高校騒動記〜三年生編〜


 こりないやつら 1

//舟木透子(ふなきとうこ)//

「じゃあ、一年間、よろしく」


 にっこり笑顔でそんなことを、その人は言った。






 ざわざわと、昨日とは打って変わって和やかな雰囲気の教室。窓からそそぎこむのは春の日差し。ざわざわと新緑を揺らす風が気持ちいい。
 そんなさわやかな春の教室。
 ……でもなんでだろう。春のさわやかさとは無縁な光景が繰り広げられたりしてるのは。


「あ、それポン」
「……もりもとー…」
 レオが捨てた札を指差して鳴いた(なんかそういう風に言うんだってノッチーが言ってた)のはすみよっしー。強面の口の端に笑みを浮かべて手札を場に出すすみよっしーの顔を恨めしそうに睨みつけるのはわたーとノッチーだ。わたーに睨まれて、レオが「悪い」と呟いてる。
 ちなみにレオってのは森本クンのあだ名。ノッチーが野島クンで、わたーが渡会クン、すみよっしーが住吉クン。
 チェッと舌を打って、セブン(七尾くんのことです)が場から札を引く。あまりいいカードじゃなかったんだろう、あからさまにきれいな顔をしかめて、いまいましそうにカードを投げ捨てる。とたん。
「チー」
 とノッチーに鳴かれて、セブン、思わずうめいて顔を覆ってしまった。
「ほいほいほい…っと。俺上がりね」
「げ、てめえか7持ってやがったのは!」
「あ、それポン。で、俺も上がりだ」
 だああっと、わたーが叫ぶ。
 えーと。ノッチーとすみよっしーが連続して上がり…勝ったってことよね?
 残った男三人は、手札と相手の顔を睨んで唸ってる。
 …ねえ。本気でどーでもいいんだけどさあ。
「あんたらなにやってんの朝っぱらから」
「トランプ」
 イヤそれ見たらわかるんですけどノッチー。
「ふけんこーきわまりないわよねぇ」
 あ、のぞみん。きてたんだ。
「きてたわよ十分も前からちゃんと。透子もなんとか言ってやってよ、こいつら賭けてんのよ」
「えっ!?」
 なんですと!?
 思わず男たちを見やると、どうやらなんとか上がったらしいわたーがあたしたちを振り返った。
「金は賭けてねえよ」
 金は…ってことは、なにか別のものをかけてるとか?
「おっ、舟木するどいねぇ。ちょっとね、パシリ決定戦をば」
 パシリ決定戦?
「おもしろそうじゃん」
「だろ? 今のところ、ダントツトップは俺様。負けナシ」
「へー、ノッチーってなんか弱そうなのに」
「相変わらず失礼ですねー舟木サン。俺カードゲームは結構強いのよ? 鍛えられてますから」
 あら失礼。つい本音が出ちゃったよ。
「で、パシリになりそうなのは?」
 にやり、と、ノッチーとすみよっしーが二人して笑った。…すみよっしー、あんたの笑顔はいつもながら迫力だわ。
「驚くなよ? 森本と七尾がパシリ争い展開中だ」
 思わず二人を見ちゃったよ。
 うわー、レオってば、いつにも増して不機嫌オーラ。
 セブンってば、またまた眉間に皺なんか寄せちゃって。ファンが減ってもしらないよー。
「いやファンとかそんなんどうでもいいけど。ああ、もう、次は絶対勝つからな!」
「次に勝ってもトップにはまだまだ遠いんだってことわかってるんかねぇ」
 ノッチーの言葉に言葉に詰まるセブン。ノッチーはすました顔でカードを組んでいる。
 と、突然上から声が降ってきた。
「なにが遠いって?」
 あらこの声は。
「相変わらず余裕ねぇ青海。家が近いと楽でいいわね、羨ましいわ」
「イヤミならよそでやれ、うざい」
 朝っぱらから飛ばされたのぞみんのイヤミを受けるのは、いつもながら朝はちょっぴり機嫌が悪いしおりんだ。三年になっても相変わらず低血圧は健在らしい。普段よりも低い声、据わった青い眼。
 しおりんは不機嫌そうな顔つきで、再びゲームをはじめた男どもを一瞥する。そして、言った。
「なにやってんのあんたら。朝っぱらから」
「ナニって、トランプ」
「そりゃ見たらわかる」
 ノッチーの言葉をばっさり切り捨てて。ゲームの結果が書かれた紙をちらりと見て、またばっさり。
「なに、賭けてんの? やだねえオトコはこれだから」
 朝のしおりんはどこまでもクールだ。
 男たちも慣れたもので、しおりんは無視してゲームに没頭する。引かれる場札。捨てられるカード。
 と、唸るセブンにいきなりのぞみんが声をかけた。
「ちょっと七尾、あんた今度こそ勝ちなさいよ!」
「うるさいな、ちょっと黙ってろ」
 ん?
「珍しいじゃん、のぞみんとセブン、まだ仲良しさん継続中?」
「あったりまえでしょ! あたしたちは一心同体なんだから!」
 うわお。と、隣りのしおりんが小さく声を上げたのが聞こえた。はっきりとしたのぞみんの声は、教室中に届いたんだと思う。
 一瞬、クラスメイトの視線がこっちに集中して。
 そして、確かに聞こえた。
 …女の子たちの、ひそひそ声。
「……まーた敵増やして。好きだね、まったく」
 しおりんの呟きに、無言で同意する。困ったように笑ってるのは詠理だ。
 そんなあたしたちを無視して、のぞみんは「負けたら承知しないわよ」とセブンに檄を飛ばしてる。
 なんだか珍しい光景だなーなんてのんびり見てると、なんとかセブンが上がったみたいだ。それに遅れてノッチーとすみよっしーが上がる。
「見ろ、勝ったぞ!」
「嬉しそうなのはいいんだけどさ。でもお前がビリ付近なのはかわらんの」
 冷たいわたーの言葉にがくりとうなだれる。
 んー?
「でも、ビリから抜け出せたんでしょ? だったらいいじゃん」
「「よくない!」」
 間髪入れず言ったのは、セブンと、そして意外なことにのぞみんだった。
 おや?
「あれ、脱パシリ争いやってるんじゃなかったの?」
 パシリ? と首をかしげるしおりんはとりあえずおいといて。
「脱ってなんだよ脱って。じゃなくて、俺が1位になったらこいつら全員仲間に入れる約束だったんだ」
「仲間…って」
 まさか、としおりんが小さく呟いた。
 その言葉に大きく頷いたのはもちろん例のあのお二人で。

