「あそこのことを、あたしたちは“夜の王国”って呼んでる。どういう仕組みでああなってるのかは知らないけど、あそこに入れるやつには、なんらかの能力が備わってるんだ」
ナンはライトを指差した。
「たとえばこいつは、あの中では光を操る。でもいったん外に出ると、そこらへんにうじゃうじゃいるただのガキ。なーんの力もない」
ひどいな、と苦笑して、ライトは三人にうなずいて見せる。
「仮に今、俺がおまえらの誰かとけんかしたら――断言してもいい。俺は間違いなく五秒でのされるね」
「うわー、なさけねー」
ナンの冷やかしはなるべく耳に入れないようにして、ライトは続ける。
「でもあそこでなら」
三人に向けられるライトの顔に、自信に満ちた表情が浮かんだ。
「俺は五秒でおまえらを倒せる」
三人は悟った。おそらく、彼ならできるだろう。
指の背を唇に当てながら考え込んでいた千里が、顔を上げて二人を見た。
「それで、結局あそこはなんなんだ?」
言ったとたんに頭をグーで叩かれた。
「なに聞いてたんだおまえは」
ライトが言えば、殴った手で千里の頬をぴたぴたと叩きながらナンが言う。
「しらないっていっただろ。あれは前からあそこにあったんだって」
黙って話を聞いていた成一が、行儀よく片手を挙げた。
「センセー、質問」
「なんだい、イチ君」
とたんに成一は顔をしかめた。
「その呼び方は、ちょっと……やめてほしい」
ナンはちょっと表情をあらためて成一を見た。そしておもむろににやりと笑った。
「あ、はーん。彼女以外は呼んじゃダメとか?」
「いや、そんなんじゃなくって、ちょっと………ってーか話がずれてるし!」
万真は意外な顔で成一をまじまじと見た。万真の表情に気づいた成一が、ばつが悪そうに口を尖らせる。
「さっき言ってた“ゲーム”ってナニ」
成一にしてみれば、何気なく言っただけだった。だが、その言葉に表情を変えた二人に、成一もまた驚きに表情を引き締める。
ナンは新しいタバコに火をつけると、ポツリと呟いた。
「ゲームはゲームさ」
そしてしばらく宙をみつめていたが、おもむろにライトにあごをしゃくる。ライトがその辺に落ちていた棒を拾って戻ってくると、ナンは突然言った。
「小さいのもあわせると十八…いや、二十かな」
ぽわっと丸く煙を吐き出す。
「今あるチームはそれだけ」
ライトが大小さまざまな丸を地面に書いた。そのうち小さな丸をぐるぐると何重にも囲って「これが俺たち」と示す。
「まあ、簡単に言うとガキのケンカなんだけどさ」
あっさりといって、ナンは指で丸をつないでいく。
「“鬼”ってわかる?」
話を振られた万真は、少し考えて答えた。
「…鬼ごっことかの鬼?」
「ま、そんなとこ。その鬼を巡ってお互いが対立してるわけ」
言って、何本もひいた線の上に×をつけていく。
「それが抗争の始まり。今じゃもう複雑すぎて、抗争の原因なんて誰にもわからない」
よくわからない。考えながら、成一が口をはさんだ。
「チーマー同士のケンカみたいな?」
「ああ、そう! そんな感じ」
嬉しそうにナンが答えた。
「理由もわからずに、ただ気に入らないって理由でケンカしてんのよ。“鬼”を口実にしてね。その最たるものが――METH」
三人は思わずライトを見た。ライトは唇をかみしめて地面をみつめていた。
「METHは“鬼狩り”を口実に、手当たり次第にチームをつぶしてるんだ。やっぱりゲーム感覚でね。それで、いまやつらの獲物に指名されてんのが」
ほっそりとしたきれいな指が、ぐるぐると囲まれた丸を示した。
「うちだよ」
三人はナンの端正な面をみつめた。きれいな顔には今、苦渋の色が濃く表れていた。
「つぶされるのなんか冗談じゃない。死ぬのはごめんだ」
はりつめた表情で呟いたライトの言葉に、三人はどきりとした。
「や、やだな。これゲームなんだろ?」
上ずった成一の声に頷いて、ナンは言った。
「ゲームさ。命をかけた、ね」
沈黙がおりた。
さやさやと、風が彼らの髪をゆらす。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慌てて万真が言った。
「なんでそんな危険なことをしてるわけ?」
成一が同意の声をあげ、千里が問い掛けるように二人を見る。
