりと。きっぱりと。
「冗談抜きで、“反生徒会メンバー”全員一組」
 その一言で、青海はがっくりと肩を落としてため息をついた。



 そのあと、またしばらく井名里と睨みあっていたけれど、森本君のお言葉で撤収。彼に言われるまでもなく、クラスの一般ピーポーの方々にご迷惑をおかけしていたのは自覚してましたから。
 ばらばらと自分の席についたらちょうど予鈴が鳴った。
 あたしの前は七尾君だ。同じく、メンバーの一人。去年の秋から仲良くなった一人だ。
 彼はくるりと身体を後ろに向けてあたしの顔を覗き込んできた。
 七尾君は、かっこいい。学年で多分一番顔がいいんじゃないかしら。その彼が話し掛けるあたしに、女の子の視線が集まっているのがわかる。
 悔しかったら、自分から話し掛けたらいいのよ。
「どうするよ」
「どうしようか」
 お互い言いたいことはよくわかる。とっっても。
 こんなクラスにきて、いったいなにを勉強しろって?
 学年トップの森本君は当然のことながら、住吉君も、詠理も、頭がいい。野島もあんな外見しておいて実は結構成績いいし、渡会君もそうだ。青海も、悔しいけど勉強はそこそこできる。透子は、まあ普通だとして。
 …問題なのは、それ以外。つまり、あたしと、七尾君だ。
 二年の一学期まで赤点とるのはいつものこと。それ以降は森本君のスパルタでちょっとは浮上したけれど、でもこの頭イイクラスでやっていけるほどではない。断じてない。野島なんかホントは就職組みなのに。
「…ミョーなことになっちゃったよねぇ」
 ため息混じりにつぶやいたときだった。本鈴とともにドアが開き、男の人が教室に入ってきた。
 見たことがない。新任?
 はじめてみるその人は、まだ若かった。どう見ても三十代前半。いや、もしかしてまだ二十代?
 周囲の女の子が浮ついた調子でざわめき始めた。
 七尾君がちょっと悔しそうな顔をしたのが見えた。
 …そう、その人は、七尾君と同じくらい顔がよかった。まあ客観的に見てだけど。あたし好みの顔じゃないけど。
 その人は教壇に上がると、教室を見渡して言った。
「始業式が始まるから、これから体育館に移動するように」
 その一声で、がたがたと生徒が立ち上がる。同じように立ち上がって、なんとなく七尾君や野島、透子と一緒になりながら廊下に出ようとした。
 ふと、視線を感じて振り返る。
 すると、若い男がこっちを見ていた。なんとなく意味ありげな視線は、すぐにそらされる。
「…なに、あれ」
「あー、あれじゃねえの? 警戒警報」
「ノッチー意味不明」
 透子の語尾に、低い声が重なった。
「教師全員に要注意令でも出てるんじゃないか」
 振り返ると、住吉が立っていた。その隣り、大柄な住吉の陰に隠れるようにしてくっついてるのは詠理。…相変わらず、お仲が宜しくて結構なことで。
 そしてその隣りには当然のように青海が立っている。
「それより、あたしたち全員集められたのって、やっぱり臭いものには蓋をしろってこと?」
「ミもフタもないねぇしおりん」
「でもそういうことだろ」
 さらりと言ったのは渡会君だ。相変わらず、ぴんと伸びた背筋。…悔しいけど、かっこいい。
 と、渡会君と目が合った。反射的に顔をそらしてしまい、自己嫌悪に陥る。渡会君があたしを見て、困ったように頭をかいた。
 そんなあたしたちを、青海は変な顔で眺めていた。