「“反大城同盟”に決まってるじゃない!」


 …強くこぶしを握って宣言したのぞみんの姿に、あたしたち全員が大きく脱力したのは言うまでもない。




 のぞみんの宣言と同時に本鈴がなって、これ幸いとその話題は打ち切りになる。カードを片付ける暇もなく教室に入ってきたくだんの人物を眺めながら、あたしは内心首をかしげていた。
 だって、正直、なんでのぞみんとセブンがあんなに毛嫌いしてるのか、さっぱりわからない。
 昨日の入学式のあと、あの二人はいきなりあたしたちみんなに宣言したんだ。
 ――あの胡散臭い教師に対抗するぞーっ! って。
 いやまあ、胡散臭いと言われれば確かに頷いてしまうところもあるし、あの二人が反発している理由もなんとなくわかる。
 食えない人だなーとも思うけど。
 でも、たったそれだけの理由で人を嫌うのって、よくないじゃん?
 そういうわけで、今回の「同盟」設立には、わりとみんな消極的。
 まあ、昨日の今日でなにがわかるってもんでもないし、様子を見ようって言うのが大体の本音だろうけど。
 黒板の前には、手元に配られたプリントの説明をしている大城先生の姿がある。
 はきはきとしたしゃべり方。ざらつかない、耳にすんなりと落ち着く声。
 正直に言うと、先生って、かなりかっこいいと思う。少なくとも、あたしは好みのタイプだ。
 なんていうんですか、すっきりとした目尻とか。目とか、きれいだなーって思うし。髪の毛も、なんかさらさらしてそう。
 身長もわりとあるっぽくて、もしかしてわたーよりも大きい? すみよっしーと同じくらいかもしれない。でも、すみよっしーよりも断然スリム。…なんていうと詠理に怒られるから言わないけど。
 メガネかけたら似合いそうな感じ。そう、知的なタイプって言うのかな。物理よりも数学の方が似合うとおもう。絶対。
 でも、先生って、かなーりのぞみんの好きなタイプだと思ったけど、違うのかなぁ。わりと、こういうタイプって好きそうだと思ったけど。
 …まあ、わたーとは全然タイプ違うけどさ。