ナンは淡いピンクの髪をくしゃっと乱して、コンクリートの山にもたれた。タバコの紅い炎がふらふらとゆれた。
「――どうしても、やめられないんだ」
コンクリートで短くなったタバコをもみ消す。
「いったんあの世界に入ったやつはね、ゲームに参加せざるをえないの。望む望まないにかかわらず」
「なんだよそれ!」
成一が叫んだ。ナンは空を仰ぐ。西に傾いた大きな月は、冴え冴えと白い光を放っている。
「特に一度能力にめざめちまうとね、やみつきになっちまうんだ。自分は特別なんだって言うのかな。マンガの主人公になったような気分。現実にはできないようなことが具現される。
―――実際は、ちっともいいもんじゃないんだけどね。どろどろしてて、血みどろさ」
言葉の内容よりも、ナンの表情の裡にあるなにかが、三人の言葉を奪った。
「死んだやつは、数知れない。昨日も、あたしと同期のやつが一人、殺されたよ」
万真は、形のいい額をさらして天を仰ぐナンの表情をみつめた。
どうしてこの人の瞳は、こんなにも寂しげなのか。
「……それでも、続けるの?」
「最初は、すぐに抜けるつもりだった。――でも、どうしてもやめられない理由ができちまった」
風が唸った。木々がゆれ、木の葉が舞い散る。
沈黙を破るように、突然誰かの携帯電話が鳴った。
電話をとって、耳に押し当てたナンの表情が変わった。
「どこだっ! わかった、すぐに行く! ――ゼンだ」
ライトの顔色が変わった。
駆け出したナンを見、三人を振り返る。
「ついてくるか?」
ライトのあせりと困惑が、夜の闇を通して伝わってきた。
三人は顔を見合わせる。相談するまでもなく、答えは出ていた。
ついてきた三人に気づいて、ナンはライトを怒鳴りつけた。
「なんでつれてくるんだ!」
「ほっとけませんよ、まきこんだのは俺だし!」
ナンに負けじと怒鳴り返して、ライトは三人に「気にするな」というふうに視線を投げる。
油膜に飛び込んで、とたんに訪れた暗がりの中を駆け抜ける。建物のあいだを縦横に走りぬける迷路のような路地を、二人は把握しているようで、迷うことなく進んでいく。
軽い衝撃が全身を襲う。と思ったときには、彼らはまったく別の通りを走っていた。さきほどまでの路地とは違い、多少心もとないが確かな灯りが存在している通り。水銀灯が点滅し、生まれた影は幾度となく闇に溶け込む。
「うおっ、ワープ?」
必要以上に大きな声で言った成一に応える声はなかった。
黙って先を走っていたナンが、突然振り向いて叫んだ。
「よけろ!」
反射的に脇へ飛びのいた三人のいた場所に、黒い柱が立った。
柱と見えたものは無数の影の集合で、それは柱から分離するとゆっくりと人間の形をとり始める。
「触れるなよ、あれに取り付かれると死ぬぞ!」
ナンの言葉に、三人は思わず我が身を省みて青くなった。
「触るなったって、もう触っちゃったよ……!」
呟いて、万真は無意識に両手をズボンにこすりつけた。
ライトが両手を前へ押し出した。
「おまえら、目ぇつぶれ!」
言うが早いか、彼の両手から光の球体が生み出される。
熱のない、純粋な白色の光を、彼は影に向かって思い切り投げつけた。
影が薄れ、消滅する。
駆け出した二人を追って、成一はライトの背中に声をかけた。
「すっげー、かっこいー」
ライトは無言だったが、どうやら照れているようだ。
再び路地の迷路に入り込む。
追いすがってきた影に何度も光を投げつけて、なんとか影をまいたと見えた頃、ようやくナンが立ち止まった。
低いビルにはさまれた路地にはなんの光もなく、ただ闇だけが横たわっている。
「あいたー」
突然ナンが言った。
「ついきちゃったよ」
ライトが周囲を見回し、路地の奥に目をやって、がっくりと肩を落とした。
「……ナンさん、よりによって」
「いやあ、無意識に近道しようとしちゃったみたいねえ」
悪びれずに言うと、ナンは路地の奥の暗がりに目を凝らした。
身を乗り出して、三人もそれに倣う。
心なしか、路地の奥がゆらゆらと揺らいでいるように見える。
「…はいらねえの?」
成一の視線を受けて、ライトはあごに手を当てて軽く首をかしげた。
「入り口があるのは見えるんだ?」
頷く三人。
ライトは困ったように頭をかいた。
「あれは“ルーレット”って言って、分刻みで出口が変わるんだよ」
思わず感心してしまった成一だった。