 秋のアノ事件以来、上の方々から散々責任を問われていたらしい校長タヌキは、なぜかいまだに壇上で長々としゃべっていたりする。てっきり移動になるかと思ったのに、まだ居座るつもりらしい。教頭もそうだ。まぁ、後一年の辛抱なんだけど…って、それはお互い様か。
 校長の長ったらしい話の後、新任の先生が紹介された。壇上にあがった先生たちは、わりと若いひとが多い。
 噂だけど、問題の多い学校には若い先生(イコール新米)が回されるんだって。でも、青葉ってそんなに問題が多いわけじゃないし(むしろのんびりしてるし)、噂は噂ってことよね、きっと。
 紹介された先生の中には、さっき教室まで呼びに来た若い男の先生もいた。なんか、周りの女の子たちがざわざわしている。
 退屈な時間がすぎて、式も終わりに近づくと、ようやく担任の発表だ。
 どうせ三年生だし、しかも一組だし、それなりにベテランの、それもバリバリやる系の先生がつくんだろう。
 あんまり暑苦しい先生は勘弁して欲しいなぁ。まあそう言う奴にはきっと森本君あたりがつめたーく対応するんだろうケド。
 二年の担任が発表される。歓声があがったり、あがらなかったり。この瞬間って、先生にとってもある意味きついよね。人気のあるなしがモロにわかるから。
 二年の発表が終わって、ようやく三年担任の発表だ。一組は、当然最初。
「一組、大城先生」
 ……おおき?
 聞き覚えがあるようなないような。そう思って首をかしげたのとほぼ同時。
 周囲の女子たちが黄色い悲鳴を上げた。
 頬を染めて、はしゃぐ女の子。
 だから、誰よ。
 講堂の壁際に並んだ先生たちを見やる。そして、見た。
 にっこり笑顔で手を振るのは若い男。
 三十分ほど前教室であたしたちを意味ありげに見て。
 そしてついさっき壇上で校長に紹介されていた、その男。


 ―――って、いくらなんでも、あれじゃ若すぎるでしょ!






 大城とかいう若い先生に先導されて教室まで戻る。その間も女子たちのはしゃいだおしゃべりは止まらない。
「意外な作戦に出ましたねぇ」
 ねぇ透子。作戦とかそれ以前の問題としてさ。
「あんなわかぞーに受験クラスがつとまるんかいね」
 そうそれ、それよ野島。
 金髪をさらさら言わせて青海が首をかしげながら言う。
「なに考えてんだろーねぇあのタヌキ」
「タヌキはタヌキらしくうどん屋の前ででーんと座ってればいいんだ」
「おや、珍しいねセブンがそんなこと言うの」
 普段あまり悪態とかつかない七尾君がいきなりそんなことを言ったから、かなり驚いた。驚いたのはあたしだけじゃなくて、青海も、渡会君とかも眼を丸くしてる。
 つんつん立てた髪に手を突っ込みながら、野島が気のない声で言った。
「まあ俺にゃ関係ねーけどよ。なに考えてんだろうね、校長タヌキは」
 あたしたち問題児9人とその天敵井名里を同じクラスに集めて、それをあんなこないだまで大学生してましたーみたいな若い人に任せようって?
 野島じゃないけど、なに考えてんの、校長。
「ま、もしかしたらだけど、意外と実力ある人だったりしてな」
 低く呟いたのは住吉君だ。
「あのタヌキからも信頼されてたりして?」
 皮肉な笑みを浮かべて言うのは渡会君。
 メガネの奥の鋭い瞳を細めて、森本君も言った。
「それでなくても大変な受験生だ。新任に任せるなんてことはあまりないだろうし、さらにそのクラスには就職組みも混じってる。それをあえて任せるってことは――それなりの人物なんじゃないか?」
 そう、例えば、わざわざうちに引っ張ってきたとか。
 そう言って、森本君はしんとなったあたしたちを見渡したあと、口元に寒々しい笑みを浮かべた。
「ま、どんな人間だろうと俺には関係ないけどね」