 わっかんないなぁ。
 なんであの二人、あんなに嫌がるんだろ。




 首を傾げるあたしや、苦々しげな顔をしているあの二人には先生は気づかない。はきはきした口調で、一年間の予定や、今月の予定なんかを説明してる。
 で、と、先生が言った。
「今日中に各委員と、係りを決めてしまわないといけないんだけど――」
 とたんに教室中に広がるだれだれムード。
 めんどくさい、と誰もが思ってるだろう、この空気。
 しょうがないよねぇ。ここってバリバリの受験クラスだし。そんなめんどくさいこと、誰もしたがらないよ。
「まず決めるのはクラス委員と保健委員。他はあとだ。誰か、立候補はいないか?」
 いるわけないです、そんなもの。
 ちらちらと、空気とともに視線が流れる。
 向かった先は教室の一番端。
 去年生徒会長を務めていた、そしていまだ会長職にいる、あのヒト。
 流れた視線は、いったん会長に集中したあと、うろうろとさまよい始める。次に向かうのは――あたしたち。反生徒会メンバーの面々。
 えーとなんだろう。気持ち的にはこんなところかな。
 クラス委員、押し付けるのに一番適当な人間は、井名里仁史。やっぱり去年生徒会長をしていたからって言うもっともな、もっともすぎる理由がある人間。
 でも、ちょーっと待て。
 井名里仁史を推薦したら、反発する人間がいるんじゃないか? そう、ほら、そことか、そことか、あいつもそうだし、あいつも……。
 ――とまあ、こんなもんでしょう。
 周囲の皆様のなんとなくびくびくした態度が、あたしの推測が間違ってないことを証明してる(と思う)。
 なんとなーく硬直状態の生徒たち。
 さあ、どうしますか? 先生。
 お手並み拝見、と眺めていると、大城先生は困った表情であたしたちを見渡して、言った。
「困ったな。立候補も推薦もないとなると、くじになるけど……それでもいいのか?」
 困ったなぁとか言いつつあまり困ってなさそうに見えるのは、たぶんあたしの気のせいだ。
 よくないよくないと首を振るのは周りの人々。くじ引きはよくない、でもうかつに推薦できない。そんな空気がよく見える。
 しょうがないなぁ。そんな表情で先生が苦笑したとき。
 よく通る声が、硬直した空気を切り裂いた。
「住吉」
 教室の中の全員が、名前を呼ばれた人と、名前を呼んだ人を、一斉に眺めた。
 どちらかと言えば細い目を真ん丸に見開いて、すみよっしーが頬杖をついていた手を外す。
 教室をさっきとはまた別の意味で硬直させた現生徒会長は、冷たくすら感じられるやや低めの声で、言い切った。


「君がやればいい」




 静まり返った教室の中。真っ先に我に返ったのは、先生じゃなく。
「――井名里、お前、自分が言ってることわかってるか?」
 名指しされた本人、すみよっしーだった。会長のメガネの奥の眼がすっと細くなる。中指がつとメガネを押し上げて。
「君がやればいい、と言った。やれよ」
「お前がやればいいだろうが!」
 すみよっしーの眉間に皺が寄る。またまた教室は緊迫感に包まれる。
「君の方が適任だろう」
「なに言ってんだ生徒会長。お前以上の適任者がどこにいるんだ」
「俺よりも君の方が知名度も信頼度も上だ」
 意外な一言に、すみよっしーが一瞬言葉に詰まった。
「…なに言ってんだ?」
「だから、君がやればいい」
 話が振り出しに戻りかけた。
 パン、と手を打つ音に、二人の口が閉じられる。視線の先には大城先生。
「二人に聞こう。クラス委員には誰がふさわしいと思う?」
「住吉です」
「井名里です」
 ほぼ同時に答えた二つの声。
 大城先生は困ったように笑った。
「両想いだねー二人とも」
 うわ今の寒っ、とのぞみんが顔をしかめて口を動かしたのが見えた。声は聞こえなかったけど、たぶん意味はあってると思う。そんな顔だった。
 大城先生は壇上で首を傾げてる。
 なんとなく思うけど、「見せ方」を心得てる人だ。どういう仕草をすれば、人の心がつかめるか。
「さて、どうしよう。二人はこうして譲り合っているけど……誰か他の推薦はないか?」
 念のため、みたいな口調で訊いてみても、誰も答える人はいない。まあ当たり前だけど。
 うーん。と、先生が唸った。
「しょうがないな。じゃあ、ここは一つ、どちらがいいか挙手をしてもらって――」
 えっ!?
 ちょっと待ってよ先生、それはまずいでしょ!
 慌てたようなざわめきが起こる。
 みんな、思ってることはひとつだ。
 そんなバツの悪いこと、できないってば!
 気がついたら、声を上げていた。