なんとも、芸が細かい。
(夢だと思いてーよ、ほんと)
まさかこれが現実のはずがないという、きわめて後ろ向きな姿勢で成一はそう考える。
「仕方ない、別の道を行くか」とナンが身を翻し、まだじいっと陽炎をみつめている万真の肩を軽くたたいて促そうとしたとき、万真が声をあげた。
「あ、ほんとだ。変わった」
確認を求めようとナンを振り仰いで、そこに奇妙な表情を見て口をつぐむ。
「……なにが、変わったって?」
「え…向こうの景色が……」
万真の声は尻すぼみになって消えた
ライトがまじまじと万真を見た。
「おまえ、向こうが見えるの?」
「え? 見えないの?」
逆に問い返されて、今度はライトが言葉に詰まった。視線を受けて、千里と成一は同時に首を横に振った。
「路地の闇しか見えない」
千里にきっぱりと言われて、万真は混乱しきった表情で頭を抱える。なにがなんだか、さっぱりわからない。
ひたすらうろたえている少女の肩をつかんで陽炎に顔を向けさせて、ナンが妙に低い声でささやいた。
「今、なにが見える?」
万真は目を凝らした。
陽炎の中で揺れ動いているのは――。
「長い髪の女の人。やけにひらひらした服を着てる。それと背の高いマッチョなお兄さん」
「B・Bだ」
確信的な口調で呟くと、ナンは万真の背中をたたいた。
「いいね、あんた。本物だ」
――ナニガ?
万真の頭の中は相変わらずハテナだらけであるが、ナンはそんなことには頓着しない。
「あ、そうか!」
突然ライトが声をあげた。
「ビンゴ」
彼に向かって親指を立ててから、ナンは万真のあごをつかんで耳に唇を寄せる。
「いいかい。今から言うことをよく聞いて。そのうち今から言うやつが見えるから、その瞬間をあたしに教えな。――OK?」
万真はわけがわからないながらも頷いた。
「いいコだ」微笑んで、ナンはささやいた。
「あんたと同じくらいの歳の男だ。長めの金髪を一つにまとめてる。――おぼえた?」
「……たぶん」
心の中で復唱してみる。
ナンは微笑むと、万真から身を離して、数歩さがって彼女を見守った。気がつくと、成一と千里がすぐ後ろに来ていた。二人は万真に身を寄せると、ささやきかける。
「大丈夫か?」
異口同音に言った二人にあいまいに首を傾けると、二人はそろってため息をついた。しょうがないな、ということらしかったが、二人はその場を動かずに、万真と同じようにじっと陽炎をみつめた。
スライドが切り替わるように、陽炎の向こうの風景が変化する。
女と男の姿は消え、代わりに誰もいない公園が映し出される。
幾度それが繰り返されただろうか、陽炎の向こうに、ふいに一人の男が現れた。
闇の中になぜかくっきりと浮かび上がる金髪。おびえた表情で、なにかを凝視している。
「見えた!」
叫んだ瞬間、万真は思い切り背中を押されて大きく前につんのめった。同時に後ろから誰かが折り重なってくる。
「うわ、わ、わっ」
こらえようもなく、万真は頭から陽炎に突っ込んだ。
「って、げえ―――っ!」
目の前に地面が迫っていた。
とっさに受身をとって転がろうとした万真は、直後に振ってきた人物の下敷きになって「ぐっ」とのどの奥から空気を漏らす。さらにどさどさっと物が落ちる音がして、そのたびに万真にかかる重みは増した。
「な、なんだ!?」
やや甲高い、うろたえた男の声がした。
折り重なった人山の上からナンはひらひらと手を振った。
「お待たせ」
「ナンさん!」
金髪の少年は安堵の表情になった。
いてて…とうめいて起き上がり、ライトは周囲を鋭く見渡す。ナンは片手を腰にあてて前方を睨みつけながら、ようやく起き上がろうとしている三人に声を放った。
「さっさと立ちな。死にたいのかい」
体の芯まで冷えるような声に、思わず千里と成一は飛び起きた。飛び起きて、下敷きにしてしまった少女に気づいて慌てた。
「あっ、わり」
「……生きてるかー?」
千里の言葉に「死んだ…」とうめいた万真を抱え起こして、成一は安心したように笑った。
「余裕じゃん」
万真は顔をしかめた。
「人を押しつぶしといて言うセリフ?」
「だから、ごめんって」
千里に肩をたたかれて、二人はようやく周囲にはりつめた緊張感に気づいた。
金髪の少年は新たに加わった三人には見向きもせず、ただ、前方を厳しい表情でみつめている。
