月のきれいな晩だった。空高くにはみごとな真円の白い月が輝いている。その月のなかで、いくつかの黒い影が踊った。
男は走る。暗い、闇に包まれた路地から転がり出て、水銀灯が心もとなげにともっている公園に駆け込む。背後から、一定のリズムで靴音が聞こえていた。急ぐでもなく、むしろゆっくりとだが確実に彼を追い詰めていく響き。
薄暗い水銀灯が男を照らした。暗いその光の中に現れた顔はまだ若い。
彼の目前に、ふいに空から黒いものが降ってきた。
「!」
行く手を阻んだ影はゆっくりと人の形をとり始める。同時に男の左右にも影が降り立った。進退きわまって後方へ足を向けた瞬間、冷たい声が闇の中から響いた。
「――鬼か」
「違う。俺は鬼じゃない」
「鬼か」
「人違いだ!」
男が叫ぶと声は沈黙した。だが男を囲む黒い影たちは微動だにしない。
「……鬼ではないのか」
「そうだ」
希望を見出してそう同調した刹那、声の声音ががらりと変わった。
「では死ね」
「―――!!」
ざわり。
影が殺気を放ちながら膨らんだ。
閃光が走った。
男を中心に光のかたまりが盛り上がる。公園の闇を払拭し、また公園に闇が戻った時には男の姿はどこにもなかった。
「…逃げたか…」
小さな呟きを残して、声の主の気配も消える。
後に残ったのは、薄暗い水銀灯の光に浮かび上がる小さな公園だけだった。
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