「――じゃんけんッ!」



 言ったのは、あたしだけじゃなかった。
 複数の声がひとつに重なって。


 聞き覚えのある、ありすぎる声に、振り返るよりも早くめんどくさそーな声が耳に飛び込んできた。
「二人にじゃんけんさせればいいじゃん。挙手させるよりも早いしすっきり簡潔わかりやすい」
 長いさらさらの金髪をかきあげて、青い眼が挑むように周囲を、そして壇上の先生を眺めやる。
 先生が口を開くよりも早くあとを継いだのはまた別の人。
「挙手なんて、そんなこと誰がするのよ。もうちょっと空気を読みなさいよ空気を。そんなことして教室の空気がさらに悪くなったらどうすんの? すっきり簡単にじゃんけん。決定」
「そーそー。じゃんけんならあとくされもないし、誰も文句はいわねえだろ。勝負は時の運。なあ」
 不機嫌そうな口調でのぞみんが言い、そっけない口調でわたーが周囲に同意を求める。
 そして、三人の視線があたしに向けられた。
 その視線の言わんとするところは、ひとつ。
 ――了解しました、隊長!
 心の中で敬礼をして、口を開きかけた先生を無視して立ち上がる。
 そして、言った。
「勝った人の運がいいのか悪いのかはあたしにはわからないけども! とりあえず、勝っちゃった人はクラスに骨を埋めてください!
 ってことで、行くよー!」


 せーのッ。


「さーいしょーはグーッ
 じゃーんけーん」




 ぽん。






 そんなわけで、ただいま壇上にはすみよっしーが立ってたり、する。
 なんだか無理やりやっちゃったじゃんけんの結果は、有効性を持っていたみたいで、なし崩し的にじゃんけんに勝ってしまったすみよっしーがクラス委員になってしまった。
 そんなに恨めしそーに見ないでよ、すみよっしー。夜眠れなくなっちゃうよ。寝るけど。
 不機嫌そうに委員名を読み上げる住吉の隣りでは、一人の女子が読み上げられる委員名を黒板に書いている。矢沢さんと言うその人は、確か女バスのキャプテン。女子たちの推薦で、女子のクラス委員になっちゃった人だ。
 不機嫌そうなすみよっしー。
 なに考えてんのかわからないけれど、頬杖をついてそんなすみよっしーを眺める会長。
 先生をやり込められて気分がいいのか、珍しくすっきりとした顔をしているのぞみん。と、ついでになんとなく勝ったような顔してるセブン。
 わたーは興味なさそうに寝の体勢に入ってるし、ノッチーは机の下に隠したマンガをこっそり読んでる。でもって、同じよーに机の下に本を隠して読んでるレオ、あんたノッチーと同レベルだよ。
 詠理は、すみよっしーの姿を嬉しそうに眺めているし。いつも幸せそうでホントにおなかいっぱいだよ、あたし。
 窓際の席のしおりんは、なんだか嬉しそうに窓の外を眺めてる。
 黒板の前ではすみよっしーがなんだか貫禄みたいなものを見せて各委員の立候補者を募ってる。すみよっしーは、なんとなく、こいつに任せたらだいじょーぶみたいなオーラが出てるから、まあ、みんなも、すみよっしーに限っては特に反発はしないだろう。
 会長も、それがわかってるからあえてすみよっしーを名指ししたのかも…?
 いやいやそれは考えすぎか。
 なんたって、去年あれだけ衝突してたもんね、あたしたち。
 そんなことをぼーっと考えてたら。


 …あれ?



 一瞬。ホントに一瞬だけれど、窓のところにもたれるようにして教室を眺めていた先生の眼が、するどく細められて。
 そして。あたしたちを見て、愉しそうに笑ったんだ。
 笑顔、というにはなんか引っかかるような、そんな笑み。


 それは一瞬のことで、またたきした後には先生は前のにこやかな人好きのする表情に戻っていて。



 ………気のせい、だったのかな?




 首を傾げるあたしの前では。


 まったくでない立候補者に、すみよっしーが、困ったような、でもちょっぴり機嫌が悪くなっています、みたいな顔をして立っていた。


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