突然どこからか声が降ってきた。
「――ようやくお出ましか、カマイタチ」
「人をそこらのドーブツみたいに呼ぶんじゃないよ。相変わらず礼儀をわきまえない男だね、シャドウ」
三人はようやく声の発生源をみとめた。前方の、街灯の光の輪の外に、一人の男が立っていた。年のころまではわからない、細身で、中背の男だった。
「ライト」
名を呼ばれて、ライトはびくりと全身を緊張させた。
「せっかく逃げたのに、こうして自分から戻ってくるとはな」
言外にはっきりと嘲りを感じて、なぜか三人のほうがむっとなった。なにか言い返してやれ、と無言でライトに視線を送ったが、ライトは引きつった表情で男を凝視するだけで、なにも言い返さない。
突然全身を無数の針で刺すような視線を感じて、三人は数歩後ろへさがった。無意識の行動だった。
「そっちの三人は新顔だな」
声の調子が微妙に変わった。威圧的な口調はそのままに、どこか探るような調子が含まれる。
「きみの新しい舎弟か?」
「ああ。ハーレムでも作ろうかと思ってね。どいつもいい面構えだろう?」
冗談めかした口調の中に、紛れもない敵意がある。
軽口の応酬、それは紛れもなく二人の戦いの一部だった。
「なかなかに、悪くない趣味だな」
それはどういう意味だろう。
三人はちらりとそんなことを思う。あまり深く考えたくない。
「では、こちらも新しい仲間を紹介しようか。確かきみは初対面なはずだ」
男は指を鳴らした。
男の背後に、闇の中から一人の青年が現れた。
青年はゆっくりと光の輪の中に足を踏み入れる。
街頭の光に浮かび上がったのは、切れ長の瞳の、すらりと背の高い青年だった。
動作はむしろ緩慢としているのに、なぜか万真は抜き身の真剣を連想した。触れると、切れそうな。そう思わせるのは、危険な光を宿した瞳のせいなのか、それとも全身にまとう雰囲気のせいなのか。
少年があえいだ。
「ナンさん、気をつけて。あいつは――」
突然青年が動いた。
「逃げて!」
少年が叫ぶ。とっさに飛びのいた万真たちの真横を、大きな力の塊が唸りをあげて通過した。そして建物の横腹に激突する。
建物が地響きを立てて倒壊していくさまを、三人は呆然と見つめた。彼らがいた場所は、深くえぐれていた。
安定の悪い地面に立ちながら、ナンは軽く肩をすくめる。
「公共物破損は罪だよ。これだから若いやつは」
年寄りめいたことを言ったナンの片手がひらめいた。
青年が首を横に倒す。と、彼の背後にあった木の太い枝がすっぱりと切れ、ばさばさっと音を立てて地面に落ちた。青年の頬に紅い線が現れる。
脳の情報処理能力をはるかに超越した出来事に、三人の頭はパニックを起こしていた。目の前の出来事が理解できなかった。
いや、理解できるのに、脳がそれを拒否しているのかもしれない。
ライトははっとして周囲を見回した。
「しまった、シャドウがいない!」
「おそい!」
突然頭上から声が降ってきた。
見上げると、低いビルの屋上に、満月を背にして男が立っている。
「きみたちは俺がもてなそう。受け取れ!」
刹那、彼の全身が膨れ上がったかのように見えた。
爆発的に膨れ上がった影は、彼らの頭上を覆い尽くし、下降する。
ライトの閃光弾も、圧倒的な影の前には無意味でしかなかった。
まとわりついてきた影を引き離し、正拳を放つが、数が多すぎてきりがない。
「うあっ!」
万真の両腕に影が絡みついた。と思った次の瞬間には四肢を拘束される。
「カズ――チィッ!」
千里は叫んで、力任せに影を振りほどこうとした。
万真の目の前に影が迫った。視界を、ぬっぺりとした黒い平面が覆う。
それがなにをしようとしているかを悟って、万真は身をよじって必死に抵抗した。
「い、いやだっ!」
開いた口から、影が侵入した。ぞろりとしたものが口腔をふさぐ。そして、さらに、奥へ―。
「万真!」
顔面に取り付こうとする影を必死に押さえつけて、成一が叫んだ。
その瞬間だった。
パシン、と、なにかがはじけるような音がして、成一の目の前の影が消えた。
強引に影を振りほどいて、千里は群がる影をかきわける。
「カズ!」
万真の顔面にへばりついている物体を渾身の力をこめて引き剥がした。
気道を回復した万真は、大きく息をついて激しくむせ返った。本能的な嫌悪。肌が粟立つなどという生ぬるいものではない。