 ………あたしにとって、一番怖いのはあんただわ。




 教室の前では大城先生が自己紹介をしている。相変わらず回りの女子がうざい。頬染めてひそひそなにかささやきあってる。
 大城真一郎とか言うらしいその人は、あまりきれいとは言えない字で黒板にでかでかと自分の名前を書いた。やめてよ、あの字。読めないし。どうやったら「真」の字があんなに崩せるの。
 自己紹介のあと、すぐ横の女子が作ったような高い声でいきなり尋ねた。
「先生って、彼女とかいますかぁ?」
 鳥肌が立つような、甘ったるい声。周囲の男子の苦い顔がちらりと見えた。
 大城先生はカンペキな笑顔を顔に貼り付けたまま、答えた。
「いないよ」
 キャーっと、押し殺した黄色い声がそこここで沸きあがる。だから、いいかげんにしてよあんたら。ここは女子高じゃないっての。
 ところが、大城とやらもたいしたタマで、女子の反応はきっぱり無視して出席を取り始めた。相変わらず胡散臭い笑みを保ったまま、「読み方間違えたら言ってくれ」などとのたまっている。
 赤尾から始まって、井名里、井上、と続く。青海のところでいったんつまったが、あっさりと「おうみしおり」と呼んだ。ちょっと驚いたようなざわめきが広がった。
 前に青海がこぼしてたのを訊いたことがあるけど、国語の教師でも読み方がわからない人って結構多いらしい。だから、大城が読めたのは意外だった。青海も驚いたような顔をしてる。
 あ、大城は、物理の先生なんだとか。物理って聞いただけで敵と認識したわ、あたし。
 それは置いといて。
 大城は名前につまることなくすらすらと読んでいく。時々生徒に訂正されるのは、濁点がつくかつかないかといった些細な点で、大きな読み間違いはしてない。住吉君の名前もあっさりと「かずのり」と読んでいた。
 あっという間にナ行まで来た。
 中村君が返事をしているのを聞きながら、内心思った。
 でもまぁ、あたしの名前は一発読みはムリでしょ。いや名字じゃなくて、名前のほうね。今まで読めた先生いないもん。
 七尾君の名前が呼ばれる。
 その次。
「西岡」
 と言ったっきり、大城は沈黙した。名簿を眼を眇めて見つめている。
 ――勝った。なんとなく、そう思った。そのとき。
「――のぞみ? にしおかのぞみ?」
 あっさりと、大城はあたしの名前を読んでのけた。
 うそでしょ?
「西岡。読み方あってるか?」
 問われて、反射的に返事をしていた。
 大城は頷いて、名簿になにか書くと、次の生徒の名前を呼ぶ。
 …驚いたのは一瞬で、なぜかは知らないけれど悔しさがふつふつと湧き上がってきた。
 国語の教師に読まれても別にいいけど、よりによって敵の物理教師に名前を読まれてしまうなんて。
 いや、別にたいしたことじゃないけど、でもあたしにとってはたいしたことなのよ。
 希未…未来への希望と書いてのぞみと読ませるなんて力技でしかないとは思うけど、むちゃくちゃだとは思うけど。
 一度ですんなり読んでくれたりしたら、決まってなんか嬉しくなってたけど。
 ……でも、なんか悔しい。
「……気にくわねーあいつ」
 ぼそり、と、突然七尾君が呟いた。
 驚いたのは、それがまさにあたしが考えていたことだったから。
 眼を丸くしたあたしを振り返って、七尾君は小声で言う。
「なんか、あの笑顔が嘘くさくて気味悪い」
「同感。得体が知れないっていうか――キモイ」
 大きく七尾君が頷いた。
 顔がイイとか悪いとか、これはそういうレベルの話じゃなくて、もっと生理的なもの。
 そう、あたしは優男はきらいなのよ。やっぱり男はスポーツマンよスポーツマン。
 ……いや別に七尾君がどうとかは言ってないからね。
 黒板の前では相変わらず同じ笑顔を顔に張り付かせて一年の予定なんかをしゃべっている男がいる。カンペキな笑顔。それがヒジョーに嘘クサイ。
「…気に入らないわ」
「気にいらねえ」
 あたしの呟きに、同じ言葉で七尾君が答える。
 一年間の予定をしゃべり終えた大城が、やっぱり嘘クサイ笑顔をあたしたちに向けて、よく通る声で言った。
「え――、このクラスには何人か去年騒ぎを起こした者がいると聞いているけど」
 周りのおしゃべりがピタリと止まった。
 張り付いたような笑みがわずかに変化する。そう、なんだか、皮肉げな表情。紛れもなくあたしたちに向けられたそれに、首筋の産毛が逆立つような、そんな感覚。
「俺がこのクラスの担任になったからには、勝手なマネはさせないからそのつもりで」
 さっきよりもわずかに低くなった声のトーン。
 思わず息を呑んだあたしの目の前で、大城はさっき見せた表情をきれいに消し去って、またもとの笑顔を顔に貼り付けて言った。


「じゃあ、一年間、よろしく」




 ……誰がよろしくするか。


 呟いた声が重なった。
 思わず七尾君と顔を見合わせる。
 先ほどからの呟きの応酬で、意思疎通は多分カンペキ。
 考えていることは一緒だと――表情が、物語っている。
 がたがたと椅子を引く音が聞こえた。大城の号令で立ち上がった人々にまぎれて。
 あたしと七尾君は、半年前と同じ、不敵な笑顔をかわして。


 そして、しっかりと、互いの手を握った。


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