…おまけ。
どしん、と、地響きとともに天井から吊り下げられた蛍光灯が揺れた。
遅い夕飯を取っていた住吉家の長は新聞から顔を上げて天井を見上げた。ぱらぱらと細かな埃が舞ってくる。
「……蛍光灯の裏もそろそろ掃除せんといかんなあ」
「じゃあ次の日曜日にお願いしますよ」
茶を入れながら、冷たく妻が切り返してくる。
食卓が片付いていてよかったと思いながら無言で差し出された湯飲みを受け取り、住吉氏は熱い茶をすすった。
ふすま越しに怒鳴り声が聞こえてくる。
「だからっ、そんなに怒るほどのことじゃねえだろ」
「怒るに決まってるだろ、先に帰るって言ったのは誰だ!」
「そりゃ俺だけど――って、うわぁッ!」
バン、と、ふすまが大きな音を立ててしなった。
ず、と夫婦は茶をすする。
「数実かな」
「あの子ならふすまが破れますよ。おおかた布団でしょ」
騒ぎはおさまらない。
「だいたいッ、なんでみんなしてのぞいてるんだよ! エーリや森本君までっ!」
「そりゃ面白そうだからイテッ」
ドカッとなにやら音がした。
「詩織おまえ蹴りはやめろ! おまえのアシ凶器なんだから――だからヤメロって!」
イタッ、イタッ、と断続的に聞こえてくる息子の悲鳴にも、夫婦は顔色一つ変えない。眉一つ動かさない。
「今日はバート君は帰りが遅いんだったかな」
「もう帰ってるでしょ。どうせ邪魔な娘追い出して新婚気分を満喫してるんでしょうよ」
「詩織も不憫だなぁ」
「まったくね」
おそらく現在進行形で虐げられているであろう息子をまったく無視した感慨を漏らす二人には、息子の悲鳴はきっと届いていない。
「だからっ、別に好きとか告白したわけじゃないから、いいだろ!」
「どういう理屈だ! いいわけあるかバカ――ッ!!」
バリッと。
音を立てて、とうとうふすまが破れた。
夫婦の視線が同時にふすまに――その破れ目から顔を出している息子に向けられる。彼は、珍しくも「しまった」という表情をしていた。
「あの、その、これは」
「数実」
息子の言い訳を静かに遮り、住吉夫人は厳かに尋ねた。
「誰がそのふすまを直すんだい?」
ず、と住吉氏は茶をすする。
そして、やはり厳かに言った。
「私だね」
夫人は夫を見る。軽く咳払いをすると、再び威厳を取り戻し、宣告した。
「数実がやりな」
「俺が? 詩織は!」
息子の指の先の孫を見て、夫人は軽く鼻を鳴らす。
「詩織、遅くなる前に早く帰りな。明日も学校あるんだろ」
「はーい」
「差別だ!」
叫んだ息子を一瞥して「区別だよ」と一蹴する。
そして湯のみを置いた夫を見た。
「ほら、あんた、早くお風呂に入ってくださいよ。片付かないんだから」
「ハイハイわかりましたよ」
新聞をたたんで住吉氏は席を立つ。
なにやら悔しげにぶつぶつ吐き捨てている息子の前を通り過ぎて、風呂場へ向かった。
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