万真を抱き寄せた千里に、一体の影が飛びかかる。
そのとき、ライトを中心に、光の塊が盛り上がった。
人口のものではない、太陽の光に似たそれは、一瞬にして影を消滅させた。
光がおさまり、眩んだ眼に視力が戻ってくる。見ると影の姿は消えていて、シャドウといった男の姿もなかった。
「――ライト」
成一はうずくまるライトに駆け寄った。ライトの全身は汗だくで、息は荒い。
「大丈夫か?」
ライトがかろうじて頷いたので、成一は肩の力を抜いた。視線をめぐらせて万真と千里の姿を探す。そして、二人の無事な姿を見て、思わず安堵の息をついた。
「気ぃ抜くんじゃないよ! すぐにまた仕掛けてくる」
ナンの声にゼンと呼ばれていた少年が身を起こす。が、しかし、予期していた攻撃はなく、彼らは怪訝に思って目の前の人物をみつめた。
青年の傍らにシャドウが現れる。
シャドウはまっすぐに成一をみつめていた。
「…おまえ、なんか見られてないか」
「……惚れられた? なんちゃって」
「バカ!」
軽口を叩きながらも、彼らの足はなぜか自然に下がってしまう。シャドウから目を離さ
ずに、万真が呟いた。
「ねえちょっと。ヤバイよ、あの眼」
そのとき、シャドウが呟いた。大きくもない声は、しかしはっきりと彼らの耳に届いた。
「あいつを狙え」
まっすぐに伸ばされた指は正確に成一を指していた。
青年が身動きする。大きく振りかぶり、掌にためた力の塊を成一めがけて投げつけた。
「よけろ!」
誰かが叫んだ。しかし、成一が動くよりも先に、力の塊は肉薄していた。
(間にあわねえっ!)
そう判断すると同時に、成一は傍らの二人を思い切り突き飛ばす。
「一ッ」
万真が伸ばした手はむなしく宙をつかむ。すばやく受け身をとって起き上がった千里は、友の姿を追って叫んだ。
「一ッ、バカ逃げろ!」
「くるな!」
怒鳴り声に、思わず足が止まった。一瞬の躊躇、それがすべてを分けた。
風圧に髪が踊る。成一の身体が今にも飲み込まれようとしたその瞬間――。
風船から空気が抜けるような奇妙な音と共に、突然力の塊が霧散した。
なにが起こったのかわからなかった。
ただ、怪我もなく呆然と立ち尽くしている成一の姿を見たとき、万真は思わず駆け出していた。
「一ッ、よかった!」
横から抱きつかれて、成一は我に返った。万真と、千里の顔を見比べて、ぼんやりとした声で訪ねる。
「……俺、なんで無事なわけ?」
「知るかよ! …このバカやろー。心臓止まるかと思っただろうが!」
呟いた千里の顔は今にも泣き出しそうだった。
成一はまだなにが起こったのかわからず、呆然として自分を凝視している周囲に目を向ける。唖然として目を見開いて、ナンがぽつりと呟いた。
「――成一、おまえ…まさか」
言いかけて、ナンははっとしてその場を飛びのいた。ナンが立っていた地面を削り取りながら成一めがけて発せられた第二波は、しかし、成一に肉薄したその瞬間に跡形もなく消滅する。
もはや疑問の余地はなかった。
万真がおそるおそる身を起こし、成一の顔を仰ぎ見た。
「……成一がやったの?」
「え? 俺ぇ? いやマサカ」
激しく首を振った成一の耳に、低い耳障りな笑い声が飛び込んできた。
シャドウと呼ばれる男が、笑っていた。
どこか不吉なものを感じて、三人はあとずさる。三人に向けられた男の顔には、まがまがしくさえある笑みが浮かんでいた。勝ち誇った、強者だけが持ち得る笑み。つりあがった薄い唇から、低い声が漏れた。
「――見つけた。おまえか、鬼は」
「ハァ? って、うわああっ」
男の身体が再び盛り上がり、さきほどの倍はある影が現れた。
「逃がすな。鬼だ、捕まえろ!」
影はナンやライトには目もくれず、まっすぐに成一だけを目指す。
「やばい、逃げろ!」
とっさに駆け出したナンに腕を引かれるままに、成一は地面から数十センチ上のところでゆれている陽炎に飛び込んだ。
(あ――、ルーレット…)
どこかのんきに頭の片隅でそんなことを思ううちに、身体の中をなにかが通り抜けるような感覚に襲われる。
万真たちもその後を追って陽炎に飛び込んだ。
転がりでたそこは、見たこともない公園だった。
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