NIGHT GAME 一章七話 帰宅
 千里はあくびを一つして、ベッドの上の雑誌をどかした。床に投げ捨てた、とも言う。
「お前、本はもっと丁寧に扱えよ。俺には口うるさく言うくせに」
「俺のじゃないから、いい」
「俺の雑誌なんだよ」
 成一は雑誌を拾い、テーブルを壁際に立てかけて自分の寝場所を作っている。万真は別室だ。さすがに、そこらへんはきちんとしているのだ。三人は特に気にしないのだが、この家の主人が三人の仲の良さをいろんな意味で危ぶんでいるので、寝るときは一応別室である。べつに同じ布団で寝ても今更三人にはなんの感慨もないのだが、大人には大人の考えがあるのだ。
 あくびをかみ殺して布団にもぐりこもうとした千里の姿を見て、成一は顔をしかめた。
「お前、風呂に入ってから寝ろよ」
「もう眠い」
「不潔」
 短い沈黙ののち、千里はしぶしぶ身を起こした。小さくあくびをして、「万真はまだかな」と呟いている。
「…いやもう、今日はほんとにいろいろあったな」
「いろいろっていうか、いろいろな」
 意味不明な返答をして、ベッドの上にあぐらをかく千里。眠そうに目を瞬いている。
「まあ、もう行くこともないだろうから」
「え?」
 成一が意外だという表情で千里を見た。親友の顔を見返して、千里は言う。
「また行きたいなーと思ってる、とか言うなよ」
「いや、その」
「ナンさんの話聞いてたかお前。今ここでもう一度行ったりしたら、それこそ思う壺だぞ」
「誰の」
「知らん」
 きっぱりと言い切って、千里は珍しく厳しい表情で成一を睨む。
「大体、あそこはある意味戦場だ。なんの力もない俺たちが行っても、危険が増えるだけだ。死に急ぎたいのか、おのれは」
 成一はにやりと笑って、頭の後ろで腕を組んだ。
「力がないのはお前たちだろ? 俺には力があるぜ」
「だから、その考え方が危険なんだ」
「俺には力がある。お前にはない」
 成一の声の調子とその表情にカチンと来たらしく、千里はさらに険しい表情で成一を睨みつける。
「あの世界に入れたって事は、千里も万真も力を持ってるってことだろ。なんだろうな、お前たちの力。気にならねぇ?」
「ならないね」
 一言で否定して、千里はまたあくびをした。よほど眠いのだろう。
 あくびが移ったのか、成一もあくびを一つしたとき、階段を駆け上がるけたたましい音がして、すぐに乱暴にドアが開けられた。
「千ッ!」
「か、万真ッ!?」
 万真がバスタオル一枚という、あられもない姿で現れたのだ。
「お前、なんちゅー格好で」
「指輪がないのっ!」
 慌てて顔を背けた二人は、その言葉に思わず万真を見た。
「ええ?」
 万真は青い顔で、おろおろと両手を動かしている。
「鎖が切れたのかな。昼間はちゃんとあったの。昨夜に風呂に入ったときもちゃんとあった」
「じゃあ、さっきか?」
「かな。どうしよう」
 真っ青になっている万真を慰めようとして、二人は同時に顔を背けた。
「カズ、とにかく、風呂入るなり着替えるなりしてくれ」
「してくれ」
「え? あ、ああっ」
 万真はようやく自分の姿に気づいた。耳まで真っ赤になって慌ててドアの向こうへ姿を消す。
「うわあっ、ごめん〜〜」
 ばたばたと階段を駆け下りていく音。
 心底疲れきった表情でうなだれていた少年たちは、げっそりとした顔で首を振った。
「千里、兄としてなにか一言」
「………呆れて言葉もない。どうしてこんなに女としての自覚がないんだ」
「……俺が理由を言ってもいいのか?」
「…………聞きたくない」
「俺も、言いたくない」
 やはり、十年以上もこの三人、まるで一つの人間のようにやってきた弊害なのだろうか。弊害とは考えたくないが、万真に女性らしさというものが欠落している原因は、多分に二人にあるだろう。
「……好きな男ができたら、もう少し自覚するんじゃねえか?」
「………お前は気楽に言うけどな」
「気楽じゃねえって、ちっとも。恋は人間を変えるって言うし」
「誰が言ったんだよ、それ」
「俺のねーちゃん」
 千里は海よりも深い溜息をついた。
「もう寝る」
「おう、お休み」
 今度は成一もなにも言わなかった。
 拗ねたようにベッドの上で丸くなった千里の背中をみつめて、成一は窓の外に視線を転じる。淡いブルーのカーテン越しに、朝の白い光が差し込んできている。
 朝。
 世界が目覚め、人々が活動をはじめるころ。
 千里たち三人は、ようやく遅い眠りにつこうとしていた。

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